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嘘が半分


 扉の音に、ビクンと身体が机に突き上げられたように小さく跳ねる。男が一人、木箱のケースを持って向かいのドアから現れた。

 見た事のあるような顔、丘の上の番号で呼ばれた男によく似ている。あれからそれほど時間も経っていない、他人のそら似では無いが少し様子が違う、暗いと言うか疲れ切った様子だ。


「初めまして」


 男は私と初対面のようだ。妙だなと男の顔をまじまじと見るが、男は挨拶すると対面の椅子に力が抜けたように腰掛け、直ぐさま手に持った木箱を机の上に置く。施錠された木箱の鍵を開け、伸縮性のある手袋と、先端に針のついた小さな筒を取り出すと、男は筒の中の空気を押し出す。淡々と、黙々と手慣れた様子で。筒越しに男の顔を見るがやはり同じ顔だ。


 「腕を出して、少しちくりとするけど」


 感情も無く、機械的に疲れた男は言う。私は腕を出すと、ぶすりと腕に針を刺した。

 みるみるうちに筒の中に私の血が勢いよく溜まっていく。故意に流れる血は見ていて気持ちのいい物ではない、全身から体温が奪われているようで気持ちが悪く、ふらふらと身体が安定しない。


「大丈夫?」

「はい、少し気分が悪いですけど大丈夫です」

「そう、その内慣れるよ、その内にね」


 そんなものかなと、抜かれた自分の血が木箱にしまわれていく。「おしまい」と腕に葉屑を揉み込まれ、ぷっくりと腕からしみ出た血が止まった。

 やはり声も同じのような気がする。聞いてみるか? でも何を聞く? 悩んでいる間に男はケースから束になった用紙を取り出し、私に部屋を走れなくなるなるまで全力で回り続けろと言い、私は走れなくなるなるまで部屋の中をぐるぐると走り回された。

 私が膝をつき、息を切らすと「まだ走って」と足を止めるなと言う。走れなくなるなるまで、それは【死ぬまで走れ】と言う意味で言っているのだと理解した。

 私は走り続けた。時折、部屋の角に立ったままの女性に視線を向けるがその余裕も無くなる。ただ身体が動く限り足を止めても「まだ走って」の声に言われるがまま走り続ける。

何回足を止めても「まだ走って」の声は「まだ走れるだろ?何故走らないの?」と…。

しかしそれももう終わる。私が歩き出し、壁に手をつく間も無く床に倒れ込むと「まだ走れる? 無理そうだね」と私を抱え椅子に座らせた。


「はい、次はこの問いに全部答えて、時間はこっちで決めるよ、お終いと言ったら手を止めて」


 まだあるのか、この問と言うが1枚に約10問近くそれが束になって…いったいいつ終わるんだ。吐き気も少しあるし、正常な状態では無い。


「ん? もう始めるのかい? 早いね」

「駄目ですか?」

「いや、いいよ。ちょっと驚いただけ、疲れてないのかなと、ね」


 疲れているに決まっている。ゴールも見えない行為程、苦しい物は無い、先見えない、終わりが無い、それは苦痛を何倍にもする。


「それと、質問は無しいいかい?じゃぁ始められるならどうぞ」


 私は選択式の問を止めろと言われるまで、延々と解かされた。別段難しいものではなく、自分が正しいと思う事を選択していくだけ。【赤と青どちらが好きか?】と言った単純なものから、【人を殺めなさい、何処から斬りますか? 身体の一部に線を入れなさい】など答えに困るような問もあった。数枚解き終わると、男は私に話しかけだした。


「君を連れてきた、あの泥人形、何か知ってるかい?」


 私は手を止めると、続けながら聞いてと言う。


「あれはね、子供なんだよ、ここから出られなかった子供のなれの果て。死ぬことも無いずっとここで自分と同じように永遠に従者する子を求めてる。因みに君が目を覚まして今までの少しの間で沢山の子がアレになったよ。隣の子もね」


 すっと血の気が引く、手が止まる。ここから出なければ永遠にあの姿。だけども沢山の子供? モア以外にまだ見かけてはいない。


「手が止まったね。半分嘘だから気にしないで」

「どこが嘘で…」

「質問は無しだよ」


 どの部分嘘で、どの部分が真実か真為を確かめる術は無い。


「続けるよ、あの泥人形の中に元となった1体が居るんだ。その一体とても臆病で滅多に人前には出ないんだ。その一体を殺してしまえば沢山の泥人形は自由になれるかもね。まぁその時はパリセイドローは廃墟になるだろうけどね」


 半分嘘で半分本当か、それならいっそ皆殺し…いやここから出られなかった子供真実なら…


「また手が止まってるね。考え事かい? まさか泥人形を全部殺せばとか考えちゃいないよね? まさかね」


 この男、入ってきた時は気怠そうな面持ちだったが、どんどん嫌悪感沸く、心が覗かれているようだ。この男の話を真面目に聞いちゃいけない、今は早く終わらそう。

 男の話を話半分で、全て答え終わると、もう終わったのかと、残念そうに用紙を回収し、机にとんとんと音をたてて用紙を揃え、つまらなさそうにふてくされた顔で部屋から出て行った。

 一息ついて机に突っ伏す。目線の先には壁にもたれ、女がまだ腕組みをしたまま。ぼーっと女を見る。

 ずっと動かなかったその女は腕組みをほどき、私に近づく足音もしない、まるでこの世に存在しないように、すっと近づく。


「私を視認できてる? 聞こえてる?」

「見えてますし、聞こえてます」

「そう、残念」


女の目付きが変わった、虚ろで心ここにあらず。ここに無い、では無く家畜を見るような、冷たい目。


「出来ればここであなたにはいなくなって欲しい、私を視たから、出来れば、今ね」


 出来れば、つまり今は出来ないということ。殺されるかも、と一瞬過ぎったが安心したが、おそらく見てはいけない、見えてはいけない人。


「それと、あなたあれだけ走らされて疲労がもう無いわね。何故? 他の子はあいつから出された問を答えだすのにかなりの時間を要した。それなのにあなたはたった数十分、瀕死の状態まで走らされて、椅子から転げ落ちて、何度も座らされて可哀想だったわ」


 気にしたことも無い、私の身近な人達はこれ位だ。もっとも義父は例外ですぐに息を切らす。エレナも母も疲れる事はあまり無かった。カドゥルではそれ程他人と触れ合う事も無かった。だから疲労が…と言われても答えようが無い。


「わかりません。私の周りの人はこんな感じです」

「あなた、何処からきたの?」

「カドゥルから…」


 カドゥルからここに来た、と言い終わる前に向かいのドアが開く。女越しにモアが見える。女は、はっと後ろを振り向き、また私をみて「あなたにするわ」と一言。そのまま、また部屋の壁にもたれ腕を組む。

 どういう事だろう、あの女はここでずっと何かを選別していた? 確かにモアは適性を見るとも言っていた。だがモアはあの女に気付く気配は無い、また別の何か。


 「モアが迎えにきましたヨ、美味しいモノ用意した。ちゃんとテストは終われましたぁ?」


 こいつ本当は可哀想な奴なのかもしれない。真為は定かじゃ無い、少しこいつの見る目が変わった気がする。


「終わったよ、ありがとう」

「きもちワル」


 牢まで戻ると食事は臓物。固まりかけの赤黒い切れ端のそれ。どう見ても食べる物では無い。それでもお皿に盛られたそれは平気な顔をして、食べてみろと、器の中でとろりとしている。こんなモノが美味しい訳ない。



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