メモ
美樹はバイト中も一つの出来事が頭の中から離れなかった。
それはさっき香の部屋で勾玉を見つめた時。
何か聞こえたような気がして、一瞬頭の中が真っ白になった。
眩暈か疲れているのか分からず、すっきりしない。
美樹は下げられたトレーを洗い場に持って行ってゴミを捨てようとした。
ん?
メモ用紙があるのに気が付いて何気なく手に取る。
その裏に走り書きで、
『あの子の秘密を知っています、それについてお話があります。バイト終わりに潮風公園に来てくだい。もしお越しにならない時は秘密は秘密でなくなります』
そう書かれていた。
ハッとして店内を見回した。
馴染の常連客が数組座っている。
平日にしては混んでいたからどんな客がいたか覚えていない。
「どうしよう……」
思わず呟いていた。
メモ用紙をズボンのポケットに仕舞い、皿を洗い始めた。
あの子の秘密って……
香の事やろか?
そうやな……
夏休みが始まったとはいえ夜の公園に一人で行くのは怖いし……
「店長、ちょっとトイレ行ってくる」
「おう分かった」
美樹は前掛けと調理帽を取ると、トイレに駆け込んだ。
スマホを取り出し画面と睨めっこ。
これを無視したら……
香の秘密。
巫女の血筋だという事をばらす言う事やろ……
どうしよ。
香は呼べんし……
秘密の事知ってる人は、啓助さん達か。
でも悪いし…………………
頭に浮かんだ一人にすがるような思いでメッセージを送った。
『ごめん遅くに、今からうちのバイト先に来れる?』
スマホを両手で握り返信を待った。
途方もなく長い時間が経ったような気がした。
5分ほど待ったが返信はない。
美樹はトイレを流しトボトボと厨房へ戻った。
その様子を見た店長が近寄って来た。
「美樹ちゃん、調子悪いんか? 真っ青な顔してるやんか」
「ああ、うんお腹痛くて……」
そう言ってお腹を擦った。
「なら、少し休んどき、なんなら今日は帰っても構わんで」
店長は心配そうに、こちらを窺っている。
「うん、ありがとう。そうする。店長ごめんね」
「かまわん、やけど気いつけてな」
それから美樹は更衣室で着替えをすると、店を出て防波堤沿いの道を自転車を押しながら潮風公園に向かった。
黒い海から風が吹く度に、楢の木がザワザワと震えている。
パッと見た感じでは街灯の光が届く範囲には人影は見えなかった。
キョロキョロと辺りを見ながら、防波堤沿いのベンチに腰掛けた。
「はぁ……」
スマホをポケットから出してチェックしたけど返信が来ていなかった。
見上げた空には赤色灯を点滅させた飛行機が飛んでいた。
街灯にはカナブンや蛾が集まっている。
「ふう……」
辺りの気配に気を配りながら美樹は耳を澄ました。
背後の穏やかな波が時を刻んで、時々、国道を走る車の音が聞こえきた。
楢の木が風と共にざわつく度に美樹は不安が募って行った。
何やってんやろ……
どれくらいたったのか、突然スマホが鳴り画面を見る。
真一郎からであった。
美樹はホッとして電話に出た。
「もしもし」
「あ、もしもし今フェリーターミナルに来たんだけど? 美樹いないから」
「ああ、ありがとう、今な潮風公園にいるんやけど……」
「そうなんだ、ちょっと待ってて」
真一郎がそう言うと電話は切れた。
やがて足音が聞こえてきて、5分もしないうちに真一郎は自転車を押しながら防波堤沿いの道から現れた。
「何してんの? こんな所で」
真一郎は不思議そうな顔をして隣に腰掛けた。
「あ、うーん、ありがとう来てくれて……」
「風呂入っててさ、メッセージ気づくの遅くなった」
真一郎は頭を搔いている。
美樹はどう説明するか迷ったが、ポケットからメモを取り出し真一郎に経緯を説明した。
『あの子の秘密を知っています、それについてお話があります。バイト終わりに潮風公園に来てくだい。もしお越しにならない時は秘密は秘密でなくなります』
それを見て真一郎は尋ねてきた。
「あの子って……香の事?」
「たぶん……」
「秘密って何だろう? 美樹は知ってるの?」
美樹は首を振って答えた。
「分からん……誰に相談していいか、それも分からんくて……」
「そうか、でもとりあえず一人で夜にこんなとこに来るのはどうかと思う」
美樹は頷いた。
「でも、何か心当たりがあるから来たんじゃないの?」
「それは……」
美樹は言い掛けて口を噤んで俯いた。
しばらくの沈黙が流れ、真一郎は辺りを見回してから美樹の耳元で小声で囁いた。
「たぶん、じゃないな、僕知ってるんだ……香が巫女の血筋だという事」
「え?」
美樹はビックリして少し身を引いて真一郎を見た。
穏やかな目がこちらを見ている。
「これは、秘密ね」
真一郎は口に人差し指を当てると、また周囲を見回して小声で続けた。
「僕の家はね香を、いや香の血筋、巫女の血筋を守る一族なんだよ、香たちは知らないんだけど、長い間見守ってきたんだって」
美樹は理解しないまま頷いた。
「このメモを書いた人がどんな意図を持って美樹に渡したのかが気になるな……美樹が香と仲が良いってこともあるとは思うけど、秘密を知っている。もしくは感ずいてる可能性はあると思う」
「うん」
「とりあえず、このことは僕の父さんには伝えさせてもらうけどいい?」
「分かった……」
「それと、もう一度言うけど女性が夜に一人でこんな所に出歩くもんじゃないよ。家まで送って行くから帰ろ」
真一郎が立ち上がると、美樹もその後に続いた。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。ありがとう真一郎」
美樹は、悲しくて切なくて嬉しくて、泣きたくなるのを必死に我慢した。
「僕は人の気持ちを察したりするの下手くそだけどさ、美樹や香を見ていると羨ましいと思う事があるよ」
「そうなん?」
「ほら、僕は友達いないでしょ。まあ、別に友達が欲しいって訳でもないんだけど。二人みたいな関係ってなかなか出会えないと思うんだよね。だからその羨ましいなって。香の為にそこまでできる美樹や、逆の立場でも香なら同じことしてたんだろうなってイメージが出来るから」
「そう……かも」
「あんまり気にしない方がいいよ今日の事は……ただ」
「分かってる……夜に一人で出歩きません! 今度から気を付ける……」
「ハハハ、その調子じゃないとね美樹は……ハハハ」
「はーん、どういう意味?」
「そう言えば……」
「まだ何かあるん?」
「美樹、髪切ったんだ」
「は? 今さら……」
美樹が睨むと、真一郎は自転車を押しながら駆け出した。
少しムカついたから小声でお礼を言った。
「何?」
立ち止まった真一郎に美樹は自転車を押しながらゆっくりと近づいて、
「ん? 何でもない」
舌を出して、アッカンべーをした。
◇
舞が風呂に行っている間、啓助は神宝を手に取って様々な角度から見たり、軽く叩いたりしてみる。
触感は金属のように冷たいが素材が何なのか分かるはずも無かった。
模様も何もない無機質な物体の重さは、二つ合わせてもスマホより軽い。
二つを重ねてみたり両手に持って掲げてみた。
何に使うんだろう?
その時、部屋をノックする音がした。
「はい」
返事をすると、手早く神宝をリュックの中にしまって、入り口のルームアイを覗き込んだ。
「?」
誰もいない。
啓助は首を捻りながら解錠してドアを開けた。
廊下を見渡すも人影はなく。
ただ見覚えのある水色のキャリーケースがショルダーバックと共にドアの脇に置いてあった。
「え?」
もう一度、周囲を見ても誰もいない。
キャリーケースに手を掛け部屋に持ちこもうとした時。
「お兄ちゃん……それどうしたの」
風呂から戻って来た舞が目を丸くしながら駆け寄ってきた。
舞に事情を説明すると、驚きつつも瞳を動かし何か考えているようだった。
「戻ってくる時、誰かと会わなかった?」
「ん? ううん、会ってないな」
舞は首を振った。
「とりあえず、中にいれよう、中身を確認してみよう」
キャリーケースの中身は舞の物に間違いはなかった。
無くなっている物もないようで、ショルダーバックの中に財布やスマホも入っていた。
「不思議だし不気味な感じもするけど……戻って来て良かったな」
「うん……」
「とりあえず、誰だか知らんけど、ありがとうってことかな」
啓助は、なるべく前向きになるように言葉を発した。
善意だと思いたいが、ここに舞がいるのを持ってきた人物は知っているということだ。
舞の様子を察するに、心当たりがあるのかもしれない。
「そしたら、風呂行ってくる」
兄はそう言うと部屋を出て行った。
相変わらず私には優しいし甘いんだ。
聞きたいことあるだろうに、十中八九これを届けたのは京一郎であろう。
なぜ今なのか?
それは昨日、川勝家へ連絡したからで都合はつく。
兄にちゃんと話そう。
舞は荷物を片付けながらそう思った。
スマホは充電が切れている。
ただ、縄文洞窟で気を失ってからの記憶はどうしても思い出せない。
京一郎に聞けば何か思い出せるかもしれない。
あの日、持っていったショルダーバックを手に取り中を見ると、財布とタオルやハンカチが入っていた。
兄がプレゼントしてくれたブランド物の財布を手にして中身を見た。
金額までは正確に覚えていないので何とも言えないが、無くなっている物はない。
「ん?」
札入れに紙片が入っていた。
取り出してみる。
『川勝京一郎 080-☓☓☓☓-☓☓☓☓』
「…」
まずは、兄に話さないと。
紙片を財布に戻して片づけを再開した。
◇
啓助が風呂から戻ってくると、舞がソファに座る様に促した。
「話がある」
そして、舞は話し始めた。
東京へ帰る予定だったあの日にあった出来事を。
舞は申し訳なさそうに話していたが、仕方のない事だろうとも思いながら話を聞いていた。
意外だったのは川勝龍一郎に会っていた事だった。
啓助自身は会えなかったから、舞も会えてないと勝手に思い込んでいた。
そこで出会った京一郎と云わば意気があったということか。
啓助が川勝家へ電話を掛けた時の印象は悪い物ではなかった。
達磨が祭の時に見た舞と一緒にいた男性というのも京一郎のことだろう。
ただ、川勝家を訪れた際、京一郎は避けたのか会う事を拒んでいたのも事実だ。
その京一郎と縄文洞窟に行き、その空間の異様さによって意識を失い、気が付いた時は結界の中だったという。
そして、縄文洞窟から結界で気が付く間の記憶がないと話した。
つまり、月曜日の縄文洞窟を訪れてから、☆Ayaka☆の目撃証言があった木曜日までの間の記憶を失っているという事か。
その間何をしていたのかは、舞本人が一番気にしているだろう。
啓助はそれについて問いただすことはしないと決めた。
「なるほどね……そのような場所にまた行っても平気なのか?」
「うん……怖いけど、香さんの使命に関わるのは間違いないし、何か思い出すかもしれない」
「オーケー、それと、京一郎君に連絡してみたらどう?」
「え? あ、うん……」
「何か思い出せるか……記憶にない期間の出来事を知っているかもしれないだろ?」
「分かった。ありがとう、お兄ちゃん」
すると舞は子供の頃のように抱き着いてきた。
「ハハハ、どうしたんだよ」
啓助は舞の頭を優しく撫でた。
小さい頃、よくこうして頭をなでた。
頑張ってくれた舞をねぎらって。
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