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第9話 焚火調理は慣れないと難しい


「――ミ、レミ!」


 呼ばれてレミは意識を引き戻した。目の前には心配そうに赤い瞳で覗き込むクリスの姿があった。


「ごめん、ぼーっとしてた」

「疲れたんじゃない? 早めに休んだら?」


 クリスはレミの隣に腰を下ろしながら心配する。レミはずっと馬に揺られていた。

 しかし、彼女は首を横に振って、細い枝で目の前にある焚火をつついた。パチパチと木が弾ける。焚火の上にかけている鍋からぐつぐつと湯気が立っていた。


「平気だよ。クリスこそ慣れてないでしょ。休んだほうがいい」


 レミがクリスに笑いかける。元騎士のレミにとっては護衛も仕事でやったことはある。

 対してクリスは初めてのことだ。村で育った彼女には護衛をするなど無縁だった。


「私もまだ平気。それにしても、野営ってこうするのね」


 クリスは見回してつぶやいた。


 馬車の車列は街道の端に寄せられ、開けた場所にテントを張っている。ひと際大きく立派なテントは皇帝のものだ。

 焚火の明かりもここだけではなく、点々と続いていた。他にも大きな松明が灯され、この一帯がぼんやりと明るい。


「何と言っても皇帝陛下が一緒だからね。これは豪華なほうだよ」


 レミは頬杖を突きながら笑う。左腕のブレスレットがちらっと煌めいた。


「あ、いたいた!」


 ふと、声がかけられた。バーナードだ。藍色の頭が闇夜に溶けて表情がわからないが、どこかホッとした声色だ。彼の後ろから数人がついてきている。ディラン達だ。


「いやー、二人しか友達いないから来てくれて助かったっス」

「さすがにギルガント人の中には居づらいでヤンス」

「二人とも、もう食べたのか?」


 彼らは当然のように焚火を囲んだ。レミとクリスは目をぱちくりさせる。仲が悪くなったとは思っていないが、良くなったとも思っていない。


 まあ鍋を囲む気ならそれもいいだろう、とレミは思った。が、実は今の彼女たちは食事に関して最大の問題に直面していた。


「この煮えたぎったスープを飲む気になれるなら食べていいよ」


 レミは鍋を指した。

 ぐつぐつを通り越してボコボコとスープが対流している。それに乗って野菜たちが鍋の中で舞い踊っていた。


 鍋を見たディラン達は一斉に口を閉ざす。これは熱いというレベルを超えている。


「火加減が上手くいかなくて」


 あはは、とクリスが愛想笑いを浮かべた。すべて強火で調理したため、材料は既に火が通っているはずだ。熱さを除けば食べられる。

 ため息をついて焚火をいじり始めたのはアリックだった。


「それならそうと早く言えよ」


 ぶつぶつ言いながらも火の調整をしてくれている。その手際の良さにレミとクリスは感心した。


「魔法で水ぶっかけるとかしないんだね」

「そんなこと、消す時しかしないだろ」


 レミの呟きにアリックは思わずツッコミを入れる。


「いや、前に焚火で料理してたらキャンプファイヤーになって水ぶっかけられたことがあってさ」


 レミが懐かしそうに言った。ユリアス(大雑把)×レミ(焚火初心者)=大惨事が起こったのだ。ジャスティンの消火により大火事は免れたが、それ以降、二人がコンビで料理をすることはなくなった。


 呆れた顔でバーナードが尋ねる。


「それ、料理は無事だったんスか?」

「水が増して薄味になったくらいだったよ」


 無事だった、といった顔でレミは返す。それを無事と言えるかは人それぞれだろう。

 アリックのおかげで火の勢いは少しずつ弱まっていく。


「っていうか、もう鍋を下ろして冷ましたほうが早いんじゃ……?」


 ボソッとディランがつぶやいた。ハッと一同は固まる。

 無言のまま、ダリルが鍋を火から下ろして地面に置いた。クリスはそれをおたまでくるくるとかき混ぜる。熱そうな湯気が吹き出した。


「うわ、熱そう……」


 ぼそりとレミが呟いた。誰が見ても、これは熱い。


「それにしても、正直『魔力なし』なんて都市伝説だと思ってたでヤンス」


 ダリルは鍋が冷める間の話題を出した。バーナードがそれに頷く。


「確かに。話には聞くけど、会ったのはレミが初めてっス」

「そりゃ、そっちで『魔力なし』が生まれたらどうなるよ?」


 レミはざっくりと疑問を呈した。一瞬、沈黙が下りる。焚火だけがパチリと弾けた。


「ただでさえ忌み嫌われてるんだ。生まれた瞬間に捨てられるか、殺されるのがオチなんじゃないの?」


 自嘲気味にレミは笑う。彼女自身も孤児院育ちだと言っていた。


「その……レミのご両親は?」


 恐る恐るディランが尋ねる。言いにくいことを聞いているという自覚はあるのだろう。


「お母さんは私を孤児院で産んで間もなく亡くなった。お父さんは知らない」


 レミはさらりと答える。会ったこともない両親に思い入れはないように見える。


「私は運が良かっただけだよ。孤児院の先生も、町の人もそんなに『魔力なし』に対して差別意識はなかったし。ぶっちゃけ魔法を使えなくても生活はできるしね」


 レミの声に悲観的な感情はなかった。不便だが、魔法を使えなくても日常生活は送れる。実際、レミは戦闘以外でクロウスの力を使ったことがない。


「うちの村、小さいから魔道具もほとんどないもんね」


 クリスはちょっと遠い目をして言った。ドがつく田舎である自覚はあったが、帝都を訪れてそれがさらに身に染みた。


 自分の魔力を使って動かす魔道具がギルガント帝国では発達している。その恩恵にあずかれるのは帝都と大きな都市の一部だけだ。

 クリスたちの村にあるのは夜に使うランタンが数個くらいだ。


 村を訪れているディラン達はコメントできなかった。結構な田舎だな、とは思っていた。馬鹿にするつもりは微塵もないが、肯定するのも気が引ける。


「そろそろいいんじゃない? 食べましょう」


 クリスが鍋の加減を見ながら声をかけた。各々手にしていたお椀をサッと出す。アツアツのスープがよそわれた。

 が、やはりまだ熱い。冷ましながら少しずつ食べた。


 もぐもぐと食べていたバーナードの手が不意に止まった。


「でも、レミのお母さん、まるで自分が死ぬのがわかってたみたいっスね。わざわざ孤児院で子供を産むなんて」


 バーナードは悲しげな表情でスープに目を落とした。その顔を見たレミは小さく笑う。


「バーナードは優しいなぁ。言われてみればそういう見方もあるか」


 レミはふむ、と考えた。そんなことを言われたのは初めてだ。


「まあ、親のことはそんなに悲観してないから心配しないで。最初からいないものに思い入れないから。あ、でも本当のお父さんが見つかったら一発ぶん投げるくらいはしたいかな」


 あっけらかんとレミは答える。クリスは「レミらしい」と笑った。


「ぶん殴るんじゃなくて、投げるんだ」

「受け身取れない投げ方したほうがダメージでかい」


 クリスの言葉に、レミはキッパリと断言する。バーナードとダリルの顔が青くなった。アリックは呆れた顔をしてスープを口に運ぶ。


「ホント、たくましいな」


 ディランは半分呆れ、半分感心した声でつぶやいた。


お読みいただきありがとうございます!

焚火はルールを守ってやりましょうね。

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