第三話 英雄夢想
【前回のあらすじ】
将来の夢と寝てる時に見る夢を一緒にしてはいけない
ユメガミに会ったその日から、ツトムは夜眠るたびに夢を見るようになった。
空を自由に飛ぶ夢。
美味しいものをたくさん食べる夢。
憧れの有名人が出てくる夢。
どれもこれも楽しくて、文字通り夢のような世界に浸れる夢であった。
それでいて寝起きもすっきりしていて、起きた時は気分が晴れやかであった。
「やっぱりユメガミはちゃんとした神様だったんだ。すごい」
だが、喜んでいるのは最初の数日だけで、ツトムの気分は元のネガティブなものへ戻ってしまう。
いくら夢が楽しくても、現実は冴えないままという事に気付いてしまったからである。
今日は教室にあった花瓶を割ってしまい、パニックになっている間にクラスメイト達がそれを片付けて、怜の三人組にネチネチと嫌味と説教じみた苦言を聞かされた。
その様子を見ていたクラスメイトの一人が後からこっそりと「子門くんが何も言い返さないからあいつらは調子にのるんだよ」と言ってくれるも、「言い返さないんじゃなくて言い返せないんだ」という反論すら出来ないのである。
自分の事は自分で守らなければいけないのに、それを実行に移せる勇気が出せない。
だからそんな自分が、変えられない現実が、嫌いで嫌いで仕方がなかった。
「うーむ、夢は楽しかったけど、その分現実が辛い、か」
約束の一週間が過ぎ、ツトムは学校近くにある森の薄汚い祠へ行った。
ユメガミは相変わらずそこにいたし、ちゃんと話も聞いてくれた。
「とは言え、我がどうにか出来るのは夢だけで、現実をどうこうする事は出来ぬぞ」
「ずっと夢だけが続けばよかったのに」
「それこそ現実を見ろ。寝っぱなしで起きなくなったら親御さんが悲しむぞ」
そう言いながらもユメガミは真剣に考えているようであった。左右に首を何度もかしげながら小さく唸っている。
「あの、でもユメガミ様はちゃんとやってくれたし、それについては悪いとは思ってなくて」
「我を信じてくれた人間が暗い顔して帰るのはこちらとしても大いに困る」
むすっとしながらユメガミが返事をする。
それからしばらく唸っていたが、ユメガミはふと「閃いた!」と天に向かって叫んだ。
「ツトムよ、そなたこう言っていたよな? 自分の事は自分でどうにか出来るようになりたい、と」
「え? うん、確かに言ったかも」
でも無理なんでしょう? とツトムは心の中で付け足す。
「夢の中で強くなる特訓をすればよいのだ! 我、天才!」
「え、ええ!?」
「というわけで、期間延長だ! 有り難く思え」
大丈夫、大丈夫。絶対に悪いようにはならぬ、という自信ありげなユメガミの言葉に期待と不安と疑問が入り交じった気分で、その夜ツトムは眠りについた。不安だろうが何だろうが睡魔には勝てないのである。
その夜の夢は、ツトムが勇者として大冒険をするものであった。
不思議な洞窟から伝説の剣を手に入れて、邪悪な魔王を打ち倒す。
そんなありふれた物語だが、ドキドキとワクワクが詰まった夢。目覚めた時の気分も悪くないどころか、これ以上ないくらいに高揚していた。
その次の日の夢は、スーパーヒーローになって怪獣をやっつける夢。
その次は西部劇の世界で無法者に決闘で撃ち勝つ夢。
そうか、悪い奴と戦って勝つ夢を見続けることで勇気を付けさせようとしているんだ。ツトムはユメガミの意図に気付いた。
だが、そうと分かっていながら現実は変わらなかった。
夢の中なら悪い奴らに立ち向かえるのに、現実ではからっきしダメで、結局例の三人組に好き勝手言われっぱなしで反抗する勇気が出てこない。
ツトムはまたユメガミの所へ行って、ありのままに状況を説明するも、ユメガミの方は「そんなすぐに結果が出るとは思っとらぬ。おぬしの人生は長いのだから、そう焦るな」と、長いしっぽを揺らしながらそう答えるだけであった。
「で、でもユメガミ様が色々手助けしてくれてるのに、僕が全然ダメなのは良くないと思うんだ」
「小童がそんな遠慮をするな。頼れるものに頼れるのは小童の特権ぞ。そうだ、教師とかは助けてくれぬのか? 悪ガキをしょっぴくのが仕事だろ」
「あいつらは僕を悪者にしてくるのが得意だから、大人を味方につけるのも上手いんだよ」
「ま、そもそも三対一なのが分が悪すぎるしな」
ユメガミは天を仰ぎながら、目を細める。
「……そういや、我をぶん投げた無礼な小童は誰だ?」
「え?」
ユメガミとで会う少し前、大縄飛び大会の失敗の罰としてこの場所で色んなものを投げつけられた時のあの一件だ。
「あの時居たのは万倉くんと掛井くんと式くんで、ユメガミ様を投げつけたのが……確か万倉君。一番リーダーっぽい人で色黒で髪がツンツンしてる」
「なるほど、そいつか」
ユメガミが呟く。
しかし、その口調はどことなく楽しそうであった。
それから更に一週間が経った。
ユメガミの見せてくれる夢は相変わらずツトムがヒーロー役で、必ず悪い奴を倒して終わる、という内容ばかりであった。
騎士になって敵将軍を討ち取り、侍になって悪党を斬り、宇宙船に乗って悪い宇宙人を撃破したり……夢の中でのツトムは無敵で、圧倒的な力で敵を屠っていく。
対して現実のツトム自身は、まだ変わらなかった。相変わらずの以下同文である。
ただどういう訳か、最近三人組の主犯格である万倉の言動が荒んできた。
ツトム自身に心当たりがない事でも何かと当たりがきつい。わりとどうでもいい事に難癖をつけてくるし、突然皆の前で怒鳴りつけて担任に窘められたりもした。
それでいて、体調不良なのか顔色も日に日に悪くなっていってるようにも見えた。それを指摘すると不機嫌になるので誰もその話題には触れようとしなかったが。
そして、その日の夜の夢。
ガラスで隔てた先の部屋の中で、顔の大半が隠れるほどの大きな目隠しをされた白い服の人物が椅子に座らされていた。腕組み状態でベルトのような物で拘束されている。
ツトムは部屋の外からガラス壁を通して中の様子を眺めている。
そしてどこからか赤いボタンが一つだけ付いているリモコンを取り出し、短く呟く。
「処刑執行」
自分でも驚くような冷ややかな声だった。指が赤いボタンに触れ、そのまま強く押し込まれる。
その途端、室内の人物が声にもならない悲鳴を上げ、身体をガクガクとけいれんさせてぐったりと動かなくなった。ガクンとなった拍子で大きな目隠しが取れ、顔から滑り落ちる。
「え……?」
あらわになった素顔を見て、ツトムは目を見開いたまま固まった。
体格とかは全然違うのに、顔は間違いなくクラスメイトの万倉だった。
「!!」
ツトムは自室で跳ね起きていた。
体中から嫌な汗が噴き出るし、心臓が外に聞こえるんじゃないかというくらいにドクドク鳴っている。
「何だったの、今の……」
ユメガミに会ってからは幸せな夢や男子が憧れるような、悪い奴をやっつけるヒーローになる夢ばかりだったのに、どうして今日はあんな物騒な夢を見たのだろう。
とはいえ今日も学校である。ご飯を食べたり着替えたりしているとあっという間に登校する時間になるし、その頃には夢の出来事は一旦忘れていた。




