会話
ホテルの部屋に入ると啓助のスマホが鳴った。
手に取ってみると着信は眼鏡からだった。
「こんばんは」
「こんばんは、啓助さん面白いことに気付いたんですけどね」
低音のイケボが少し興奮しているようだ。
「面白いこと?」
「はい、一昨日話をした時、舞さんが紙片の地図を見て言われた数字の事でね」
「ああ……」
啓助は返事をしながら着替えをしている舞を見た。
舞は上着を脱いでいたが、視線に気が付いてこちらを見ると小首を傾げている。
そんな舞に向かってスマホを指差してスピーカーモードにする。
「もしもし?」
イケボが部屋に響いた。
「ああ、ごめんなさい、面白い事って何ですか?」
「あの数字の3にはやはり、舞さんが言うようにあの3ヶ所に意味があったんですよ」
舞は眼鏡の言葉に吸い寄せられるかのように傍に来た。
「畑さんこんばんは舞です」
「あ、舞さん、こんばんは」
「それで?」
啓助は話の続きが気になり急かす様に促した。
それは舞も同じ筈だ。
「まあ、仮定の話なんですが……以前、大岩の所に昔に何かあったのかもという話をしたの覚えてますか?」
「はい、もちろん覚えていますよ」
「そこに仮にですけど神社があったとして、3という数字は、三つの線を意味しているのではと思ったんですわ。一つ目は、そこから富丘八幡神社を通り皇踏山、伊喜末八幡に繋がります。二つ目はオホノデヒメの社、西龍寺を通り麻霧山。三つ目は瀬田神社を通り星ヶ城山と繋がるんですよ。これって何かありそうですよね」
「なるほど」
啓助は頭に地図を浮かべながらも、ノートパソコンの電源を入れて夕凪島の地図を表示した。
「畑さん凄い」
「アハハ、いやいや舞さんのアドバイスがあったからですよ」
「それで今日ね、伊喜末八幡神社に行ってみたんです。ご存知やと思いますが、あそこも古墳がありますし、近くから縄文や弥生の土器などが出土してますから。ただ、伊喜末周辺にはそれらしいものは見つかりませんでした」
「ついでに皇踏山にも行ってきました。昔はよく行っていたんでね皇踏山城という城跡がありまして。その南の曲輪跡と呼ばれる一帯の東側の斜面に横穴があったのを思い出しましてね」
「ほう」
「昔に行った事がある場所だったのですがね、念のために行って見たところ、ハンカチが落ちてました」
「ハンカチって岬の洞窟に落ちてたのと関係が?」
「あるかないかは分からないんですが、同じ真っ白なハンカチでした」
「畑さん、その横穴って奥はどうなっているんですか?」
舞が質問する。
「奥は行き止まりですな、奥行き10メートル位の横穴で木々に覆われて入り口は分かりづらいですが、下からも、宝樹院から登ってこれると思います」
「今日1日、調べ回られたのですか」
「ええ、島に住む者として、先人が何のために何をしたのか? 知ってみたくてね。ついでと言ってはお寺に悪いんだけど、宝樹院にも行ってみたんです」「丁度住職が居たんで話を聞いてみたんです。ダメもとで、山の横穴って何ですか?」
「それで?」
「昔、地蔵が祀ってあったそうです。その地蔵は今は本堂にあるそうで、宝樹院のご本尊が地蔵菩薩なんです。元々のご本尊様かという話も当時はあったらしいですがね……」
眼鏡は言い掛けて沈黙した。
その沈黙は啓助の頭に浮かんだ発想を肯定する事のように思えた。
「もしかして、そのお地蔵さんて……」
「そうなんですよ。似ているんですよ。あの道にあった地蔵達に。それで住職にその道にある地蔵について聞いてみたんですが、逆に驚いているようでした」
「そうですか。ちなみにいつの事ですが? お地蔵さんが宝樹院に移されたのは?」
「昭和47年って言うてましたから……1972年ですかね」
「50年以上前か……」
「ええ、実際に移されたのは先代の住職の時だったようです。とりとめのない話ですみません」
恐縮する眼鏡に舞が言葉を投げかけた。
「いいえ、畑さん凄いですよ。勉強になりました。ありがとうございます」
「いやいや、お礼なんて面目ない。あなた方のお陰で、歴史の本当の面白さに気付かせて貰いましたから」
「そうですか?」
「舞さんの自由な物の見方、着想、決めつけてはダメなんですよね。視点が変わると見える景色が変わりますでしょ」
「はい」
「まあ、全てが分かるか、分からないままなのか、神のみぞ知るってやつですなぁ」
電話越しにイケボが笑っている。
「そしたら、ああそうだ舞さん、また機会があったら訪ねて来てくださいね。大したもんありませんが書斎の本。好きに見てもらって構いませんから」
電話が終わると啓助と舞は、その場に座り込んだ。
啓助は熱心に夕凪島の歴史を探求する眼鏡に話せない秘密がある事に後ろめたさを感じていた。
「何か、申し訳ないな」
「うん。でも畑さんのお陰で、私の違和感溶けたし、私も勉強になった。やっぱり人と話すって大事だね」
舞は上半身下着姿のままで話している。
「ていうか舞、風邪引くぞ」
「あっ、もう、お兄ちゃん照れてる?」
「舞の下着姿、何年見てると思ってる?」
「あっ、それ傷つくよ」
「え?」
口を開けて少し間の抜けた顔でこっちを見ている兄に、舞はイーッとした顔を見せて、ホテルの部屋着に着替え始めた。
兄は、
「ごめん」
と謝るとバツが悪そうにソファに腰掛けて煙草を吸っている。
舞がノートとボールペンを手に兄の向かいに腰掛けて、ノートに西龍寺の境内の見取り図を書き始めた。
兄はテーブルの上のカメラを手に取り写真を見返しているようだった。
「でも西龍寺の境内の配置だと……一番奥に楠、池と滝、本堂の中の洞窟、母屋、池とその上に護摩堂、行場の岩場、祠……何かあったかな……楠の奥には遍路道が続いていたでしょ。物置があって、麻霧山の登山道があって……」
「舞、この赤い社は関係ないのか?」
兄はカメラのスクリーンを見せてきた。
そこには西龍寺の小さな滝の脇の岩肌にある赤い社が映っている。
「これは、元々このお社にお参りをしていたらしいんだ。お寺になる前、麻霧山が信仰の対象だったっていう一つの証みたいで、今はもうないんだけど磐座があったらしくて、その欠片がお祀りされているみたいよ」
「ふーん、西龍寺にも磐座があったんだ。あのさ境内に施された地図もざっくりとしていると思うんだよね、目印というか何というか、おおよその場所を示してる訳でしょ。そうしたら楠が宝樹院のシンパクを現していたとしてもいいんじゃないかな……でもあれか……」
兄の話を頭の端で捉えながら、京一郎の言っていた事を思い出した。
一年前、この場所には何もなった。
見えなかった。
まだ見えない何かがあるんだ。
ということは畑さんが言っていた、皇踏山の洞窟は行ってみる価値はあるのかも。
兄の言うように西龍寺の境内の地図も楠=シンパクとすれば宝樹院を示しているとすれば説明はつく。
「お兄ちゃん、皇踏山の洞窟行ってみよう。楠をシンパクと見立てたら、可能性はゼロではないから」
「でも、そこに何かあるとしてもだぞ、ご住職は三ヶ所以外、何も言ってなかったよな」
「そうか、お兄ちゃんスマホ貸して」
舞もそこが唯一ボトルネックになっていた。
龍応に連絡をすると、すぐに通じて通話をスピーカーモードにして話した。
「こんばんは、早川ですけど」
「こんばんは舞さん、どうされました?」
「私達が調査している結界の事なんですけど、銚子の滝、縄文洞窟、大岩の三ヶ所以外にあったりしますか?」
「いや、私の知る限りない筈です、口伝から漏れた可能性は否めませんが……神宝に関する物で言えば……」
「という事は他にも結界はあるという事ですか?」
「はい……私自身が把握している物は大きく三つあります」
他言無用を願います。
と念を押して話し始めた龍応の説明は分かり易かった。
一つ目は、島自体の結界。
島自体の自然を育む結界=あるようでないもので、口伝では縄文時代にはすでにあって地球の、簡単に言うと気のエネルギーを循環させるものらしく。
磐座や、山、川、滝、海、自然のエネルギーの循環。
ただ当然のように環境を壊すと無くなりはしないが自然と弱まる。
その気の集約する場所が麻霧山で詳細は言えないが島だけのエネルギーではないとの事だった。
二つ目は、神宝の結界。
神が後の世のために残した結界=縄文から続く叡智を持った人々が後の世のために一族の長に遣わした神宝を封じた場所だという。
ただその神宝をどのように使用するかは口伝にも残っていないとの事だった。実際調べているのがこれに当たる。
三つ目は、空海が張った結界。
昔の八十八ヵ所を整備し参拝する人々の願いのエネルギーと一つ目の結界を組み込んで自然のエネルギーの二つを糧に作られたもの。
それを目暗ましに、二つ目の結界の補助的なものとしての要素を併せ持ち、祖神の残魂を楽園に封じたというもの。
その所以は祖神の双子の片割れがとある人物に禁を破って神の叡智を教えてしまい、その人物は神の叡智の一端を手にしたという。
その罰として片割れは輪廻のシステムから排除され魂が残魂として彷徨っていた。
その残魂と出会った空海は彼の者たちが暮らせる楽園を作った。
そして空海は返礼として古の叡智を授かったという。
「すごいな」
「私が迷い込んだあの世界は、お大師様が張った結界の中だったんですね……」
「そういう事になりますね。二つ目の結界が今回の探している場所になるのですが……神宝は六連神宝と記載があります。ですので各場所に二つずつ神宝があると思われます」
「なるほど……でも勾玉に関しては代々、香さんの家に伝わっている白い勾玉一つしかありませんよね?」
「え? そんなはずはないのだが……二つ。つまり白と朱が一つずつ伝わっている筈です」
「それがですね……」
兄が不思議な少女から貰った事。
そしてあの子に渡してと言われて香に渡したことを伝えた。
「うーん……どういう事でしょう? 口伝では代々松薙家に伝わってる筈なんですが……」
「ご住職、皇踏山に神宝に関する場所があるという可能性はありませんか?」
「皇踏山ですか? 確かに皇踏山や星ヶ城山は祭祀を行っていた記述はあります。島の結界の一端を担ってはいますが、神宝に関する場所の記載は……いかんせん欠損している古伝もありますので……」
舞は眼鏡が話していた、仮説を伝えた。
「なるほど。意図はありそうですね。確かに、地蔵を洞窟から移転させたのは知っていますが……」
「私達、明日調べに行って見ます」
「早速ですか、ありがとうございます。それから、滝の洞窟は無事に解けたようですね」
「ご存知だったんですね」
「ええ、ボディーガードを付けてますからね」
「あぁ、そうか」
「私の方も何かないか調べてみます」
「ありがとうございます」
兄が電話を切ると、舞は腕を組んで考え込んだ。
「ちょっと気分を変えよう、その違和感って何なの? 明日行けば分かるってやつ」
「えーと、それはね今のご住職との会話で解決しちゃった。勾玉も白と朱で一つと数えてもう一組あるのかもって思っていたんだけど。白と朱、それぞれで一つって言う事だから違和感はなくなったんだ」
「そういうことか」
兄は煙草を手に取った。
煙草の煙が室内を漂っていく。
まだ霧の中の頭にあるものを舞は口に出した。
「香さんの白い勾玉は代々伝わってきた物でしょ、朱い勾玉はお兄ちゃんが女の子から貰った。きっと結界の中にあったものよね」
舞は独り言のように言って続けた。
「でもご住職の認識だと、香ちゃんの家に白と朱の勾玉が代々伝わっていたはず。それがどうして結界の中にあったのだろう? それをどうしてお兄ちゃんを仲介に、あの子に渡してって頼んだのかしら?」
もし渡すとしたら、もう一人の巫女に渡せば良い筈。
なぜ兄だったのか?
あの子達の願いを聞いてくれたから?
兄の事を信じれると思ったのだろうか?
当然のように白い着物の女の子は勾玉を持っていなかった。
ということになる。
あの子達は結界の中から出られないと言っていた。
しかし兄は現実世界でも会っている。
そうか……大岩にお地蔵様を戻してからあの子達に会っていない。
という事は私がいた結界の空間が落ち着いたのは、香さんと話したからではなくて正しい場所にあるべき物を戻したからではないのか?
それまでは結界の中も歪んでいたということ。
故に現実世界で兄と出会った。
迷い込んだ私の兄だと分かっていたから姿を見せたのか……
でも何で少女の姿なのだろう?
「あのさ、婆ちゃんが書いた『考察オホノデヒメ』の中に、ある時期に天皇家に双子の姉が嫁いでいる記述があるじゃん? そっちの系統がもう一人の巫女じゃないの?」
「そうか……そう言う可能性もあるのか……」
でも、そうしたら尚更、朱い勾玉を兄に渡した意図が分からない。
その線は違う様な気がする。
そっか、そもそも香ちゃんの家に一つしか伝わってない時点で何かあったって事なのか。
兄のスマホが鳴った。
「ご住職だ、出るよ」
兄はスピーカーモードで話し出した。
「もしもし」
「あぁ、先程はどうも、香さんのお母様に確認したんですが、受け継いだ勾玉は白の一つだけということでした。お母さん、幸さんのお母さんの遺品にも勾玉はなかったそうです。なので、香さんから見てお婆様に当たる代以前で松薙家にはなかったという事になりますね……」
龍応は引き続き調べると言って電話切った。
「勾玉の件はひとまず脇に置いて、皇踏山ともう一人の巫女に焦点を当てて考えてみようよ」
兄の言う事は尤もだと思った。
明日の縄文遺跡も今日のようにスムーズにいけばいいな……
「そうだね、そうしよう」
舞は立ち上がると窓を開けた。
部屋に充満した煙は窓に吸われて消えていった。
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