第16話 研究者の下心
精霊界。精霊たちが住まう世界だ。存在するといわれてきたが、誰もまだ見たことがない世界。
未知の世界にアルヴェントの目が輝いた。
「精霊界……本当にあるんだね!?」
シャルティスは胸を張って頷いた。それを見たアルヴェントは一人で小躍りしている。
ディランたちは何が彼をそこまで喜ばせているのかわからない。
「精霊たちが住む精霊界。提唱はされてきたけど、誰も証明したことのない世界! そうだよね、精霊に聞けばよかったんだよね! って、なんでレミは精霊の言葉がわかるの?」
あれ? とアルヴェントが止まる。レミは小首を傾げた。
「なんとなく」
「なんとなく!?」
その答えにアルヴェントが素っ頓狂な声を上げる。
精霊と人間の言葉は通じない。精霊は人間の言葉が解っているようだが、人間はその身振り手振りでしか彼らの主張を感じ取ることができなかった。
それを、なんとなくで解る人間がいるとは想定外だ。
クリスは話を前に進めようと口を開く。
「えーと、魔粒子が精霊界とこっちをグルグル回っているなら、今はこっちにばかり魔粒子が溜まって、精霊界には行っていないってことよね」
「魔粒子がないと、何か困ることあるの?」
レミが素朴な疑問を口にする。魔粒子が濃いと魔物が狂暴化するという現象が起きることはわかっている。
逆に魔粒子が薄いとどうなるというのか。
「植物が育ちにくくなるんじゃないか。魔粒子濃度が高すぎて、作物の育成が早まった例も報告されている」
ディランは腕を組みながら、目を通した書類を思い出す。巨大化したトマトの写真が頭に浮かんだ。
「ふーん、痩せてる土地とかってのは、魔粒子濃度が関係してたってことか」
なるほど、とレミは頷いた。
と、部屋のドアが開いて数人の研究者が飛び込んできた。
「アルヴェント! 検査の結果が出たぞ!」
「ホントですか!?」
アルヴェントは目にも止まらぬ速さで研究者たちの輪の中に入る。
「彼女の数値は二十代女性の平均値とほぼ同じで健康に問題はない。血中の魔力濃度がゼロであること以外は我々と何も変わりなかった」
研究者の一人がアルヴェントに検査結果らしき紙を手渡した。
「うわ、本当にゼロだ。あ、聞いてください! やっぱり精霊界はあるんですよ! さっき、あの精霊が教えてくれました」
「なに!?」
「本当なの!?」
アルヴェントの言葉に研究者たちの目がきらめく。壁に映し出された地図の所へ皆を案内して、魔粒子の流れなどを説明する。
研究者たちは、ああだこうだと議論を始めた。レミもクリスもディランもそのスピードについて行けない。白熱する研究者たちを見て、レミがポロッと言葉をこぼした。
「待ってていいかな」
「いいと思う」
ディランとクリスも頷いた。
しばらくして、議論が落ち着いたようだ。アルヴェントが頷いて地図の南側と北側を交互に示した。
「よし。魔粒子が噴き出る場所と、収束する場所の二か所に行ってみよう。そしてあわよくば、精霊界に行きたい!」
研究者としての下心満載だった。ディランは呆れた顔をする。
「それとね、レミが精霊魔法を使える理由がわかったよ」
アルヴェントは二枚の紙をレミに見せた。クリスもレミの隣に来てそれを見る。
「こっちが他の被験者で、こっちがレミの写真」
アルヴェントは二枚の紙を交互に上げて見せた。一つには青と白の点が人の形になっており、もう一つは黒い点だけで人の形を成している。レミの写真、と言われたのは後者の方だ。
「これは体内の魔力を可視化した写真だよ。精霊魔法って、自分の魔力と精霊の魔力を混ぜて使うものだと思われていたんだけど、レミの場合は精霊の魔力だけで魔法が発動している。つまり、自分の魔力なんて必要なかったってことが証明されたわけだ」
アルヴェントはレミの写真を上にして二枚を重ねた。
「しかも、精霊の魔力の流れを阻害する自分の魔力がない分、精霊の力を存分に発揮できている。『魔力なし』のほうが、より精霊魔法を使うのに長けていたとは皮肉なもんだね」
アルヴェントはわざとらしくため息をつく。
ディランはレミが使った魔法を思い浮かべて頷いた。闇の刃は威力が高く、治癒の魔法も治療速度がとても早かった。
クリスも同じことを思ったようで、興味深そうにしている。
「へー」
当事者のレミは興味なさげな声を上げた。その理屈に興味などないらしい。
アルヴェントは残念そうに肩を落とす。自身のことなのだから、もうちょっと興味を持ってもらいたいものだ。
目的地を二か所に決めた彼らは、まず南の魔粒子が吹き出している場所を目指すことにした。
魔粒子の濃度が濃いと魔物が狂暴化している可能性が高い。気を引き締めねばなるまい。
荷物をしっかり整え、ブラーガ公爵が用意してくれた馬車で向かう。
レミは馬車の中は落ち着かない、と言って馬の手綱を握った。カッポカッポとリズミカルに馬の蹄が鳴る。
両側が山に囲まれた道に差し掛かった時、ガサッと何かが動く気配がした。レミはコンコンと覗き窓を叩く。馬車の中にいた三人の視線が前に向いた。
「お客さんみたいだよ」
レミが言い終えぬうちに、山から十数人の男たちが下りてきて馬車を囲んだ。
お読みいただきありがとうございます。
研究所内が『魔力なし』の登場に浮足立っています。
みんなワクワクさんが止まりません。




