第12話 一歩、踏み出す前に
話し合いが終わると、建屋の中にある双方の棟へ分かれていった。
ディランはレミの様子が気になり、ギルガント側の宿泊棟へ向かう。もちろん、すんなり通してもらえるわけもなく、入り口の騎士と話し込んでいる。
「ディラン、どうしたんだ?」
ジャスティンが廊下の角を曲がってやって来た。話し声が聞こえたようだ。ディランは控えめに尋ねる。
「あの、レミは……?」
「頭を冷やしてくるって、川の方に行った。あとからクリスもついて行ったから、女子同士に任せよう」
ジャスティンは小さく笑った。ディランも頷く。頷くしかなかった。
「あれは君のせいじゃない。レミだって、そう思っている」
狂暴化した魔物の件を気にしているようなディランに、ジャスティンは穏やかな声で言った。悔しそうにディランの顔がしかめられる。
「ですが、あんな研究がされていたなんて……」
「知らなかったんだろう? いくら国王の甥とはいえ、君の権限でどうにかできる話じゃない」
ジャスティンはディランを優しく諭す。
「君のような若者がイルマーダの中枢にいると知れただけでも安心したよ。両国の未来は明るそうだ」
そんなことを言われるとは思っていなかったディランは驚いた顔をする。
「それと、レミのことは野良猫だと思ってくれ。ああ見えて、懐けば優しい子だ」
苦笑いするジャスティンに、ディランは小さく笑って頷いた。
レミは川辺に両膝を抱えて座り込み、膝に顔をうずめていた。川のせせらぎが耳を覆う。それ以外、何も聞きたくない。
砂利がこすれる音が聞こえた。クリスだ。彼女はゆっくりレミに近づき、隣に腰を下ろした。トンと肩をくっつけるだけで何も言わない。じんわりとお互いの体温が肩から広がる。
「レミが育った町って、どんなところだったの?」
ぽつりとクリスが声をかけた。レミはゆっくり顔を上げ、川の流れを見つめる。
「比較的小さいけど、活気はある町だったと思う。他の村への中継地点になってたから、商人もよく来てた」
「魔道具もたくさんあった?」
「たくさんって程じゃないよ。井戸の水を自動で汲み上げるのとか、料理屋さんでは火が出る魔道具とか使ってた。孤児院にはランタン一個しかなかったな」
「いいな、井戸の水を自動で汲み上げるの。うちの村にも欲しい」
「じゃあ報酬はそれにしようよ。陛下ならすぐ準備してくれるでしょ」
「賛成」
二人の間に沈黙が下りた。川のせせらぎが二人を包み込む。
「……ユリアス、さん? は、どんなひとだった?」
「……大雑把で世話の焼ける人だった」
「レミは世話焼きだもんねえ」
クリスがハハッと笑う。つられてレミも小さく笑った。しかし、すぐに視界が歪んだ。
「やっぱり悔しい」
レミの声は震えていた。
「魔物の狂暴化は自然現象だって、ずっと思ってた。仕方のないことだって。天災なんだって。でも……皆が死んだのは、人が起こしたことだったなんてっ」
レミが言葉を詰まらせる。クリスはレミの肩に手を伸ばし、ギュッと抱きしめた。レミはクリスの肩に顔をうずめて、震えた。押し殺す嗚咽が川のせせらぎに流される。
抱きしめるクリスの頬を一筋の涙がこぼれた。
しばらくクリスがレミを抱きしめていると、震えが治まってきた。クリスは優しい手つきでレミの背を撫でる。
「落ち着いた?」
クリスの言葉に、レミはゆっくり頷く。
「本当に、調査を引き受けていいの?」
「大丈夫。やっぱり、知りたいから」
心配そうにクリスが尋ねると、レミははっきりと答えた。その目に迷いはない。クリスは微笑んで頷いた。
「さ、戻りましょ。きっと美味しいご飯が待ってるわ」
クリスはレミを立たせて来た道を戻る。西に傾き始めた日が、二人の影を伸ばした。
翌日、レミたちとディランたちはそれぞれ朝食を終え、建物の中央部にあるサロンで明日以降の予定を確認し合っていた。
レミの落ち着いた様子にディランはホッとした。少なくとも、怒りに身を任せる様子はない。
「イルマーダに着いたら、魔法研究所でもっと詳しく現状を確認しようと思う。そこに俺の幼馴染でアルヴェントという研究者がいるんだ。彼も調査に同行することになる」
ディランは国王から言われたことをそのままレミたちに伝えた。二人は黙って頷く。
「ただ、伯父上とも話していたんだけど、レミをそのまま連れて行くのは危険だな、と」
ディランが困った顔になる。それを聞いたレミとクリスも唸った。イルマーダ人にとって『魔力なし』は不吉の象徴。それが街を堂々と闊歩するわけにはいかない。
「髪を隠すのは限界があるから、目元を隠すのが現実的だとは思うわ」
クリスがレミを見ながら考えた。
「サングラス、とかっスかね」
バーナードが首を傾げつつ、アイディアを出す。レミはポンと手を叩いた。
「ならすぐに手に入るかも」
「ホントに?」
意外そうにクリスが聞き返す。レミは大きく頷いた。
「眼鏡マニアがいる。サングラスくらい、たぶん一個は持ってる」
レミの知り合いで眼鏡を象徴するのはただ一人。ジャスティンだけだ。全員の頭の中に同じ人物が顔を出す。
早速、レミがジャスティンに事の次第を話すと快く一つ渡してくれた。濃い黒はレミの目元を完全に隠してくれる。これならば黒い瞳だと気付かれにくい。
ジャスティンは心配を滲ませながら笑った。
「イルマーダに行くならそうだよな。気付かなくて悪かった。ちゃんと返しに来いよ」
「はい、お借りしていきます」
レミはにっこり笑った。それから借りたサングラスをディランたちに見せに戻る。
「どーよ。これで黒目だってわかんないでしょ」
完璧だ、と言わんばかりに胸を張るレミ。
「ガラの悪いチンピラだな」
「路地裏にいそうでヤンス」
「で、でも似合ってるっスよ!」
素直な反応をするアリックとダリルに、バーナードが慌ててフォローする。
「張り倒すぞ」
レミがドスの利いた声を出す。
似合っているとは言ってほしいわけではないが、貶されると気分が悪い。
喧嘩になりそうな彼らを、クリスは慌てて止めた。出会った時と同じような光景に、ディランは小さく笑った。
お読みいただきありがとうございます!
これからイルマーダ王国へ向かいます。
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