第10話 遭遇
翌日、一行は目的地に向けて移動を再開した。長い行列が街道を埋める。規則正しく整えられた石畳は馬車に一定のリズムを与えた。
空を見上げれば、透き通る青が一面を埋め尽くす。遮るものがない日差しは影をくっきりと浮かび上がらせた。
馬に乗ったレミは森の方を警戒しながら手綱を握る。魔物や賊が出てくるとしたらそちらの方が可能性は高い。
レミは列の中央寄りの後方にいた。中央には皇帝が乗った馬車があり、その少し後ろにディランたちが乗った馬車がある。要人たちの比較的近くだ。
ジャスティンの進言による配置か。それとも本当に人手不足なのか。レミにはわからない。
クリスは馬に慣れていないので、ディランたちの馬車に同乗している。
昼の休憩に入ろうとする頃だった。
列の前方が騒がしくなった。馬たちが怯えた声を上げる。暴れそうになる馬をレミは優しくなだめ、鞍から降りた。
魔物の群が前方にいる騎士たちに襲い掛かっている。
レミは前方から隣の森へ視線を移した。何かが素早く動く気配がする。条件反射で剣を抜いた。それに周りにいた騎士たちが焦りを見せる。
「クリス! 援護!」
レミは必要以外の言葉は発しなかった。馬車の中にいるクリスにまで届くほどの声が響く。
クリスはハッとして魔法で本を出した。慣れない馬車の踏み台を踏み外さないように降りる。クリスが周囲の状況を確認しているうちに、森の中から狼たちが襲い掛かった。ディランたちを襲ったアッシュウルフだ。
牙をむくアッシュウルフをレミは次々に切り伏せていく。全てを倒せるわけもなく、横を何頭もすり抜けた。
馬に乗ったままの騎士たちは応戦できず、飛びかかるアッシュウルフに引きずり降ろされる。
「ウィンドアロー!」
クリスの魔法が騎士たちを襲っているアッシュウルフを撃ち抜く。彼女を魔法に集中させるため、盾を持ったダリルが守っている。バーナードとアリック、ディランも剣を抜いて応戦していた。
あの陣営は大丈夫だろうとレミは横目で確認する。問題は騎士たちだ。皇帝の護衛をするには心もとない挙動である。
「アンタら、それでも皇帝の騎士か!?」
苛立ちを隠さぬレミの怒声が騎士たちの耳を突く。檄を飛ばされた騎士たちは雄叫びを上げてアッシュウルフに突っ込んでいった。
多少のケガはやむなし。死ななければセーフ。
レミはそういう基準にすることにした。死に至るようなケガでなければシャルティスの魔法で治せる。
それほどアッシュウルフの数が多い。レミは違和感を覚えながら、アッシュウルフを観察する。
襲いかかってはくる。だが、すぐに離れていく個体が多い。そのまま反対側の森へ走って行った。
(なにか、森にいるの?)
レミは心の中に一滴の黒いインクが垂らされたような感覚になった。それがじわじわと大きくなっていく。
アッシュウルフの一団がいなくなったと思ったその時、森の中から重い足音が響いてきた。騎士たちの顔が強張る。
現れたのは黒い毛並みの大きな熊だった。
ゆっくりと四つ足で森の中から出てくると、口を開けて唸り声を上げた。後ろ脚だけで立ち上がり、前足を掲げて威嚇する。
「いや、でかすぎでしょ」
レミは顔を引きつらせる。こいつがアッシュウルフたちを追い立てていたのか、と思いながら剣を構えた。身の丈はレミの倍以上ある。
熊が列に向かって突進する。真っ先に反応したのは団長のダグラスだった。突き出された熊の爪を剣で受け止める。押し戻されながらも、ダグラスは踏みとどまった。
両者が膠着状態になったところに、騎士たちが剣を振りかざす。次々と熊に向かって剣が振り下ろされた。しかし、その分厚い毛皮にはかすり傷しか与えられない。
熊は腕を薙いだ。ダグラスは押されるまま後退し、反応できなかった騎士たちは弾き飛ばされる。
「クロウス、やるよ」
レミが声をかけると、クロウスが応えて彼女の剣が黒く光る。
熊が再び立ち上がり、咆哮を放った。びりびりと空気を震わせる。馬車の窓がガタガタと鳴った。
すると、レミの前に氷の階段が姿を現した。
「レミ! 使え!」
ジャスティンの杖が光っている。レミは走り出した。動きを止めている騎士たちの間をすり抜け、氷の階段を駆け上がる。
熊の首を目掛けて、剣を振り抜いた。黒い剣が熊のうなじに食らつく。
「げっ!」
「どうした!?」
レミが変な声を上げるとジャスティンが反応した。レミは地面に着地すると同時に熊を振り返る。
「すみません! 浅かったです!」
熊は苦しそうな声をあげながらレミの方を向いた。深くはないが、ダメージはあったらしい。
「外すなよ! 腕が落ちたんじゃないか?」
「失礼ですね。あいつが硬すぎるんです!」
ジャスティンが文句を言うと、レミも言い返す。
「ウィンドアロー!」
クリスが魔法を放つ。狙った場所はレミが斬ったところだ。風の矢が熊の首を襲う。熊は息が詰まった。
その隙を逃さず、ダグラスは正面から熊の首を狙った。ダグラスの剣が熊の首を貫く。薙いだ剣から血が飛んだ。熊の首から血が流れる。数秒後、熊の身体が地面に沈んだ。
周囲から歓声が上がっても、ダグラスとレミは熊に剣を向けたままだった。ポロポロと熊の身体が光の塵になり始めて、ようやく剣を収める。
「クリスと言ったか。あの子すごいな、狙いが正確過ぎる」
ジャスティンが感心した声をあげた。見習わねば、と頷く。
「レミ! バーナードが!」
クリスの叫び声が聞こえた。レミは慌てて彼女の元へ走り出す。
バーナードが右腕を押さえて座り込んでいた。血が地面に滴っている。傷は深そうだ。
シャルティスがポンッと現れてバーナードの腕に近づく。レミを振り向いて「早く」と仕草で促した。
促されるまま、レミは手をバーナードの傷にかざす。シャルティスの小さな手がレミの手の甲に重ねられる。温かな光が彼の腕を包んだ。
あっという間に傷がなくなっていく。それを見たディランは、ほっと息をついた。それから申し訳なさそうに眉をハの字にする。
「すまない、俺の詰めが甘かったばかりに」
「何言ってるんスか。俺の役目はディラン様を守ることっスよ」
バーナードは気にしていないように笑顔で返した。それからレミにも笑顔を向ける。
「助かったっス! ほんと早いっスね」
バーナードは傷がなくなった腕をさすった。痛みもなければ痕もない。これほど完璧な治療魔法を彼は知らない。
「ほーう。本当に『魔力なし』でも魔法が使えるのか」
突然、割り込んできた声に一同の身体が跳ねる。特に背後から声をかけられたレミの肩は一番高く跳ね上がった。レミは心臓の激しい鼓動を感じながら振り返る。
そこいたのは皇帝ハワードだった。
「ジャスティンに話は聞いていたが、本当だったとは。『魔力なし』への認識を改めねばならんな。それに……」
ハワードは言いながら熊の亡骸に目を向けた。身体の半分くらいは、もう光の塵となって消えている。
「あんなものが国をうろつかれたらたまったもんじゃない。やはりイルマーダ国王の言う通り、いがみ合っている場合ではなさそうだ」
「はい。我が国でも魔物の被害が拡大しています。軍だけでなく、民間人の死者も増えております」
ディランが苦い顔で言った。イルマーダを発つ前に目を通した資料では、被害は年々多くなっていた。それに伴い、民間人の死者も多数出ている。
ハワードも頷いた。
「準備が整ったら、リーブラへ急ごう」
皇帝の号令の元、一行は目的地へ急いだ。
お読みいただきありがとうございます!
皇帝陛下も戦えますが、前線に出ると怒られるので馬車の中にいました。
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