疑惑
クラウドの防災対応班は、有事対応科という部門に属している。有事対応科は防災対応班の他に医療班とセキュリティ班の3つによって構成されていた。
これらの任務範囲は地上のみならず、火星軌道上に浮かぶサテライトもその範囲だ。そのため、有事に備えて数人のクルーが交代でサテライトに入る事になっている。
クラウドはこの日、その『順番』でサテライトに来ていたのだ。
有事以外において、サテライトでの業務は主に機器の点検になる。そのため、施設班との共同作業も少なくない。今回、そのパートナーはサンダーだった。
「やれやれ・・・こっちは終わったぞ?そっちはどうだ、クラウド?」
サンダーが顔を上げる。
「うん、終わったよ。バッテリーも交換したし・・・今日はとりあえずキリにしようか」
クラウドは立ち上がって、作業用のナイフや工具を服のポケットに仕舞った。
ふと、窓の外に眼をやると、火星が大きく見えていた。
「・・・キレイだよね、こうして見るとさ。少し緑が濃いけども、地球って言われても不思議が無いくらいだ」
サンダーも横にやってくる。
「そうだなぁ。これが昔は一面の荒野だったなんて、言われても信じられんよ。凄いもんだな、人類の力ってヤツは」
感慨深けなサンダーの傍らで、クラウドが時計に目をやった。
「あっ・・・!もうこんな時間だよ。どうも、『上』に居ると時間の感覚が薄くなるからな・・・」
クラウドがサンダーを促して居住区に戻ろうとした時だった。
「・・・ん?」
クラウドの眼が、窓の外に見える広大な宇宙空間に向いて止まった。
「あ?どうした、クラウド」
サンダーもそっちの方を向く。
「いや・・・ほら、何か『あの辺り』、何か光ってない?昨日も此処で仕事をしてたけど・・・あんな光は見なかった気がするんだ」
「そうか?・・・・」
暫く考えたあと、サンダーがポンと手を打った。
「アレじゃねぇか?輸送艦。そろそろ、次の便が来る頃だろう?それが見えてんじゃね?」
「ああ・・・そうか、なるほどね」
言われてみれば、確かに方角はその通りだ。
するとそこに、クラウドのヘッドセットにアカツキから連絡が入った。
"ハロー、クラウド。ドーベルからパーソナル通信が入ってます。業務中なら、そのように回答しておきますが?"
「え?!ドーベルさんから?大丈夫、仕事は終わったので、繋いでください」
"了解しました。少し待ってください"
すぐに、ドーベルからの通信が繋がった。
「おう・・・!ドーベルだ・・・元気に・・・してるか?」
電波状態が良くないのか、通信は珍しく、やや途切れ途切れだ。
「はいっ!今はサテライトに居ます。今回の便はドーベルさんですか?此処からも微かに光が見えてますよ。サテライトに来たら会えますね?楽しみにしてます!」
「そうか・・・なら、後でな・・・」
通信はそれだけで切れた。
「うん・・・?何だろう?」
「どうした?」
首を傾げるクラウドに、サンダーが尋ねる。
「何かあったのか?」
「いや・・・『何も無かった』んだ」
「へ?何も無いんなら、いいじゃん?何か気になるのか?」
サンダーには良く分かって居なかったようだ。
「サンダーはドーベルさんを良く知らないだろうけど、大した用事もなく連絡をするような人じゃないんだ。変だな・・・」
尚も訝しがるクラウドの背中を、サンダーがポンと叩く。
「お前、気にしすぎなんじゃねーの?そりゃま、色々とあったから神経質になんのも分からんじゃねーけど?」
「うん・・・なら、良いんだけど」
やはり、クラウドは何かが気になるようだ。何か・・・かつて、聞いた話に繋がるような・・・?
「ダメだ、思い出せないや」
ふっーと息をつくクラウドの腹を、サンダーが肘で突つく。
「んな事よりさ!ホラ、折角サテライトに来てんだからよ・・・」
ニヤニヤと笑うサンダーの『お目当て』は明白だった。
「またぁ・・・レインボゥは忙しくて通信室に掛かりっきりって知ってるだろう?邪魔したらダメだよ」
呆れたようにクラウドが諭すと、サンダーがチッチッと指を振って見せた。
「と、思うだろ?それがな、オレ様は『発見』したんだ。『彼女』が仕事してるかどうか、確かめる方法があるんだよ!いいかい?こうするんだ」
そう言って、サンダーはヘッドセットでアカツキを呼び出した。
「おい、アカツキ。レインボゥちゃんが何処に居るか、知ってるかな?チョット用事があるんだけどさ」
すると、アカツキがニベもなく返答する。
"レインボゥは今、職務外です。職務外の事は個人情報に類するので、お答えすることができません"
「・・・ホラ!今、アカツキが『職務外』って言ったぞ!つまり仕事は終わってるんだよっ、チャーンス!」
意外に、とクラウドは妙なところで感心する。
そういうヘンな所で彼は頭が回るものだな、と。なるほど、アカツキの回答は間違っていない。だが、それゆえに相手に対して情報を与えてしまうこともあるのだ。
そういう意味ではアカツキも『頭が回らない』というか『天然』と言えなくも無いだろう。或いは機械としての限界というか。
「さーて、自室かなー?コミュニティ区かなー?待っててねー!」
サンダーはウキウキしながら、作業エリアを後にする。
居住区までは、観測や通信などの設備が並ぶ狭いエリアを通ることになる。
そこを急ぎ足で通り抜けようとした時、クラウドの眼が不意に止まった。何かが動いたように見えたのだ。
ん・・・?こんな時間に誰かいるのか?
クラウドが足を止めて、サンダーの服を引っ張る。
「ちょっと待って、そこに誰か居たみたい」
「あ?誰か残業でもしてんじゃねーの?そんなことより・・・」
そこまで言いかけたところで、サンダーの眼が前方に釘付けになった。
機械の間から出てきたのはレインボゥだったのだ。
「あっ!こんなところに!」
嬉しそうにサンダーが大声を出す。
「どうしたの?こんな時間に、こんなところで?」
クラウドの問いかけに、レインボゥが恥ずかしそうに笑う。
「うん・・・仕事がまだ残ってて。ゴメンね、今はまだバタバタしているの。あ、そうそう!少し遅くなるけど、終わったら皆んなでお茶でもしない?色々とお話もしたいし」
「勿論だよーっ!レインボゥちゃん!」
手放しで喜ぶサンダーを、クラウドが手で制する。
「いや・・・『話』は此処で聞くよ。今、此処でね・・・」




