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【第34話】幽霊データの再構成


 視界が、ひどいノイズに焼かれている。

 

 魔導都市ヴィンセントの中央広場。数時間前まで活気に満ちていた石造りの街並みは、いまや管理者の「論理隔離」によって輪郭を失い始めていた。広場の中央にあった巨大な英雄の石碑は、どろりとした銀色の液体のように地面へ溶け落ち、存在そのものが不確かな「バグ」へと還元されている。

 

 周囲を見渡せば、逃げ惑う市民たちの姿も異常だった。ある者は足先から粒子となって消えかかり、ある者は同じ言葉を機械的に繰り返しながら、意味もなく壁に向かって歩き続けている。彼らの「役割スクリプト」が、システムの崩壊によって書き換えられ、壊れてしまったのだ。

 

 「レイ、もうやめて! それ以上その『ペン』を使ったら、あなたの精神が焼き切れてしまうわ!」

 

 エレナの悲鳴が、遠くの壊れたラジカセから流れる音源のように、ザラついた歪みを伴って耳に届く。

 

 レイは吐血混じりに微笑み、右手に握った、血のようにどす黒い赤色を放つ「オーバーライト・ペン」で虚空に光の線を走らせ続けた。

 

 それは世界の理を無視し、確定した事象を無理やり書き換えるための、この世界において唯一許されざる「編集デバイス」だ。

 

 「記録ログ……展開。アーカイブ、インポート開始。……クソッ、読み込みが重すぎんだよ……!」

 

 レイの脳内に、膨大なバイナリデータが直接流れ込む。素材はバラバラだ。ガルドが笑った時の口角の上がり方。重厚な鎧が擦れる金属音。酒場でライオネルと交わした、記憶の底に沈んでいたどうでもいい無駄話。

 

 それら全ての「素材」を、脳内のタイムラインに並べていく。

 

 「ミラ、頼む! 無茶は承知だ、一点集中の多重結界を張れ! 周囲の崩壊なんて気にするな、ガルドの魂が散らないように魔力の檻で繋ぎ止めろ!」

 

 「なんですって……!? この広範囲の消滅現象を無視して、一点に全魔力を注げというの!?」

 

 魔導師ミラは、レイの叫びを耳にして目を見開いた。だが、レイの瞳に宿る、この世界の誰とも違う「確信」に圧され、彼女は即座に杖を掲げた。

 

 「……いいわ、心中してあげる! 魔導回路、全同調! 概念固定、多重展開! ……その魂、ここから逃げることは許さないわよ!」

 

 ミラの杖から幾何学的な紋様が奔流となって溢れ出し、崩壊を続ける空間の一部を強引に縫い止めていく。

 

 (……よし、これで背景の消失パージへの演算を削れる。あとは『こいつ』を再構成レンダリングするだけだ……)

 

 レイは思考の端で、誰にも通じない「編集用語」を呟きながら、魂を削ってペンを走らせる。

 

 銀色の霧が猛烈な勢いで渦を巻き、一人の大男のシルエットを形作っていく。

 

 「ガ……ル……ド……?」

 

 ライオネルが呆然と呟く。いま目の前で再構成されつつある「何か」が、かつての己の半身であったことを思い出し始めていた。

 

 「フィリス、今だ! 魔石を投げ込め!」

 

 「わ、分かったわ!」

 

 調合師のフィリスが投げ込んだ高純度の魔石が、宙で弾け、純粋なエネルギーへと変換される。

 

 聖獣ルクスが天を仰ぎ、悲しげな咆哮を上げた。ルクスには見えているのだ。この空間から、生命の輝きが「欠落」し、代わりに無機質な「ゼロとイチ」が溢れ出している光景が。

 

 「……レンダリング、終了……ッ!」

 

 レイがペンを、己の魂を削り取るような勢いで力任せに振り抜くと、空間が真っ白な閃光に包まれた。

 

 視力が戻った時、そこには確かにガルドが立っていた。

 

 しかし、その姿はあまりに不安定だった。

 

 全身の輪郭が細かく小刻みに震え、時折テレビの混信のように身体の一部がブロックノイズとなって透けて消え、また瞬時に現れる。そこに実在しているようでいて、どこか遠い場所の映像を投影しているかのような「幽霊データ」状態。

 

 ガルドはゆっくりと自分の手を見つめたが、その指先はノイズによって絶えず崩壊と再構成を繰り返している。

 

 「……オレ……は……。レイ、お前……何をした……」

 

 「喋るな……! 音声データ(オーディオトラック)まで同期させる余裕がねえんだよ。今はただ、そこにいろ!」

 

 レイの耳の穴からも血が伝い落ちる。ペンを通じて流れ込むのは、ガルドの記憶だけではない。世界の「管理システム」が発する強烈な拒絶反応――殺意にも似た大量のダミーデータが、レイの脳細胞を侵食していた。

 

 「あ……ああ……ガルド! ガルドなのね!?」

 

 エレナが涙を浮かべ、駆け寄ろうとした瞬間、ガルドの身体からパチリと青白い火花のようなノイズが弾けた。彼女の指先は、ガルドの鎧に触れる直前で、冷たい静電気のような抵抗に弾かれる。

 

 「まだ近寄るな……! こいつの存在データは、まだこの世界に定着しきってねえ。常に外へと流出し続けてる。俺がこのペンで、無理やり『再生ボタン』を押し続けてるだけの状態だ」

 

 レイは激しく咳き込み、地面に膝をついた。口からこぼれた血が、「ポリゴン」の床に染み込んでいく。

 

 視界の端には、ついに避けることのできない「最終通告」が、血のような赤色で表示された。

 

 [ ERRORエラー: UNKNOWNアンノウン OBJECTオブジェクト DETECTEDディテクテッド ]

 [ TARGETターゲット AREAエリア: VINCENTビンセント - INITIALIZINGイニシャライジング FORMATフォーマット... ]

 

 「おいおい、冗談だろ……。一人のバグを直した途端に、サーバーごと……街ごと消去フォーマットする気かよ、管理者様よ……」

 

 レイは震える手でペンを握り直し、ノイズにまみれたガルドの背中を見つめた。

 

 空を見上げれば、ヴィンセントの全域を覆い尽くすほど巨大な、完全な円を描く魔法陣が、静かに、そして確実に回転を始めている。それは慈悲のない、世界の「初期化」の予兆だった。

 

 足元の石畳が、端から順に白く発光し、消えていく。その光に触れた民家が、積み木のように崩れては光の粒へと分解されていった。

 

 「レイ、どうすればいい!? このままじゃ、街の人たちも、私たちも……! 魔力供給がもう追いつかないわ!」

 

 ミラの問いに、レイは答えなかった。いや、答える余裕がなかった。

 

 脳内の「編集ソフト」は、すでに限界を超えた負荷を告げている。視界は白濁し、思考のフレームレートは目に見えて低下していた。ガルド一人を維持するだけで精一杯だ。

 

 「……ライオネル、エレナ、フィリス。ガルドを支えろ。物理的に触れなくても、お前たちの『認識』がこいつの輪郭を補強する。こいつがここにいたことを、メモリに刻み込め!」

 

 空の魔法陣を睨み据えたレイの瞳が、システムと同じ無機質な銀色に、深く、冷たく染まっていく。


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