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第14話 理由なき殺意


「死ね! 汚らわしい『魔力なし』め!」


 嫌悪に満ちた声と共に、両手で握られた包丁が突き出された。レミは全身のバネを使って飛び退く。

 包丁はレミが座り込んでいた位置をすり抜け、花壇に刺さる。ガサッと枝が折れる音がした。


 包丁を突きだしたのは紺色のメイド服を着た若い女性だった。年の頃はディランと同じくらいだろう。キッと青い目を吊り上げてレミを睨む。

 レミはため息をついた。


「殺そうとする相手に声をかけるなんて、お優しいことで」

「黙れ! ディラン様に近づくな!」


 メイドは包丁をがむしゃらに振り回しながらレミに近づく。


 剣術でもないそれを避けることはレミにとって造作のないことだ。ひょいひょいと避けながら明るい屋敷の方へ移動する。

 メイドも包丁を振り回したまま彼女を追った。


「何をしているの!?」


 悲鳴のような声が上がった。窓を開けて叫んでいるのはブラーガ公爵夫人だ。包丁を振り回すメイドを見て顔が真っ青になっている。


 ディランが窓枠に足をかけて部屋から飛び出す。駆け寄って二人の間に割り込んだ。


「エルナ、やめろ!」

「どいてください! 『魔力なし』は存在してはいけない。このままでは公爵家に不幸が降りかかります!」


 エルナと呼ばれたメイドは包丁の切っ先をレミに突きつけたまま叫んだ。その切っ先は震え、エルナは荒い息をしている。

 怯えの色が見える瞳を、レミは見逃さなかった。


「公爵家のメイドとなれば、人を殺すくらいの度胸がなけりゃ務まらないってわけだ。ただ、相手を殺そうってんなら、殺される覚悟は出来てるんだよね?」


 レミの黒い瞳に殺気がたぎる。それを見たエルナは一瞬、怯んだが、声を上げてレミに切りかかった。レミは軽くあしらおうと身構える。彼女が動くより先に、ディランが手を伸ばした。


 エルナが握る包丁の刃を手でつかんだ。掌に包丁の刃が食い込み、ディランは顔をしかめる。エルナはハッとして包丁から手を放した。


「ディラン!?」

「兄上!?」


 庭に出てきた公爵夫人とガロンが悲鳴を上げる。ディランは包丁を芝生の上に転がした。


 レミの喉の奥が凍りつく。ユリアスの血で染まった手が脳裏をよぎった。口を開けてもなかなか声を出すことが出来ない。


「……ちょっと、何やってんの!?」


 レミの声が戻った。慌ててディランの傷口を確認する。


 彼の手には真っ直ぐに赤い線が浮き上がっていた。レミが声をかけるより早く、ポンッと軽い音を立ててシャルティスが彼女の肩に現れる。


 レミが手をかざすと、淡い黄色の光がディランの手を包んだ。あっという間に傷口が塞がっていく。


 それを見ていたブラーガ公爵夫人とガロンは唖然とした。

『魔力なし』が魔法を使っている。ディランが言っていたことは本当だった。


 ディランはレミを見下ろし、パチンとウインクをする。レミの顔が引きつった。


(こいつ、わざとケガしやがった)


 レミの魔法を見せるため、わざと包丁を握ったことは明白だ。

 彼がケガをすれば、レミもシャルディスも黙って見ていない。それを見越してのことだった。


 ブラーガ公爵夫人は心配そうにディランの手を握る。傷はやはり綺麗に消えていた。ほう、と息をつき、レミに目を向ける。


「ありがとう、レミさん。家の者が失礼いたしました」


 ブラーガ公爵夫人がメイドの非礼を詫びる。


「構いませんよ。たまにあることですから」


 レミは小さく笑って答えた。『魔力なし』というだけで石を投げられるなど当たり前。理不尽な暴力は数えきれないくらい受けてきた。

 その度にやり返してはいたが。


 ブラーガ公爵夫人は一瞬、目を見開き、眉を寄せる。


「奥様! 何事ですか?」


 スカートの裾を上げながら、年配のメイドが駆けてきた。力なく座り込むエルナと血の付いた包丁を見て顔を青くする。

 ブラーガ公爵夫人は年配のメイドにエルナを連れて行くよう指示を出した。


 年配のメイドに抱えられるように、エルナは庭を去って行った。


「兄上、本当に手はもう大丈夫なのですか?」


 ガロンが兄の身を案じる。ディランは頷いて、掌を弟に見せた。血痕は残っているが、傷自体はまったくない。


「すごい。これが光の精霊の力ですか? 僕、初めて見ました」


 ガロンが兄と同じ金色の目を輝かせる。視線はレミの肩にいるシャルティスに注がれていた。


 シャルティスはサッとレミの後ろに隠れてしまう。ガロンは少し唇を尖らせて肩を落とした。


「あまり見ると、精霊も緊張するだろ」


 ディランはガロンの頭をポンポンと叩いた。

 ブラーガ公爵夫人は一歩前に踏み出す。


「レミさん。本当に申し訳ございません。使用人たちにはよく言って聞かせますので」

「いえ、本当に気にしていませんから。ただし、やられたらやり返す性分ですので、そこは言い含めておいてください」

「母上。レミは本当にやります。絶対に手出ししないようにさせてください。強いです」


 レミの答えに間髪入れずディランが続けた。彼女が喧嘩っ早いことはアリックとのやり取りで確認済みだ。


 エルナとて、ディランが割り込まなければ、投げ飛ばされていただろう。


「あなたがそこまで言うなら、レミさんは本当にお強いのね」


 ブラーガ公爵夫人はおっとり微笑んだ。ガロンは少し青ざめている。


「気が休まらないかもしれませんが、今日はゆっくり休んでください」


 ブラーガ公爵夫人は優しくレミの肩に触れた。触れた場所が温かい。レミはゆっくりと頷いた。


 それを見たディランは少し安堵した息をついた。


 翌日、その安堵が消し飛んでしまうことを、この時の彼はまだ知らない。


お読みいただきありがとうございます。

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