第27話 黒白の子
老人が言っていた通り、神殿の跡があった。村を出てしばらく南へ馬車を進めると、壊れた柱と壁、地面には石畳が見え隠れしている場所に着いた。
遺跡を見た途端、アルヴェントの瞳が輝く。馬車を止めるや否や、走っていった。楽しげに白衣の裾がなびいている。
「楽しそうだね」
「そうね」
楽しそうなアルヴェントを、レミとクリスが遠い目をしながら見守った。
ディランは周囲を見回し、魔物の気配がないかを探っている。幸い、ここまでの道中も魔物とは遭遇していない。ここにもいないようだ。
「魔物がいない。魔粒子の濃度は濃いはずなのに」
不思議そうにディランがつぶやいた。魔物と遭遇しないに越したことはないが、少々不可解だ。
レミたちも遺跡に近づいて観察する。
崩れた壁の角は丸くなり、朽ちた後の歳月を感じさせる。円柱状の柱だけは建築当時の姿を彷彿とさせた。大きな建物であったことは間違いない。
クリスはそっと柱に触れた。冷たい石の感触が伝わってくる。下から見上げると、その高さがよりわかる。
レミは落ちていた壁の破片をつま先でつついた。その程度では崩れる気配はない。しっかりとした素材のようだ。
「あのおじいちゃんが言ってた金色の竜って、まだ生きているのかな?」
レミは神殿の奥を見ながら独り言を漏らした。神殿の裏手には大きな湖があり、湖面が静かに揺れている。日の光を浴びてきらきらと輝いていた。
そこに影が落ちた。
レミとディランは反射的に剣に手をかける。バサッと薄い布を広げるような音がした。
姿を現したのは竜だった。村の老人が言っていた通り、金色の身体を持った竜だ。竜は何度か羽ばたき、神殿の広間の跡に着地した。
攻撃の意思は見られないが、レミとディランは油断なくその挙動を注視する。クリスは魔法で本を取り出し、アルヴェントも杖を構えた。
《ここに人が来るのは何百年ぶりになるか》
竜の口から人間の言葉が発せられた。
魔物が人の言葉を話した。アルヴェントは目を輝かせ、他の三人は驚きのあまり固まっている。
竜はレミの姿を見て、目を見開く。
《黒白の子か。生きている者に会うのは久しぶりだ》
「黒白の子?」
アルヴェントが顔をしかめる。村の老人は「黒の子」と言っていた。ならば、白とはなにか。
竜は悲しそうに目を伏せた。
《人間の間では、もはや忘れ去られているのだな。黒白の子は、精霊と人間の親を持つ子のことだ》
竜が告げた言葉に、アルヴェントまでも声を失う。
《精霊の父と人間の母を持つ子は黒に、精霊の母と人間の父を持つ子は白になる》
竜は続けた。
レミは頭の中が真っ白になる。自分は人間ではなかったのか、と。
《母は子を産むと死に、父は子に会うことを禁じられる。そのような掟は不要だと、私は思うのだがな》
竜は「ふぅ」と息をつく。
「えーと、そうなると、あなたはいったい……?」
アルヴェントが辛うじて尋ねた。普通の魔物ではないことしかわからない。
《私はルーナ。人間界の魔粒子の流れを司る者だ》
ルーナと名乗った竜は羽ばたきを一つした。金色が陽光に煌めく。軽く羽ばたいただけでも風圧がアルヴェントたちを襲った。
「魔粒子の流れが滞っているのは、何か理由があるんでしょうか?」
ディランがハッとして声を上げた。
彼らはそれを調査するためにここまで来た。目的を忘れてはいけない。
ルーナはゆっくりと首を持ち上げ、天を仰ぐ。
《私の対の気配がない。精霊界へ流れ出るはずの魔粒子が人間界に残ったままなのだ。このままでは人間界が魔粒子で膨れ上がって破裂し、精霊界は押しつぶされて消えてしまう》
一同の顔が強張った。世界の崩壊が起きようとしているとは微塵も考えが及んでいなかった。
アルヴェントが慌てて尋ねた。
「あなたの対は、精霊界にいるんですか?」
《本来ならば》
ルーナは首を縦に振った。
《我らは時が過ぎると朽ち果て、再生する。一度朽ちた対が、精霊界に現れた気配がしないのだ》
答えたルーナは少し寂しそうだ。それを見たクリスも眉を寄せる。
黙って話を聞いていたレミが首を傾げた。
「ルーナの対が、再生されていないってこと?」
《そんなことはありえぬ。我らはこの世界の理だ》
ルーナはレミの疑問を否定した。
「ならば、あなたたちはどこで再生するのですか?」
アルヴェントが質問を投げかける。ルーナは数秒間、口を閉ざした。それからゆっくりと口を開く。
《人間界と精霊界の"狭間"だ》
「そこにいけばルーナの対を精霊界に出してあげられるんだな」
ディランの言葉に、ルーナは首を横に振った。否を突きつけられたディランは疑問を訴える視線を向ける。
ルーナは一息ついて答えた。
《"狭間"に行けるのは、黒白の子だけだ》
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