第11話 国境の街
二つの国を分かつ国境の町リーブラ。
国境の町であると同時に交易の町でもある。どちらの国も賑わいのある町だ。
国境には二つの関所が設けられており、その間は真っ直ぐな石畳の道で繋がっている。そこに一つの建物がある。かつて、争いごとの調停のために建てられたものだ。
双方の国の職人たちが腕を競って建てられたこの建物は細部にまで装飾が施されている。当時の最新鋭の技術が詰め込まれた建屋はまったく朽ちる様子がない。
中央には会議場があり、左右の棟はそれぞれが宿泊できるようになっている。
その中央部の一室で、ギルガント皇帝とイルマーダ国王が大きなテーブルで向き合っている。横にはずらりと双方の国の要人たちが座っていた。
レミを見たイルマーダ側がざわつく。
「不吉だ」
「なぜ『魔力なし』がこんなところに?」
忌避の目がレミに向けられる。慣れてはいるが、気持ち良くはないレミは露骨なため息をついた。皇帝の命令で仕方なく同席しているのだ。文句なら皇帝に言ってほしい、と内心思うが口にはしない。
「待ってくれ。彼女は不吉の象徴なんかじゃない。彼女がいなければ、俺たちはハワード陛下へ書状をお渡しすることができなかった」
ディランがイルマーダの要人たちを説得した。国王の甥という立場もあり、渋々ながらイルマーダの要人たちは了承する。
皇帝と国王が考えていることはほぼ同じだったようで、話し合いは穏やかな雰囲気で順調に進んだ。
話半分に聞いていたレミは欠伸を噛み殺しながらそれが終わるのを待つ。
「やはり、双方から派遣して調査をする必要がありそうだな」
イルマーダ国王がふむ、と頷く。
「よし、こちらからは引き続きディランに任せよう」
「お、伯父……いえ、陛下! そのような大役を私などに任せていいのですか?」
ディランは慌てて国王に進言した。
「調査にはアルヴェントも同行させる。彼と仲のいいお前なら護衛にもちょうどいいだろう」
アルヴェントの名前が出た途端、ディランの後ろに並んでいたアリックたちがギクリと固まる。あまり、関わりたくないような様子だ。
「こちらからは、そうだな……レミとクリスに任せようか」
皇帝ハワードの言葉に、ギルガント勢が驚きの声を上げた。レミとクリスも目を見開いて首を横に振っている。
「陛下! 『魔力なし』にそのような大切なことを任せるとは、正気ですか!?」
「そうです! どこの馬の骨ともわからぬ小娘たちに国の命運を託すなど!」
「止めておいたほうがいいんじゃないですかね」
不満を吐き出す要人たちに混じって、レミもこっそり進言した。
「落ち着け。『魔力なし』だからこそだ。彼女には、俺たちには見えていないものが見える。剣と魔法の腕前も見ただろう。それに、彼女たちには権力のしがらみがない。公平な視点から見るのにうってつけだ」
皇帝はゆっくりと言った。ギルガントの要人たちはグッと押し黙る。剣と魔法の腕前は騎士団の精鋭たちにも劣らない。
辺境の村娘である彼女たちには何も権力のしがらみがない。彼女たちは要人の誰にも組みすることはないだろう。
「ディランたちとも関係が良好なようだしな。初めて会ってギスギスしながら調査をするより、お互いのためだろう?」
そう言ってハワードは笑った。イルマーダ国王も頷いている。
レミとクリスは拒否権がもうないのだと悟った。そもそも、皇帝の命令に背ける平民などいるわけがない。そんなことをしたら物理的に首が飛ぶ。
「それでは、お互いの国の現状を確認し合おう」
イルマーダ国王はそう言って話を進める。控えていた者に合図をすると、部屋が暗くなり、白い壁をスクリーンにして画像が映し出された。
災害による被害の状態。狂暴化した魔物による被害。その被害件数と被害金額などが映し出される。
「そして我々の研究によれば、空気中の魔粒子の濃度が濃い場所にいる魔物が狂暴化することが判明しました」
眼鏡をかけた研究者らしき男が得意げに言いながら画像を切り替えた。
そこには黒い毛並みの、犬のような頭を二つ持つ魔物が映し出された。二足歩行の巨体で、尾はサソリのように鋭い。
それを見た途端、レミは息を飲んだ。ひゅっと喉が鳴る。ジャスティンも目を見開き、ギリッと手を握りしめる。
「これは元々、普通のヘルハウンドでした。それが高濃度の魔粒子にさらされた結果、このような姿に変わったのです」
研究者の男は、こんなことは知らなかっただろう、と言いたげな表情でギルガント側を見やる。案の定、ギルガントの要人たちは顔を見合わせて何かを小声で話していた。
「その魔物は、どうなったんだ?」
イルマーダの要人の一人が尋ねた。その質問に研究者の男の顔が強張る。
「それは、その……」
「まさか、逃がしたのではあるまいな」
口ごもる研究者に要人は厳しく追及する。危険な魔物を野に放ったというのならば危険極まりない。
「だ、大丈夫です! 逃げて行ったのは、ギルガントの山奥の方でしたから」
その発言にギルガント側が大きくざわつく。
レミはギリッと歯を食いしばり、剣を抜きながら研究者の男に駆けだす。
それに気づいて真っ先に止めたのはアリックだった。剣を抜いて振り上げる彼女の右腕を掴んだ。
「おい! やめろ!」
アリックに続き、ダリルが後ろからレミを羽交い絞めにし、バーナードも正面からお腹の辺りに手を回して押さえる。
「どうしたでヤンス!」
「落ち着くっスよ!」
「レミ、ダメだ!」
ディランも椅子から立ち上がり、振り回されているレミの左腕を掴んだ。銀のブレスレットがディランの手に当たる。
「放せ! あいつのせいで町の皆がっ! ユリアスさんがっ!!」
レミの声は怒りと殺意に満ちていた。黒い瞳が獰猛な輝きを放つ。それを見た研究者の男は悲鳴を上げて後ずさった。
クリスはどうしていいかわからず、おろおろと事態を見守る。
ディランたち四人がかりで押さえられても、レミの動きは完全に制することができない。
「レミ!!」
ひと際大きな声が部屋に響いた。ジャスティンの声だ。その声に、レミは暴れるのをやめる。
「今は、剣を収めてくれ」
震える声でジャスティンが告げた。
彼も怒りを抑えているのだ。
それを感じ取ったレミは身体の力を抜く。レミの力が抜けたことを確認して、ディランたちは手を放した。レミはゆっくりと剣を収める。
「こ、これだから野蛮な『魔力なし』は……」
研究者の男は上ずった声でつぶやく。何度も眼鏡のブリッジを押し上げていた。レミはギロッと男を睨んだ。男は再び悲鳴を上げる。
「どういうことだ?」
ハワードがジャスティンに問う。彼とレミの反応は、明らかに他の要人たちとは違う。ジャスティンは深く息をついて答えた。
「あれは、彼女の故郷を滅ぼし、私たちがいた隊を壊滅させた魔物です」
会場の空気が軋んだ。
ジャスティンは研究者の男をじっと睨みつけた。
「あの魔物は人の血を吸う上に、非常に鼻が利く。そして身体も硬い」
「な、何故それを……っ!」
魔物の特徴を上げたジャスティンに研究者の男は思わず漏らす。慌てて口を押えるが、こぼれた言葉は拾えない。
「アンタの尻ぬぐいはあたしたちがやっといたよ」
低い声でレミが言った。
「……あとで詳しい話を聞かねばならんようだな、ゲイル」
イルマーダ国王の視線は冷たく重い。ゲイルと呼ばれた研究者の男は床にへたり込んでしまった。
「こちらの不手際だ。申し訳ない」
イルマーダ国王が頭を下げる。一国の王が頭を下げるなど、簡単にすることではない。イルマーダの要人たちは慌てた。イルマーダ国王はそれを制す。
「町ひとつがなくなっているのだぞ。知らなかったでは済まされん」
イルマーダ国王の声は厳しい。
黙って見ていたハワードは小さく息をついてレミに目を向けた。細い背中にはまだ怒気が見える。
「レミ、調査の件、嫌なら断ってもいいぞ」
ハワードの言葉に、レミが拳を握り締めた。関節が白くなるほど強く握りしめたまま、皇帝を振り向いた。
「……いえ、引き受けます。何で皆が死ななきゃいけなかったのか。理由があるなら知りたい」
宵闇の瞳に決意が見えた。ハワードはゆっくり頷く。
そうして話し合いは争いに発展することなく、何とか終わった。
お読みいただきありがとうございます。
また皇帝から断れないお願いをされてしまいました。
レミたちの冒険を応援してくださる方は、ブックマーク、★の評価、リアクション等よろしくお願いします。




