過日の遺産 7月21日金曜日 8日目
7月21日金曜日 8日目
「これから行く縄文遺跡の洞窟までは、山道って言っても道なき道だから、それから行きは下りで帰りは登るからね、こまめな水分補給を忘れないように、それと、疲れたら寝てもいいからね」
舞は引率の先生のように香と美樹に説明すると車をスタートさせた。
今日は舞の運転で寒霞渓の縄文洞窟に向かう。
昨日より雲が多いが、今日も朝から温度が上がっているようで、照り付ける陽射しは容赦なく、アスファルトには逃げ水が車の先を走っている。
スマホで天気予報を見ると、まだ8時前だというのに28度を超えていて高温注意報が出ている。
国道へ出ると後続車の2台後ろに、やはり一台のステーションワゴンが着いてきていた。
運転しているのは男性で助手席には女性が座っているのが確認できた。
舞は後部座席の二人に話しかけている。
「二人ともホクロがあるんだね、香ちゃんは左の眼の下に、美樹ちゃんは右の口の下に。私もね小さいけど右目の下にホクロがあるんだ」
「舞さん、よく見てるんや」
「ハハ、それはね……」
昨日、寝顔を写真に撮ってる時に気が付いた話をしている。
「舞さん」
香は腕組みをし口を膨らませているが笑っていて、
「恥ずかしいやん……」
美樹は両手を腿に挟んで口を尖らせている。
それから女性達のおしゃべりが始まった。
耳に馴染んだ囀りを聞きながら、サイドミラーを眺めていると、
「あっ、そうや、お兄さんに聞きたいことがあるん」
美樹がシートの間にひょっこり顔を出して聞いてきた。
「何かな?」
「お兄さんって誰から勾玉を貰ったん? その人がもう一人の巫女さんちゃうかなぁって思ったんたけど?」
「ああ、あれはね……」
啓助は不思議な双子のような少女達との出会いと、その片割れから、ある子に渡してと勾玉を貰った話をした。
「あっ、それって……私の夢の中に出て来た神様達……」
香は手で口を押えながら、目を見張っている。
「え? じゃあ、神様がお兄さんに香に渡せって……そしたら振り出しなんや……」
美樹はシートに寄りかかり肩を落としている。
正直、香と美樹の推察はいいところを付いていたと思う。
実際、名前を聞いていればその時点で巫女探しが終わっていたはず。
ただ少女はある子だったか、あの子だったか、そうしか答えなかった。
もう一人の巫女に関しては、啓助と舞も同じように推察を重ねているが今は棚上げになっている。
ん?
何である子なんだ?
啓助の頭に沸いた疑問。
でも、あの時に、ある子って言われたら香さんしかいないと完結した。
寒霞渓への県道に入ると、ステーションワゴンは車間距離を開け着いてきた。
行先は分かっているということか。
山岳霊場の駐車場に車を止めて、舞を先頭に今来た道を戻る。
尾行してきた車とすれ違う瞬間、啓助は臆することなく車を見た。
運転しているのは若い男性で助手席には若い女性。
二人ともサングラスをしていて人相までは分からなかった。
ただ、女性の方はこちらに微笑んで会釈しているようにも見えた。
しばらく歩いて舞は立ち止まると、スマホを見て場所を確認しているようだった。
じっとしているだけでも汗が湧いてくる。
「この辺かな」
舞はガードレールの向こうの山肌を覗いている。
「たぶん合ってる。じゃあみんな行くよ」
声を掛けると、舞はガードレールを跨いで、山肌を木を伝いつつ降りて行く。
香、美樹、啓助の順で後に続いた。
「少しぬかるんでるから気をつけて」
香と美樹は慣れない手つきで木を頼りに進んでいる。
それは啓助も同じで一歩一歩、気が抜けない。
ただ驚いたのは、三人の女性はクモの巣や虫に臆する所が無い様で、啓助が一人それに会うたびにオロオロしている。
そして斜面を降りきった平らな場所で休憩を取ることになった。
舞はペットボトルを片手に説明を始めた。
「これから行く洞窟は、何ていうのかな空気が悪いというか、気分が悪くなったりすると思うから、具合悪いなって思ったら教えてね」
「そうなんだ、舞さんは来たことあるの?」
香は飲んでいたペットボトルから口を話すと舞に尋ねた。
「え? ハハハ……そうだよね」
舞は逡巡していたようだが、ある人と此処へきて来てその中で意識を失って、結界の中で気が付くまでの間の記憶がないことを二人に説明した。
「そうやったんや……舞さんごめんなさい」
「香ちゃん、謝らなくていいんだよ、何も悪いことないでしょ? 私がちゃんと話していれば良かったことなんだからね」
「記憶は戻らんの?」
「うん、全く。美樹ちゃんもそんな顔しないで。ね、それは今はいいから、みんな行くよ」
舞は立ち上がり、リュックを背負う。
「香ちゃん、美樹ちゃん、今日も神宝ゲットするよ」
親指を立て微笑んだ。
二人は微笑みで応じると舞に向かって親指を立てている。
「俺もゲットする」
二人の背後で啓助が親指を立てると、何故か三人はこっちを見てケラケラと声を出して笑った。
舞を先頭に腰ほどの高さの藪を掻き分けて進む。
木々が鬱蒼と茂り、日陰にはなっているものの蒸していて汗がじわじわ吹き出してくる。
やがて藪が無くなり、開けた場所に出ると、目的地の洞窟が盛り上がった丘のような場所の真ん中辺りに口を広げていた。
その前には石造りの小さな鳥居がある。
「なんやこれ?」
美樹は声と共に鳥居に近寄り触っていて、
「こんなんがあるん」
香は美樹の後を追いながらキョロキョロと見渡している。
啓助は洞窟がある丘の上を覆う木々の頭の上に、西龍寺の行場のような岩が顔を出しているのを見た。
なるほどね、あれが目印って事か。
「さっきも言ったけど、気分が悪くなったら教えてね」
舞は懐中電灯を点けて、鳥居の下に敷かれた石畳に導かれる様に洞窟の中へと進む。
啓助は最後尾を歩く。
洞窟の入口は大人が数人並べる程の大きさ。
高さも手を伸ばしたら手がつく位であった。
一度振り返り、人の気配がないか確認しみんなの後を追う。
舞の言う通り、確かに洞窟に足を踏み入れた時から頭を締め付けるような感覚がある。
奥に進むに連れ、空間は広くなり肌寒いと感じるほどに涼しい。
洞窟は緩やかに下っているようで天井は進むにつれて明らかに高くなっていった。
やがて地面がゴツゴツした自然の岩場から平らな石畳に変わったようだ。
「ここだよ、みんな大丈夫?」
「……耳がキーンってなってる、これって……神社なん」
美樹は片方の耳を押さえながら、ライトで傍にある石像を照らしている。
その台座には苔が生えて長い年月を感じさせるような造りだった。
「これってお地蔵さんかな?」
本殿の両脇に配置されているから狛犬のように思える。
ただ、原型を留めていないので、何んとも言い難いが、その可能性は否定できない。
「そうだね、元の形が分からないから何とも言えないけど、銚子渓の洞窟にも石像があったから、そうかもしれないね」
啓助は答えながら、ライトで空間の奥を照らした。
そこには穴にはめ込まれたような小さな社殿らしき建物があった。
「すごい」
香は胸元に片手を当てて社殿を真っ直ぐ見つめている。
啓助は来た道を振り返りつつ、空間の真ん中辺りの土埃で汚れている石畳にLEDの簡易ライトを置いた。
ポケットのフラッシュライトはいつでも使えるように手に握っておく。
辺りが明るくなり、地面に敷き詰められた石には、よく見ると紋様が刻まれていた。
社殿は穴にはめ込まれてるというより、壁に組み込まれた石組みの門になっていて、やはりそこにも紋様が入っている。
扉はなく三段の石段を上がった先に入口が黒い口を広げていた。
しかし頭が重い。
そのせいか、みんな口数が少ない。
「お兄ちゃんはここにいてね」
「オーケー」
舞は、香と美樹を連れて本殿の中に入って行った。
舞の後ろを歩いていた香は握っていた勾玉が温かくなるのを感じて、服の中からペンダントを抜き出すと勾玉が淡く光っている。
不思議と頭の重さがなくなり、この空間の空気も変わったように思えた。
「光っとる……」
「ほんまや」
美樹は香の腕を掴み覗き込んできた。
その声に舞は振り返ると、光る勾玉を見つめている。
「すごいね……」
「あっ、なんか耳鳴りなおったわ」
美樹は耳に手を交互に当てて喋っている。
「うん、確かに重苦しい感じが無くなった……勾玉の力かしら? あっ!」
舞は思い出したようにバッグからLEDライトを取り出して床に置いた。
本殿と思しき空間が明かりに照らされる。
香はぐるっと見渡すと石室のようで床や壁にも紋様が彫られている。
天井は高いが広さは10畳位の大きさだった。
「あれがご神体の鏡よ」
立ち上がった舞がライトで照らす先には、石の台座の上に光を反射している丸い鏡があった。
「これ新品みたいにピカピカやんな」
美樹が台座に駆け寄り鏡を覗き込んでいる。
「ごめんね美樹ちゃん、鏡から離れてくれる?」
舞の声に美樹は首を傾げながら香の傍に歩み寄った。
舞はライトを鏡に当てながら反射光を見上げて何か探している。
「あそこね」
舞が指さした天井を見上げると、同じような丸い鏡があった。
「美樹ちゃん、床に鏡ないかな」
「床?」
美樹は舞の声に従い探し始めると、天井の鏡のほぼ真下と思われる場所に鏡があったようだ。
「あるよここ」
美樹は床の鏡の傍に立ち手を上げている。
舞と美樹は天井と床にそれぞれライトの光を当てると、一瞬社殿の中は眩い光りに包まれた。
「きゃっ」
「うわ」
香と美樹の叫び声に反応した啓助の声がする。
「大丈夫? 今なんか光ったみたいだけど」
「二人とも大丈夫?」
香は頷き、美樹も小さく頷く。
啓助は気になるのか入り口の石段に座って見張りをするようだ。
もう一度、舞に促された美樹はライトを床の鏡に当て、舞は天井の鏡にライトを当てている。
すると、それぞれの反射光が天井と床に何かの紋様を映しだした。
「なんやねんこれ……」
「美樹ちゃん、天井の写真撮ってくれる? 私は床のを撮るから」
「分かった」
香はご神体と思われる鏡に近寄った。
直径20センチ程のその表面に薄く埃が積もっていて、台座はそれよりも汚れている。
「舞さん写真撮れたよ」
「ありがとう美樹ちゃん」
後ろから聞こえる二人の声を聞きながら。
香は手で鏡の表面の埃を払うと覗き込んだ。
昔の物なに今の物と変わらないように顔を映し出している。
その瞬間、鏡はぼんやりと光だし表面に文字が浮かび上がってきた。
それは、パソコンで入力されているように流れ、見知らぬ文字が表面に並んでいる。
「舞さん、美樹こっちに来て」
美樹と舞が傍に来ると、
「なんやの、まるでタブレットの画面やん」
「神代文字かしら……」
舞はスマホで写真を撮っていた。
文字は入力を終えると、数秒表示されたのちパッと消えた。
すると再び文字が浮かび上がる。
今度は読み取れる現代の文字だ。
『神宝を手にし末裔よ、光と影、陰と陽、山と海、正しき道を巡り合わせ、交わりし再会の時を求めよ』
香は鏡を取ろうとしても何かで固定されているのか動かない。
文字が消えると今度は台座が光り、手前の一センチ程の部分が沈み込んだ。
「うそやん……」
「すごいね……」
「ん?」
香はしゃがんで台座を見ると、小さな円の窪みを中心に放射状に5本の線がある溝があった。
これって昨日のと同じや……
「美樹、舞さんこれを見て」
「これって滝の洞窟と同じやつじゃない」
舞は香の後から覗き込み、リュックから滝の洞窟で手に入れた棒を取り出している。
「こっちにも同じのあるよ」
香の隣にしゃがんでいた美樹がその場所を指差した。
「なるほどね。あの洞窟の鍵が勾玉でここの鍵はこの棒って事ね」
香は舞から先が細い方の棒を目の前の溝に差し込んでみる。
何の抵抗もなくピタリと収まった。
「入ったよ」
美樹がもう一つの先が広がっている棒を差し込むと、
「あれ? つっかえて入らん……」
抵抗があるのか棒の先端部分だけしか溝に入っていない。
「二人とも、棒を取り替えて差してみて」
舞の指示に従い、香は差した棒を引き抜き、美樹と交換して溝に棒を差し込む。
「あれ、入ったよ」
「今度は入った!」
差し込んだ柄の部分が突然光を放つ。
「キャッ」
三人が悲鳴に近い声を上げた。
「どうした?」
入口に居た啓助が声を掛ける。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「そうなの?」
そのやり取りを聞きながら、香は立ち上がり鏡を取ろうとする。
「あれ?」
先程までの鏡ではなく直径10センチ程の中心に穴が開いている鏡がそこにはあった。
「あれ? 小さくなった」
隣で美樹は首を傾げている。
香はそれを両手で触り持ち上げた。
すると今度は抵抗なく取ることが出来て、しかもそれは二枚重なっていて、一枚の厚さは1センチ程の薄さでだった。
「順調、順調」
笑いながら美樹が香の肩を軽く叩いた。
「うん、これであと一つ」
香は、その笑顔を見てホッとして肩の力が抜けて笑みがこぼれる。
舞に鏡を手渡すとタオルにくるんで、棒と一緒にリュックに仕舞っていた。
「なんかゲームや映画の世界みたい……」
「そうやな……昨日も不思議やったけど、今日も不思議で夢なんちゃう? て、思うてしまうわ」
「ほんとだね、何かワクワクしてきちゃう」
「舞さんは歴史が好きなんね」
「うん、こんな体験は初めてだけど……歴史は好き。まぁ、きっかけはお婆ちゃんなんだけどね」
「へぇ~」
「その様子だと上手くいったみたいだね」
啓助が声を掛けてきた。
「お兄さん、ばっちりや」
美樹は片手でオーケーマークを突き出して笑っている。
片づけをして啓助を先頭に不思議な洞窟の神社を後にした。
全員汗だくで駐車場まで戻ってくると、しばらく車内で涼んだ。啓助も煙草より清涼を選び送風口に顔を近づけ冷気を浴びた。
「さすがに登りは大変だね」
舞はシートに凭れスポーツドリンクを飲んでいる。
「洞窟の中は涼しかったんやけど、外に出た途端、もわーんって暑うなって…」
美樹はタオルをうちわ代わりに扇いでいて。
「運動不足やんな……足がパンパン」
香はふくらはぎを擦っている。
「うちも、パンパンや」
確かに暑さもあって疲労感がある。
これで皇踏山に行くのは辛そうだ。
けれど、タイムリミットもある。
「まだ、11時前だけどお昼食べる?」
啓助の提案に異論はなく、車をスタートさせる。
遠くの空に背の高い入道雲が沸き上がっているのが見えた。
お読み頂きありがとうございます。
感想など、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたらスキをポチッと押して頂けると、
とてもうれしく、喜び、励みになり幸いです。




