第23話 刺客
レミが礼拝堂の外に出ると、町の入り口に魔物が立っていた。
薄茶色の体毛に、黒の虎毛模様の大きな虎だ。尾は蛇の頭を持ち、くねくねと動いている。鋭い牙の間から獰猛な唸り声が漏れた。
「でかいな」
レミの隣に並んだディランが警戒しながらつぶやいた。レミはすらりと剣を抜く。銀色が陽光を反射した。ディランも剣を抜いて構える。
「出来れば街の中では暴れたくないけど……」
「そうも言っていられないだろう」
レミのつぶやきにディランが返す。アルヴェントとクリスも礼拝堂から出てきた。杖と本を構えている。
村人の何人かも武器を構えているが、震えていた。先の襲撃の恐怖が消えない。
「じゃ、作戦通りで」
レミは言うなり走り出した。ディランもそれに続く。
二人に気付いた虎が駆けだした。爪をむき出しにして飛び掛かる。レミは避けながらその手に剣を叩きこんだ。
傷をつけたとは言い難い、小さな傷がつく。それを見たレミは舌打ちをする。
ディランも同じだったようで、その硬さに驚いている。通常の魔物の比ではない。
「クロウス」
レミは自身の中にいるクロウスに声をかけた。クロウスの魔力が剣に宿り、闇色の輝きを放つ。
その魔力に気付いた虎はバッとレミに目を向けた。警戒が強まる黄色い瞳で彼女を睨んだ。
氷と風の矢が虎に襲い掛かった。気付いた虎は後ろへ飛び退く。アルヴェントの氷の矢が虎の頬をかすった。わずかだが血が飛び散る。
レミの証言通り、魔法ならば剣よりもダメージを与えられそうだ。
飛び退いた虎にレミとディランの剣が迫る。レミの剣が虎の手の甲を貫いた。剣を地面にまで突き刺し、固定する。
ディランの剣は虎の左目を切りつけた。眼球までは皮膚より硬くないと予測したことが当たった。
虎は悲鳴上げて後退しようとする。だが、レミに固定された右前脚が邪魔をして動けない。レミは体重をかけて全身で虎を固定する。
再び、氷と風の矢が虎に降り注いだ。虎は成すすべなく無数の矢に貫かれる。
声もなく、虎は地面に伏した。身体が光の塵となって消えていく。
それを確認したレミは剣を抜いた。
ふと、視界の隅で何かが光った。気のせいかと思いつつ、レミはそちらに目を向ける。
「レミ!」
ディランの声がした。ほぼ同時にレミは突き飛ばされる。ディランが剣を振った。バキッと音がしたのは二つに分かれた矢だった。飛んだ矢尻がディランの腕をかすめる。
レミは目を見開いた。もう一度、何かが光った方を向く。誰かの影が、森に消えていった。レミはその影を追うべく駆けだす。
ディランが何かを叫ぶが、頭に入らなかった。
森の中は草まみれだった。その分、人が通った痕跡が残る。レミはそれを見逃さないよう、慎重に進んだ。
レミの前方では一人の青年が駆けていた。一つに束ねた黒い髪がヒラヒラ躍る。大きな木の陰に隠れて息をついた。
「ここまでくりゃ大丈夫だろ」
手には弓、背中には矢筒があった。息を整えるように大きく呼吸をする。
不意に冷たい空気に襲われた。ビクッと身を震わせて左右を見る。銀色の刃が迫っていた。青年は悲鳴を上げて転がる。
レミの剣が地面を叩いた。じろりと睨む彼女の瞳は鋭い。
「な、何でここが……?」
狼狽する青年に、レミは何も言わず鋭い視線を向けた。
「やっぱり、あの山賊を仕向けたのはアンタだな?」
「どうしてわかる?」
レミに不気味さを感じながら青年は聞き返す。ニヤリとレミの口元が弧を描いた。
「だって、印があるから」
レミが言った途端、青年から黒い魔力が溢れだす。それは背後から彼を締め上げた。青年の悲鳴が木の合間に響き渡る。黒い手から逃れようと暴れるが、それは許されなかった。
「お、俺はただ……オルガに言われた通りにしただけだ!」
「こっちはギルガント側か」
青年の言葉に、レミは呆れたため息をつく。どちらの国にも、考えることが同じ者はいるらしい。
レミは剣をひと薙ぎした。青年の膝から下が一瞬で離れる。脚の一部がなくなったことに気付いた青年は悲鳴を上げた。
「なんで、言ったのに……!?」
涙目になりながら青年はレミに訴える。自分は知っていることを正直に話した。なのに、何故こんな目に遭わなければならないのか。
レミは無表情で青年を見つめる。
「どうして、話せば逃がしてもらえると思った?」
その言葉に、青年の顔が固まった。次第に絶望が彼の心を支配する。
「殺される覚悟なしに、人を殺そうとするな。下衆が」
初めて、レミの表情に感情が宿った。
嫌悪。
その感情をぶつけられた青年は震えるしかない。
「安心しな。この辺りには、お腹を空かせた魔物がたくさんいる」
青年を掴んでいた黒い魔力の手は、ポイッと無造作に彼を地面に転がした。
脚がなくなった青年は立ち上がるどころか進むことさえままならない。彼は今から自分の身に降りかかるであろうことに顔を青くする。
「ど、どっちが下衆だ!? 『魔力なし』め!」
青年は精一杯の力でレミを罵った。震える声でそんなこと言われても、レミの心には何も響かない。
レミはサングラスを外し、宵闇色の瞳で青年を見下ろした。その瞳に、青年は小さな悲鳴を上げる。
「この仕事を請け負った自分を悔やむんだね」
レミの声には、嘲りの色が滲んでいた。
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