第15話 魔法研究所
ディランはレミとクリスを魔法研究所へ連れて来た。アリックたちはアルヴェントに会いたくないのか同行を遠慮した。
そびえ立つは窓のない直方体。グレーの外壁が無機質感を際立たせている。表に「魔法研究所」と書かれた看板がなければ、何の建物なのかわからない。
「魔法の研究所って、もっとこう……立派な建物かと思ったわ」
クリスがちょっとガッカリした声を出した。彼女の頭の中ではどっしりとした古い建物が描かれていた。
魔法が得意なクリスは期待を膨らませていたのだろう。
「中は色々あるから」
ディランは苦笑いを浮かべて、入り口のドアを開ける。
中に入ると、外壁から感じる圧迫感はなかった。高い天井と壁にある照明で、受付カウンターが明るく照らされている。
受付の女性に声をかけて、ディランは受付の横の廊下を進んだ。レミとクリスもそれに続く。
廊下の天井にも照明が灯され、外に負けない明るさがあった。
同じ形の扉が左右に点在し、しっかりと確認しないと部屋を間違えてしまいそうになる。廊下が複雑に入り組んでないのが幸いか。
ディランは色々あると言っていたが、現段階では何もない。
「ここ、本当に魔法の研究所?」
ディランの背にレミが問いかける。魔法のイメージとは結び付かない、あまりにも無機質な空間が続いていた。
「そうだよ。ここがアルヴェントの研究室だ」
ディランはドアの横についていたスイッチを押した。シュンッと軽い音がしてドアが横にスライドする。
青い髪の白衣を着た背中が見えた。音に気づいたのか、その背中が振り返る。
涼しげな眼差しには黒縁の眼鏡がかけられていた。ディランたちを見て、にっこりと口元が弧を描く。
「待ってたよディラン! その子が例の『魔力なし』だね。うわー、初めて見た。本物? 本物? 『魔力なし』なのに魔法が使えるの? どういう仕組みだろう? 使って見せてよ。あと血液検査とかいろいろ検査させて! 『魔力なし』のデータって一つもないんだよね。何も根拠がないのに昔からの言い伝えで『不吉の象徴』とか『災いの子』とか言っててさ。おかげでなーんにもデータが取れないし、そもそもどこ探しても『魔力なし』なんていないし」
アルヴェントは早口でまくし立てる。理知的な雰囲気はどこかへ吹き飛んでしまった。
ディランは慣れているのかため息をついただけだったが、レミはそうもいかなかい。クリスの後ろに隠れてアルヴェントを威嚇している。
それを見たディランは「しまった」と顔をしかめた。
野良猫の警戒心を最大限にまで引き上げてしまったようだ。
クリスですら、警戒心を見せている。アルヴェントの第一印象は悪い物になってしまった。
「すまない。研究熱心で気になることがあると、とことん追求しないと済まない性分なんだ」
ディランが二人に謝った。本来、謝るべきアルヴェントは目をキラキラさせてレミを見ている。
シュバッと彼女との間合いを詰めてその手を取る。速すぎてレミは対応が出来なかった。
「痛いのは採血するときだけだから!」
そう言うと、レミが悲鳴を上げる間もなく引きずって研究室を出て行った。ジトッとクリスがディランを睨む。
「……大丈夫なの?」
「悪いようには、しない。と、思う」
ディランは申し訳なさそうに肩をすくめた。
レミは各研究室をたらい回しにされた。
イルマーダ人だから『魔力なし』に嫌悪感を抱いている者だとばかり思っていたが、研究者たちはそんなものより希少な実験体の登場の嬉しさのほうが勝っていたらしい。
血液を採られ、よくわからない機械に入れられ、何もない部屋で精霊魔法を使わされた。
何とも言えない疲労感を漂わせるレミはアルヴェントに引きずられて彼の研究室に戻って来た。クリスはレミに寄り添う。
「大丈夫?」
「なんとか」
レミは、こくんと頷いた。一通り彼女の検査をして満足したアルヴェントはようやく本題に入った。
「さて、世界を取り巻く現状だけど、どうやら空気中の魔粒子濃度が関係しているらしい」
そう言って、彼はキーボードを操作した。研究室の白い壁に映し出されたのは世界地図だった。そこに濃い赤や黄色、水色などの色が乗っている。
「この世界の物質はすべて魔粒子で構成されていることは知っているね? 空気中の魔粒子は常に流れて濃度が変化している。魔粒子は基本的に南側から出て、北側へ流れ込んでいるんだけれど、今はその流れが滞っている」
アルヴェントはタンッと一つのキーを押した。
「これが十年前の様子」
地図が数秒おきに描画が切り替わる。色が揺らめきながら南から北へと移動しているのがわかった。
「これが、去年の流れ」
アルヴェントはもう一度、キーを押した。
地図の描画が切り替わっても、決まった流れがない。明らかに流れが止まっていた。
「こんなに違っていたのか」
ディランが驚きの声を上げる。クリスも首を傾げた。
「魔粒子はどこから出てどこに入ってるのかしら?」
「まだはっきりとはわからないけど、大地の中じゃないかって仮定している」
クリスの疑問にアルヴェントが答えた。
すると、ポンッと音を立ててシャルティスが現れた。ひらりと壁際まで飛んでいくと、地図上で魔粒子が収束している位置をペシペシと叩いて何かを訴えている。
シャルティスの言っていることがわかるのはレミだけだ。クリスはチラッと彼女を見やる。
「魔粒子は精霊界と行き来してるって?」
レミは首を傾げながら言った。
精霊界と聞いたアルヴェントの目がきらりと輝いた。
お読みいただきありがとうございます!
理知的な雰囲気をぶち壊す男アルヴェントです。
頭はいいんです。「面白い」ものを見ると止まらなくなってしまうだけなんです。




