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第19話 駆り立てられる


 ジオーラ子爵は急いでいた。

 背後から迫りくる何かから逃れるように。行くべき場所へ急かされるように。


 ――会わなければならない。

 ――あの方に、会わなければ。

 ――早く、あの方に。


 心の内側から急かされる。湧き上がる焦燥感が彼を掻き立てた。自然と足が速くなる。



 ドアを開け、会うべき人の元へたどり着く。


「しくじったそうだな、ジオーラ子爵」


 苛立たしげな声で、白髪交じりの茶髪の男がジオーラ子爵を睨みつけた。ジオーラ子爵は小さな悲鳴を上げる。細い身体がさらに細くなった。二人の体格差でジオーラ子爵がより細く見える。


「で、ですが、まだ手駒は残っております! ご安心ください」


 震える声でジオーラ子爵が弁解する。


「ブラックベル伯爵の手を煩わせることは致しません!」


 ジオーラ子爵を、ブラックベル伯爵は冷やかな青い眼差しで見る。

 おどおどするのはいつものことだ。細身の彼がさらに小さく見える素振りもいつものことだ。


 だが、今日は何かが違う。


「お前は、そんなことを言うためだけに私の元へ来たのか?」


 氷が息を吐くような声でブラックベル伯爵が問う。


「は、え……?」


 ジオーラ子爵は返答に詰まった。


 何か用事があったはずだ。なのに、それが何なのかわからない。

 何を伝えに、何をするためにブラックベル伯爵の元へやってきたのか。


 ディランの暗殺失敗の報告か。

 まだ手数はあるという報告か。


 否。


 そんなものは手紙で済むことだ。わざわざ面会をするまでもない。


 ならば、何故だ。


 ジオーラ子爵も己に問う。どうして、ブラックベル伯爵に会いに来たのか。

 わからない。ただ、会わなければならないと思った。


 何かがブラックベル伯爵に会えと、そう言った。

 何かがブラックベル伯爵の元へ行けと、そう言った。


 そうだ。何かが――。


 ジオーラ子爵の身体から、黒い魔力が立ち昇った。ブラックベル伯爵が身構える。


「貴様、何のつもりだ!?」


 ブラックベル伯爵に怒鳴られ、ジオーラ子爵の身体が縮こまる。何と言われても、ジオーラ子爵にはわからない。


 黒い魔力がブラックベル伯爵に迫った。伯爵は反射的に防御の魔法を展開させる。しかし、黒い魔力がそれをすり抜けた。

 驚愕のあまり、ブラックベル伯爵の目が見開かれる。黒い魔力は伯爵の胸を突いた。伯爵は息を飲む。ジオーラ子爵は情けない悲鳴を上げた。


 ブラックベル伯爵の胸を突いた黒い魔力はそのまま伯爵の中へ入っていった。思わず、伯爵は胸を押さえる。痛みも違和感もない。


「なんだ、今のは……」


 ジオーラ子爵が使ったとは思えない魔法だ。何より見たことがない魔法だった。


 ブラックベル伯爵の額に、じわりと汗が滲む。


「もうよい! 下がれ!」


 伯爵の一喝で、ジオーラ子爵は逃げるように伯爵の館を後にした。


 ジオーラ子爵が去った後、ブラックベル伯爵は服を脱いで身体を確認した。

 何の跡もない。魔力の痕跡も見えない。体内に違和感もない。


 いったい、先程の魔法は何だったのか。言い知れぬ不気味さを感じざるを得ない。


 これがレミの、『魔力なし』の魔法であることを知るのは、まだ先の話である――。


お読みいただきありがとうございます。

レミの魔法は順調に機能しているようです。これが発動するのは、もう少し後になります。

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