もどかしくて
廊下に微かに線香の匂いが漂っている。
香が居間に行くと母が祖母の遺品の入った収納ケースを押し入れに閉まっている所だった。
「あ、母さん私が仕舞うからいいよ」
「ん? そう? お婆ちゃんの手紙読むんやね」
母はそう言うと、仕舞い掛けた収納ケースを引っ張り出した。
「母さんも手紙読んでたん?」
「ん? いやね探し物して片付けたんよ」
「探し物?」
「そう、どういう訳か香が持っていたみたいだけどね」
母は微笑んでいた。そして仏壇に手を合わせると
「朱い勾玉よ、ご住職から聞いたんだけど、あの人……啓助さんに貰ったんやろ?」
「あ、うんごめん、母さんに話すの忘れてた……」
「そんなんは、かまわんのやけど、本当は家に二つの勾玉が伝わっていたらしいのよ……でも母さんは、お婆ちゃんから白い勾玉しか受け継いでいないから、一応確認してみたの……でも、不思議よね……どんなご縁があるのか知らないけれど、早川さんは神様と会った訳でしょ? 母さんも会ってみたいわ」
母は笑って居間を出て行った。
「明日も早いんやろ? 遅くならんように」
「はーい」
部屋の外から声を掛けた母に返事をすると、収納ケースから文箱を取り出した。
前回の続きが分かる様に読んでない封筒を別の束にしておいた。
そこから封筒を取り手紙を読み始めた。
2009年10月の手紙。
お中元に送った素麺のお礼と、お孫さん達の感想が述べられていた。
そして祖母の質問に回答するような内容が綴られている。
『本には直接には記述しなかったけど、私見ですよ、端的に言うと巫女=神と考えていいと思う。
では神とは何か?
私はね意識体だと考えているの。
そこは色々意見があるようだけどね。
巫女、神託や霊性に女性が多いのも母性を含む愛の感情が男性よりも強いからね。
だからあなたの家系は神の血脈ともいえるともいえる。
大切なのは女系という事で科学的に言うなら女性だけが受け継ぐことが出来るミトコンドリアDNAというのがあるらしくて。
必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはないそうなの。
だから調べようと思えば母方の家系を遡る事が出来るみたい。
ミトコンドリアDNA自身の遺伝情報を持っているみたいで、それが遥さん達のが代々受け継いできた能力の一端を説明出来るかもね。
人の目に写る事が全てではないという事は、経験した人にしか分からないのと同じかもね』
「神様の血筋……」
香は次の封筒に手を伸ばした。
2010年4月。
『こんにちは遥さん、この春から下の孫は小学生になりましたよ、上の孫は高校三年生。
親達は忙しそうだけど、ポカポカした陽射しに誘われて近所の公園に行ったら桜が見ごろで綺麗だった。
お手紙を読んで、幸ちゃんや香ちゃんに会いたくなってしまいました。
香ちゃんは幸ちゃんに似て人見知りなのかしら?』
その後は他愛のない穏やかな日々の様子が語られていた。
下のお孫さんは百人一首が得意なんだ。
一時期よりは国江さんの文体はしっかりしているように見えた。
それから、2011年9月迄の手紙の内容は特段変わった内容はなく、いつものおしゃべりだった。
読んでいると祖母と見たことない国江さんが会って話しているように思える。
そして、最後の手紙を取り目を通した。
消印は2012年1月。
祖母が亡くなる二ヵ月前だった。
『遥さんへ
こんにちは、あなたと出会って、歴史を違う視点から見るようなって、私たちのご先祖様が森羅万象に魂があり、それらとつながり会話することによって生きてきた事を知ったわ。
その中で日本語が持つ言霊という特異な性質にも気が付いた。
植物や動物、ひいてはモノにも魂があるということに、それに気が付いてから、自分を含む全てのモノが愛おしくなった。
世知辛い世の中と多くの人が言うけれど、それは人が本来持つ愛するという事を、感謝するという事を失ってしまったからなのね。
社会の仕組みがそうである以上仕方のない部分ではあるけれど、気付けた、気が付かせてくれた遥さんに改めてお礼を言います。
ありがとう。
そうそう、あなたが名付けてくれた孫はね、花や虫に話しかけてるのよ。
会話ができるみたい。
羨ましいわ。
超能力なんかじゃないのよね。
本来人間が持っていた能力なのよね。
きっとあなたの予見通りあの子は島に行くのね。
その時に、私もその場にいれるかしら?
あなたが託した勾玉がもう一人の巫女さんに渡ることを切に願うわ。
きっと届くのでしょうけどね。
でも、どうしても気になるの、どうして直接渡さないのか?
魂は必ず夕凪島に戻るのでしょ?
だって誰がもう一人の巫女なのか、あなたには見えてるんでしょ?
会って話すことが出来ないのが寂しいけど、本当にありがとう、遥さん。
今度は何処であなたに会えるかしら?
願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ
平成24年1月11日 国江 実日子』
香はもう一度手紙を読んだ。
お婆ちゃんには分かっていたん?
誰がもう一人の巫女なんか。
魂は夕凪島に戻るとはどんな意味があるんやろ?
お婆ちゃんは誰かに朱い勾玉を託した。
でもそれは巡り巡って、結局は私の元にある。
手紙を持ちながら仏壇を眺めた。
「お婆ちゃん……誰なん? もう一人の巫女って……」
部屋には時計の針の時を刻む音だけが響いていた。
◇
舞は京一郎の事を兄に話せたことで心の枷が一つ外れた。
内緒にしようとは思っていなかったけど、後ろめたさがあったのは記憶がない事。
その要因を作った自分の行動が歯痒かった。
好奇心は舞を動かす一番の原動力である。
あの時は純粋に秘密というキーワードに引っ張られた。
普段ならあの手の誘いに乗ることはない。
ただ、夕凪島には何かあるんじゃないかと漠然とした想いが湧いてきていた中で出会ってしまった。
誰でもそうかもしれないが否定されたら何をしても、話をしても、楽しくはない。
その点、京一郎との会話は舞にとって新鮮で面白かったのは事実としてある。
別に京一郎に好意があった訳ではない。
「電話してみるね」
兄にそう告げ、ロビーへ降りてきた。
「ゆっくりしといで」
兄は煙草を吹かしながら笑っていた。
京一郎に聞きたいことは山のようにある、空白の時間にどこで何をしていたのか………
ラウンジには数組の宿泊客が夜の一時を楽しんでいた。
舞は人気のないロビーの隅っこのソファに身を委ね、ぼんやりとスマホの画面を見つめた。
そして、京一郎の電話番号を入力して、呼び出しをタップした。
プルル……プルル……プルル……
出ないかな。
耳元からスマホを離し掛けたとき。
「もしもし」
京一郎の少しくぐもった声が聞こえた。
「もしもし、こんばんは、早川ですけど、今大丈夫ですか?」
「やあ、こんばんは。そうですね、少しだけなら……ちょっと待って、5分後に掛け直してもいいですか?」
「わかりました」
「じゃあ」
舞は大きなため息をついて肩を撫で下ろした。
京一郎の声の感じは以前と変わった印象は受けなかった。
折り返しの電話は5分と待たずに掛かってきた。
「もしもし」
「お待たせしました」
「いいえ、忙しい所すみません」
「色々無事でよかった」
京一郎は外で話しているようで、車が走る音が聞こえる。
「あの……伺いたい事があるんですけど」
「……うん、どうぞ」
「あの縄文遺跡に行った後に何があったんですか?」
「といいますと?」
「実は……」
舞は正直に、その後の数日間だけ記憶を失っていることを説明した。
京一郎は特段驚いたりする様子もなく話を聞いている。
「なるほど……その間、あなたが何をしていたか知りたいということね……記憶を無くしているあなたにこんな事を言うと可笑しいのですが……あなたは次の日の朝まで目を覚ましませんでした。そして目覚めたあなたは……記憶を失っていました」
「は? 記憶を」
「ええ、それまでの記憶。例えば家族や夕凪島に来ていた事さえも覚えていなかったんです」
「うそ……」
記憶を無くしていた?
結界の中にいた時は京一郎と縄文洞窟に行った迄の記憶はある。
どういうこと?
京一郎は話を続けた。
「そうですよね……そうなりますよね。でもこれが事実です。信じてもらうしかない。それからは、僕らと一緒に結界の調査をしていました………不思議とあなたは歴史への興味は無くしてないようでしたから。そして、ある結界を調査していた時にあなたは忽然と姿を消した……僕は慌てて探しましたが、見つけられなかった。今思えば、きっとその時に結界の中に入ってしまったのでしょう」
あれ?
舞は不思議だった?
どうして私が結界に居たことを京一郎は知っているのだろうか?
それと僕らと一緒という事は……
あの人の事かな?
「僕らというのは? 京一郎さん以外にも仲間がいたってことですか?」
「……ええ、そういう事です」
舞が思うような返答は返ってこなかった。
「風子さん……ですか?」
「あれ? 覚えているんですか?」
京一郎は不思議そうに聞いてきた。
「いいえ、私が持っていたポシェットの中にメモがあったんです。確か……私の事を忘れないで……風子って」
「ふーん……そういうこと……」
「風子さんは、今どちらにいらっしゃるんですか?」
「彼女は島を去りました。実家に戻るような事を言っていたかなぁ」
「連絡先なんかは分かります?」
「ああ、どうっだったかな……分かったら連絡しますよ」
「お願いします」
「そうですね。ああ、ちなみに、その数日間は風子さんの家で過ごしていましたよ」
「ああ、そうなんですね。ちなみに調査というのは具体的にどのようなことをしていたんですか?」
何かの合図かのように車のクラクションが鳴った。
「縄文遺跡の紋様の解読ですよ……あ、ごめんなさいそろそろ……」
「あ、すみません……ありがとうございます」
「ごめんね、それじゃあまた」
舞は疑問を感じながら電話を切った。
その画面を見つめながら頭の中で整理をした。
京一郎と一緒にいた縄文洞窟で意識を失って。
目が覚めた私は、それ以前の記憶を失っていた。
それなら兄に連絡してないのは納得が出来る。
そして、その期間は京一郎達と結界の調査をしていたということか。
今は目覚めてから、結界の中で気が付くまでの記憶を無くしている。
記憶喪失のパレードか。
そんな事ってあるんだ……
話を聞いた限り、京一郎が嘘を話すメリットはないと思う。
声や応対も会って話をした時の印象のままだった。
「はぁ……」
何かスッキリはしないけど……
仕方ないし、他にも聞きたいことがあるけれど。
「お兄ちゃんビックリするだろうな……」
兄は私の事をいつも一番に考えてくれている。
そんな兄の事を口さがない連中はシスコンだと口にする。
それの何がいけないの?
私達が歩んで来た境遇も知らないくせに。
結局、記憶の断片を埋める事が出来ずに、新たな疑問が湧いてくる。
風子という女性は一緒に結界の調査をしていた。
でも、あのメッセージは何を意味するのだろう?
「ふうーダメダメ……」
舞は立ち上がると思考を止めた。
そして兄にラウンジに来るように連絡した。
ラウンジの窓際の席に座り、あまり飲まないお酒をオーダーした。
選んだのはすももワイン。
夕凪島の名物らしい。
もちろん兄の分のビールも頼んでおく。
「お兄ちゃんを驚かせなくちゃね」
舞は窓ガラスの闇の中に映し出されている自分に話しかけた。
そこには手を上げて歩いてくる兄の笑顔があった。
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