偽装
「え・・・?何を言ってんだよ、クラウド」
サンダーはポカンとしている。
クラウドの左手は、サンダーの腹に添えられている。『行くなよ』という意思表示なのだ。
「・・・いいかいサンダー、よく思い出すんだ。アカツキは『職務外』だと言ったんだ。『個人の時間』だって。それが何で、此処で『仕事』をしているんだい?」
「え・・・いや、それはその・・・確かにアカツキはそう言ってたけど・・・」
当惑するサンダーを見て、レインボゥはオロオロとした様子だ。
「ご・・ごめんね?あの・・・アカツキが何て言ったか知らないけど、私は一旦、作業を終了させてから此処に来たの。だから、アカツキが『職務外』って判断したんだと思うわ」
「ほら、聞いたか?クラウド。お前の思い過ごし・・・」
「違う!」
クラウドが断定的な口調でサンダーの話を遮った。
「・・・レインボゥ、教えてくれ。君は此処で何をしていたんだい?」
クラウドは険しい表情を見せている。
「何って・・・。アナタも知っていると思うけど、職務上の機密は責任者からしか話が出来ないわ。残念だけど・・・」
だが、クラウドは納得したようではなかった。
「確かに、『此処』が通信班のエリアなら確かに『そう』だろうけどね。でも、此処は天文観測班の設備エリアだ。レインボゥの職務範囲じゃないよね?」
「クラウド・・・お前は何を言いたいんだ?」
サンダーが眉をひそめる。
「僕はね、シバさんから教えてもらったんだ。『常に最悪を想定しろ』って。この場合、『最悪の事態』って言うのはアカツキが『彼女の行動を把握出来ていない』って可能性なんだ・・・」
ワケが分からない、という表情をサンダーがする。
「ど・・・どういう事よ?だって、オレらの所在位置とかは『ヘッドセット』で常にアカツキに把握されてるハズだろ?」
クラウドは、先程から意識的に瞬きを止めていた。一瞬たりとも気を抜けないと考えていたのだ。
「良く考えてご覧、サンダー。僕達のヘッドセットは『量子通信』のハズだろ?そして、量子通信のモジュールは『通信班』の管轄下にあるんだ。パイロットライセンス試験の時に覚えたけど、量子通信はアカツキの支配下にはない。つまり、言い換えれば『そこ』を誤魔化されたら、如何にアカツキでも無力なんだよ」
僅かに、レインボゥの顔色が曇った気がする。少なくとも、さっきのように取り乱すような仕草は消えていた。
「あ・・・そりゃま、レインボゥちゃんは通信班?だから量子通信には関われるだろうけど・・・」
レインボゥの変化に、サンダーも何かしらを感じているようである。
「・・・彼女が僕に見つかったのは多分、偶然だと思う。けど、問題はその後だ。レインボゥが『そこの間』から出てきたのは『偶然』なんかじゃぁない。『見つかった』と悟って、意図的に『その位置』を選んで出てきたんだよ・・・」
もしも『殺気』というものが眼に見えるのであれば、それが辺りの空間を支配し始めているのが視認できるだろう。ヒリヒリとした空気が流れていた。
「位置?位置が何か関係あんのか?」
サンダーもレインボゥの変化に、やや警戒しているようだ。
「ある。それ以上近い位置で出てくれば『僕の間合い』だし、今以上に離れれば『自分の間合い』から外れるんだ。不用意に接触することを避けるために、レインボゥはあえて自ら『そこ』を選んで出てきたんだよ」
「・・・・。」
今はもう、ハッキリと分かるくらいにレインボゥの顔に変化が出ている。ある意味、感情が無いというか。氷のように冷たい表情だった。クラウドに気づかれた時点で、彼女の『任務』に大きな支障が出るのだろう。もはや、『謀』があるのを隠す気も無いようだった。
「へっ・・・!なるほど。・・・何かしら『ある』んだな?何かしんねーけどさ。でもよ・・・あんな『か細い身体』で何が出来るってんだ?」
そう言って、サンダーが自慢の胸をボンと叩いた。
「オレに任せとけって・・・一瞬で制圧してやるぜっ!」
「おいっ!やめろっ!お前の手に負える相手じゃ・・」
クラウドの制止も聞かず、サンダーがレインボゥ目掛けて飛び込む。
そして、二人の身体が重なったかに見えた瞬間、サンダーの巨体が床に崩れ落ちた。
「ゔ・・・・」
小さく呻きながら、サンダーが悶ている。腹を蹴られて息が出来ないたようだ。
「・・・だから言ったのに・・・」
レインボゥは、苦しそうに震えるサンダーを見下ろしている。
「・・・正直な話、そんな小さな『ウソ』で、そこまで警戒されるとは思わなかったわ。あなた、病気じゃないの?何があったかしらないけど、被害妄想が過ぎるわよ?」
声のトーンが明らかに低くなっている。口も悪い。『本気』なのだろう。
「いや、怪しいと思ったのは今だけじゃないよ?タネを明かせば『最初から』君は怪しいと思ってた。今の時代、ヘッドセットがあれば会話は自動で翻訳されるから外国語を真剣に学ぶ必要はない。
・・・けど、君はその髪や肌の色を見る限り『東欧系』なんだろ?けど、それにしては君の英語は『完璧』だった。・・・失礼だが、とても非英語圏の人間が使う発音じゃない」
「そう・・・じゃぁ、アタシは何者だと?」
ゴクリ、とクラウドがツバを飲み込む。
以前から考えていた事だ。『もしかしたら』と。
火星で色んな物を見聞きしているうちに、クラウドには『それ』が確かなものに思えて仕方無かった。
「『君』は・・・人間じゃない。完璧に作られた、ヒューマノイドなんだ!」
「あっはははは!」
レインボゥが高らかに笑う。
「やっぱりアンタ、頭おかしいわよ?『そんなもの』が出来るとでも思ってるの?」
「・・・ああ、思っているよ」
フェニックスに入って以来の、あらゆる『ピース』が頭の中でジグソーパズルのように組み上がって行くのを、クラウドは実感していた。