【第3話】特例記録係
ギルド本部の奥まった一角、重厚なマホガニーのデスクを前に、ギルド長は組んだ指の上に顎を乗せ、鋭い眼光を俺に向けた。
その場の空気が一段と重くなる。
「実は今、王宮からある依頼が来ているんだが、その依頼にレイ君を使えないかと考えている」
その言葉が落ちた瞬間、隣にいた受付嬢のミレーヌさんが、椅子を鳴らして立ち上がった。
「ギルド長! それは一体どういう事ですか!?」
ミレーヌさんも驚きを隠せず声に出していた。
彼女の瞳には、俺への心配と、上司の正気を疑うような色が混ざり合っている。
しかし、それ以上に激しい拒絶反応を示したのは、周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちだった。
「……正気かよ」
低い、地を這うような声。
それは、剣を背負った一人のベテラン冒険者のものだった。
そしてあの男も同じ――。
彼は鼻で笑い、蔑むような視線を俺に投げつける。
「外れスキルの持ち主がいきなり参加出来るわけがないでしょう! ギルドも焼きが回ったか?」
それを皮切りに、酒場を兼ねたホール全体に野次が広がった。
「そうだ! 足手まといを連れて行って死なれたら、こっちの責任問題だぞ!」
「ガキの使いじゃないんだ。記録なんて後で報告書を書けば済む話だろ!」
そこに居合わせていた全員も同意見だと騒ぎ始める。
その怒号は、まだ冒険者ですらない俺の存在を否定するには十分すぎる圧力だった。
「お前ら落ち着け!」
ギルド長が一喝する。
腹の底に響くような咆哮。
一瞬にして喧騒が静まり、埃が舞う音さえ聞こえそうな静寂が訪れた。
「まだ話は終わっていない。最後まで聞いてくれ」
ギルド長は一度、俺の目を見てから、地図を広げた。
「今回の依頼だが……先日、王都の外れの森が突如として消失して多数の魔物が現れたそうだ!」
森が消失!?
その異常な報告に、再びざわめきが起こる。
「どういう事ですか!?」
ミレーヌさんが身を乗り出して問いかける。
物理的に木ぎが切り倒されたのではなく、「消失」という言葉の響きには、不吉な魔法的要因が漂っていた。
「それはまだ分からん! 原因が不明だからこその調査依頼だ」
ギルド長は声を荒らげ、深刻な表情で続けた。
「しかも、その周辺にはA級相当の魔物が出現しているらしい! 通常の森には生息し得ない高位個体だ。王宮はこの事態を重大に考え早急に調査するようにと我がギルドに依頼して来られたのだ!」
そこまで聞くと、先ほどまで騒いでいた冒険者たちも顔を見合わせた。
A級。
それは熟練のパーティーですら命の保証がない領域だ。
「そこで至急、勇者に同行するパーティーを編成して三日以内に出発しなければならない!」
真剣な面持ちで話すギルド長の次の言葉に全員の意識が集まる。
彼はゆっくりと立ち上がり、宣言した。
「そこでだ! 今回の勇者パーティーにこのレイ君を記録係として同行させようと考えている」
「どうしてですか?」
「普通の依頼ならまだしもこんな危険な依頼に同行させるなんてどうかしてます!」
食い下がるのはミレーヌさんだ。彼女の指先は、俺の身を案じて小さく震えていた。
「レイ君のお父さんに恩があるのは分かります。でも公私混同です……。彼は戦う術を持っていないんですよ?」
「そうじゃないんだ」
ギルド長がなだめる。
「今回の依頼だが王宮は詳細な記録を残すようにとの御達しなのだ。消失の瞬間、魔物の挙動、地形の歪み……それらを一刻一秒漏らさず正確に持ち帰る必要がある」
ギルド長が真剣な面持ちで俺の方を向く。
「レイ君、危険な依頼だという事は、重々承知した上で君に記録係として同行して貰いたいのだが……どうだろうか?」
俺は喉が渇くのを感じた。
A級の魔物。
消失する森。
前世の平和なデスクワークとは程遠い、命のやり取り。
だが、俺の中に眠る「編集者の魂」が、その未知の光景を記録したいと疼いていた。
「この依頼には君の記録のスキルが必要なのだ! 受けては貰えないだろうか? 今回、特例ではあるがギルドカードも発行しよう!」
特例。
その響きが、俺の背中を押した。
「……やらせてください。俺のスキルが役に立つなら」
こうして、俺は、特例記録係として、勇者パーティーに同行することになった。
◇
翌日、手続きのためにギルドを訪れると、カウンターには一枚の硬質なプレートが置かれていた。
発行されたギルドカードには名前とスキルが書かれていた。
【Name: レイ・クロノス】
【Skill: 記録 】
鉄の冷たさが指先に伝わる。
それはこの世界で生きるための、唯一の証明書。
「これで俺も念願の冒険者の仲間入りだ。しかも勇者パーティーだなんて……」
俺は嬉しさを抑えきれずその場で叫んでしまっていた。
前世で夢見たファンタジーの世界。
その最前線に、俺は今、立っている。
「……おい、いつまで浮かれている」
冷たい視線が刺さる。
背後に立っていたのは、銀色に輝く鎧を纏った男――勇者ライオネルだった。
彼の瞳には、俺という存在への明白な失望が浮かんでいた。
そして、出発までの三日間は、怒涛のように過ぎた。
体力をつけるための最低限の訓練、そして。
「これを使え。記録に集中できるように、防御魔法を付与した特注品だ」
ギルド長が用意してくれた装備に身を包み、俺は指定された集合場所へと向かった。
そこには、今回同行する「勇者パーティー」の面々が揃っていた。
「……遅いぞ。足手まといにだけはなるなよ、記録係」
吐き捨てるように言ったのは、勇者ライオネルだ。
彼の背負う大剣は、俺の背丈ほどもあった。
神官のエレナが、困ったように微笑みながらフォローしてくれた。
「ごめんなさいねレイ君。この人、照れてるだけだから。私はエレナ、よろしくね」
彼女の聖なる杖が放つ柔らかな光に、少しだけ緊張が解ける。
ライオネル、エレナ、鉄壁のガルド、魔導士ミラ、支援術師フィリス。
そして俺。
自己紹介もそこそこに、俺たちは重苦しい沈黙を連れて王都アストリアの門をくぐった。
(第4話へ続く)




