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夢の続き


「誰からだったかナ…」


 最初に連れて行く人を選別しているのか、それとも只の真似事か。ぺらっぺらの薄い紙を私の前でちらつかせて、わざとらしい。私の牢の中に紙を突っ込み、モアはおいでおいでだ。


 「先に行きたい人いれバ、言ってネ」


 あからさまに私を狙って、恥ずかしくなるぐらい白々しい。ここはモアの挑発にのってみるのもいいかもしれない。素直に従えばどんな反応をするか。


「私が1番めに行きます!」


 私は大きく、根拠のない自信を声にのせると、全ての牢に反響していく。

 モアの反応は沈黙、ただ遠くで私の声が逃げるように去って行く。

 思った反応と違ったのか、モアは俯き、ぷるぷると震えているが怒っているのか? だが、そうでは無かった。

 まってましたとモアは顔を勢いよくあげ、口角をつり上げると、モアのちらりと見える鋭角な歯が流れるように光った。モアはくるりと回り、私に向けて短く手入れされた丸い爪を私に向ける。

 とても嬉しそうに跳ね回るモア、事が思い通り進むとこんなに嬉しがるものかと、私は少し後悔した。


 しかし、その後のモアの行動は全く逆、その爪を左右に揺らしながら数回舌打ちをし、ゆっくり首を振るモア。


「ダメ、あなたは最後。モアは嫌いな物は最後に取っておくタイプ、ナニを勘違いしたのかナ?」


 此奴は私を翻弄する。素直に従えば否定し、反抗すれば手玉に取るように私にストレスを更に与え、嫌がらせをする。馬鹿にするなと、格子にぶつかる勢いで私は迫るが、モアはそっぽを向いて、視界の届かないところへいってしまった。


 近くでモアの声だけが聞こえてくる。あなたからどうぞ此方へ、扉の空く音はせず、ぺたぺたと足音が重なる。

 次はキミこっちだよさぁ進んで、次はキミこっちだよさぁ進んでと、数十分程の間隔で連れて行かれる。

 何人のキミとあなたを聞いたか、連れていかれた人達はモアと一緒に帰ってくる者もいれば、そうで無い者も居る。その違いはキミと呼ばれた者は帰ってこず、あなたと呼ばれた者は戻って来る。不思議と、皆静かに連れて行かれ、帰ってきたものは皆、ガサゴソ紙袋を探る音と咀嚼音のみで、無臭だったこの牢に香ばしい匂いが微かにしたが、その匂いで騒ぐ者も居なかった。

 私の持て余した時間は空腹を押さえることが困難だった。気を紛らわそうと今まで生きて中で最も無意味で、何も生み出さない行為で時間を潰す。縦に張られた格子の側面を、指でゆっくりなぞりまた戻り、自分の番が来るのを待つ。何往復かすると

 エレナは何処にいるんだろう、母は何をしているんだろう、一緒にいるのかな? 早く会いたい。


「お待たせしましょたぁん。最後はあなたヨ」


 モアが牢の前で私を呼ぶ、それはもう気怠そうで、私を無機物のように興味が無い様に呼び、早く出てこいと直立に突っ立ったまま私に視線を送る。

 鍵穴も扉になっている訳でもない牢の格子は、ドロリと溶け丁度私が出られる穴があいた。どうぞとモアは私をエスコートする。まだ、したたったままの格子の雫を避け、牢の外に出る。

 通路幅は思ったより広い、向かいの牢まで光が広がらず、私の限られた視界では、向かいの牢に入っている人の姿さえ捉えられない。しかし牢の中からは私の事は見えている。なら私を知っている者がこの牢の何処にいるかもしれないと、期待を抱きつつモアの後ろについて行く。不気味さが清廉に漂う奇妙さの中、沈黙で張り詰めた私に、パリセイド・ローの従者は牙を剥く。


「ハイネ」


 私を呼ぶ声が前方からし、思わず立ち止まる私。聞き覚えのある声だ。遠い記憶、まだ産まれる前に聴いた記憶の片隅にあるはずだった声。

 私の姿など見たことは無いはずだ、あちらが私の姿を見てハイネだと認識出来るはずが無い。


「びっくりしタ? お隣さんの真似だヨ。特に意味は無いけどね。キミはハイネって名前なんだね」


 モアの口から発せられたその言葉に、私の身体の自由を一時的に奪うほど。全身干上がったような身の毛がよだつ思いと、一気に噴き出しそうになる温い汗。モアの悪戯混じりの虚仮威しなんかじゃ無い、私の知らない何かがある。考えすぎなのか? いや、間抜けそうな喋り方しているが、モアの行動は、生温いとはいえ、私を内部から壊すように動いている。そこまで私に執着するほど何かをしたか?

 脳裏に過ぎるのは今朝の夢、うろ覚えの記憶は徐々に鮮明になり聞き覚えのある声は、この地で知るものは私しかいないはずだ。どうして此奴に知る事が出来る?


「なんで知っているの?」

「なんでだろうネ?」

「気持ちわるい」

「教えないヨ?」

「教えてなんて聞いていない」

「知りたいって顔だヨ?」

「別に知りたくない」

「ウソが下手だヨ、それじゃここで生きていけないヨ」

「どう言う意味?」

「教えないヨ?」


 何を聞いても答えは教えない、知りたいことの答えに靄がかかる。そんなやり取りが暫くすると、ああ、こいつは答える気は全くないんだなと、私は疑問をぶつけることをやめた。私が黙り込むと、つまらなそうにモアから私に話しかけた。


「ネェ…」

「何?」

「知らない事は世の中に沢山あるんだヨ、自分で答えは見つけないとネ。何でも聞いちゃダメヨ」

「だから…何?」


 唐突にお説教じみた言葉。


「一人なんだヨ、ここで生きていられるのハ」

「どう言う意味?」

「教えないヨ」


 またこれだ、私はため息を一つ。質問に対して「教えないヨ」まさか知らないんじゃないか? 言葉は誰かの受け売り? それを確認するために質問をしても、どうせ教えてはくれないのだろうが、「教えないヨ」と返答されると分かっているならどうということは無い。


「モアは答えを知っているの? まさか知らないとかないよね?」


 私の問いに「教えないヨ」と来ると思った。だけどもモアの背筋がびくんと一伸び。そして、どもりながら…


「もも、もちろん! 全部知ってるーるるる!」


 こいつ、知らないな? 演技の可能性も捨てきれないが、そうでも無さそうな反応。今まで散々偉そうにしていたけど、所詮雑用を任される程度の奴。下っ端の下っ端でこけに出来る私を醜くも虐めているだけだ。


「知らないんだね?」

「モアを虐めちゃいけない、モアは可哀想な子。グスン」


 お前がその言葉を発するのはどうかと思う。鼻声で涙混じりの声、泣いてるのか? 以外と核心を突かれると脆い奴なのか。顔を手で拭って可哀想―――なんて思わない。


 可哀想なとかそんな気持ちは微塵も無い。むしろ、達成感に満ちあふれている。自信、高揚、快感、混ざり合った感情は私の心を強くする。モアとの問答が終わりを迎える頃、通路を等間隔で照らしていた蝋燭の灯りが一段と強くなった。


 「ううぅん、ここだヨゥ」


蝋燭の灯りが集中したずん止まりに、金属製の枠で縁取られたドア一つ。モアがドアノブに飛びつき、軋む音もなく扉は開く。

 そこは牢より狭い空間、視界も室内の四つ角までは届かないが室内は十分把握できる。中央に机と椅子、机の上には紙とペンが無造作に置かれている。


 「ソコに座って、経歴に間違いが無いか読んでおいてネ」


 まだ半泣きのモアは、涙を擦りながら私に指示する。部屋の中央に置かれている椅子に向かい、歩き出すと部屋の隅々まで視界が広がっていく。

 椅子に手をかけようとする頃には、反対側の角が徐々に視界に入りかけていた。地面は平ら、左右対称に広がっていくものだと、気にも止めなかったが右前方に現れたのは、腕を組んで壁にもたれかける見たことがあるような無いような女性だった。私は見えない壁にぶつかるようにびくりと足を止め、全く微動だにしない女性。じっと見つめると女性の瞳が私から逸れ、モアに視線が行った。人であることを確認し軽く会釈をした。その会釈に女性は私に視線を向け睨みつけながら、組んだ腕をほどき、眉間に皺を寄せ、人差し指を立て唇にあてる。

 私はこくりと頷き椅子に腰かける。しかし妙だ、とても妙だ、室内に入ってから、女性に対しモアが何一つ行動をおこさないこと。モアが話しかけることも無く、女性の方を見ることも無ければ、そそくさと向かいのドアから出て行こうとしている。モアを引き止め「あの人誰?」と聞く暇も無くこの部屋を去って行った。


 部屋には物言わぬ女性と二人、何も始まらないこの部屋で待つ私。時女性に折話しかけようと目線を向け、口をひらこうとすれば人差し指を口にあて喋るなの合図。

机に突っ伏し朝の夢の続きをふと思い出す。続きがあったんだ、鮮明な夢の続き………。



 リリィは俯いて悲哀漂う言葉尻で母に。

「大きくなるよ…」


 母は不思議そうに。

「リリィの方がお姉さんでしょ?」


 リリィは母に。

「リリィは私はもう今年で17才になるよ、でもまだこんなに小さい」


 母はリリィに。

「ごめんなさい」


 

夢の続きの後、向かいにある扉の開く音がした。

 


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