第二話 夢と夢
【前回のあらすじ】
森の中でボコられてたら謎の生物が自称神とか言い出した
「ユメ……ガミ……?」
夢を司る神、と目の前にいる金色のモコモコの獣はそう言った。
「え、神様!?」
「その通り。我は神ぞ」
やたら誇らしげに答えるユメガミ。
ツトムはそんなユメガミの姿を天に伸びるしっぽから地面に揃えられた前足までじっと見つめた。
そりゃあこんな生き物は今まで見たことがない。そもそも人間以外の生物と会話が成立している時点で普通のはずがない。もしかしたら本当に神様なのかもしれない。
「えーと、神様がどうしてここ」
「よくぞ訊いてくれた!」
ツトムが言い終わる前にユメガミが前のめりになって迫ってきた。
「ここは元々我の領域、つまり我の住処だった場所だ」
森に囲まれた、薄汚い小さな祠があるだけの空間。
「昔、と言っても六、七十年前程前はここは神社だったのだ」
「ここが?」
「うむ。当時はちゃんと瓦屋根の社もあったし、鳥居もあったのに今やこの有様よ」
ユメガミが前足でペチペチと土に埋まった石畳を叩く。おそらくこの石畳は参道だったものなのだろう。
「時の流れは無常よ。我はこの地を守る八百万の一神であるが、時代と共に人が神に対する信仰心が薄れてしまった」
悲しそうにうなだれるユメガミ。それを見てツトムも何か言ってあげなきゃ、と思考を巡らせた。
「た、確かに神社がなくなるのは悲しいよね。可哀想。」
「……そなた、神社が全盛期の頃に生まれてないのによくそんな適当なこと言えるな」
ユメガミの冷え切った声に、ツトムは反射的にビクッと怯えて後ずさった。
「まあなくなってしまったものを嘆いても始まらない。問題は人々の我に対する信仰心の大幅な低下だ」
「信仰心って、つまり神様を信じるって事?」
「左様。人が神を信じなければ、神は人を救済することができない」
「救う……それって助けるって事だよね」
ツトムは少し考えた。
神様を信じれば、神様は人間を助けてくれる。もしそれが本当だったらもっと色んな人が神様に救いを求めに行くはずだ。それなのに、このユメガミに対する信じる気持ちがなくなると言うことは、つまり。
「つまり人々はユメガミ様の助けがなくても自分達の力で大丈夫なくらいに成長したからじゃないかな。それだったらいい事じゃ」
「それだと我が困るんだわ!」
すかさずユメガミからのツッコミが飛んできた。ツトムはいい事を言ったつもりでもユメガミにとっては不正解だったらしい。
「確かに神に頼らずに自立する事は大事だし、最終的に人はそうあるべきである。だが、それでも神に対する信仰と畏れがなくなってしまうと我の存在意義を失ってしまう」
「えーと、つまり?」
「小童にも分かるように言うと、我の仕事がなくなるからここにいる意味もなくなってしまう、と言うわけだ」
「ここにいる意味……?」
神様の仕組み(?)は今まで知らなかったが、少なくともこのユメガミはそれで困っていると言うのはツトムにも理解できた。
「じゃ、じゃあ僕が信じれば神様はここにいられるってこと?」
沈黙が走った。
ツトムはまた余計な事を言ってしまったのかと恐怖した。さすがに三度目の失言は神様も許してくれないだろう。
「ほ……ほ……」
ユメガミが裏返った奇声を発している。これはもうダメかもしれない、と思わずツトムは目をきつくつむった。
だが次の瞬間、帰ってきたのは予想と正反対のものであった。
「本当か!? やったー! やったぞ、我!!」
神様の威厳はどこへやら、ユメガミはみっともないくらいに大はしゃぎしていた。
「小童! よく我の言う事を信じてくれた! 神社が消えてたのには焦ったがこれで首の皮が繋がった!」
「首の皮……?」
「コホン、何でもない」
強引に冷静を取り戻すと、ユメガミは姿勢をシュッと正した。
「でも信じるって何をすれば良いの?」
「いや、文字通り我の存在を信じてくれるだけでよい。何なら神の力を見せてやってもいい」
「神の力?」
何だかすごそうな単語が出てきた。
「我は夢を司る神。夢にまつわる願いなら叶えてやれるぞ。何でも言ってみるがいい」
「ゆ、夢!?」
夢。学校で自己紹介やら作文で何かと将来の希望を発表させられるあれの事だ、とツトムは思った。
ウキウキしながら答える子、恥ずかしがりながら答える子など様々だが、ツトムは正直この手の質問が苦手だった。かっこ良さげな職業を言っても笑われるだけだし、そもそも将来にそんな希望があるとは思ってもみなかった。
だから、夢を訊かれた時はいつもこう答えるようにしていた。
「将来、人の役に立つ仕事に就きたい」
一応本音ではある。何かとクラスの皆の足を引っ張る今の自分からの脱却。未来の自分に託すしかない、たった一つの願い。
「……えーと、それは」
微妙に歯切れの悪いユメガミ。同い年の子にしてみればざっくりしすぎて夢っぽい夢に見えないのだろう。だが、ツトムは勇気を持って続けた。
「僕、いつもどんくさいって言われるし、肝心な所で失敗するし、それでいっぱい責められるし、せめて自分の事は自分の力でどうにか出来るくらいにはなって今までの失敗を取り戻したいんだ」
「あ、いや、そうではなくてな」
「お金持ちとかヒーローとかじゃなくてもいい、神様だったらどうにかしてくれるんでしょ?」
「先に我の話を聞けえええ!!」
ユメガミはモコモコの身体でツトムにタックルをかました。グエッという情けない声が上がる。
「小童。そなたは色々勘違いしておる」
「……へ?」
ツトムの口からマヌケな声が出た。
「まず一つ。大体の仕事は人の役に立つから心配する事ではない」
「でも、就けないかもしれないし」
「少なくとも今の歳で心配する事ではなかろう。それからもう一つ。こっちは我の言い方が誤解を生んだのかもしれないが……」
ユメガミはばつの悪そうな表情で目を泳がした。
「我は夢を司る神だ」
「うん、それは言ってたよね?」
「我の言う夢は、将来の希望や目標の方の夢ではなく、人が寝ている時に見る夢の方だ」
一瞬、何とも言えない空気が流れ、それから己の勘違いに気付いたツトムはあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしてうなだれた。
「まったく、意味が全然違うというのにどうして夢という単語は一括りにしてしまったのか、言葉というのは本当に分からぬ……おや、がっかりさせたか小童?」
ユメガミの問いにツトムは首をブンブンと横に振った。まだ顔の熱は取れない。
「そんなわけで我がそなたに出来るのは、好きな夢を見せてやれるくらいだ。期限はとりあえず一週間、にしておくか。何がいい?」
「え、ええーと、楽しい夢なら何でも?」
もう深く考えすぎて恥ずかしい思いをしないように、と必死に心を落ち着かせながらツトムはそう返答した。
「よかろう。今夜を楽しみにしておけ。……そういやそなた、名は何という?」
「子門ツトム」
「ツトム、か。今時にしては硬派な響きがする名前だの。名の通り己の使命をつとめられる人間になれるといいな」
「あ、いや、つとめるんじゃなくて、月に北斗七星の斗に夢って書いて月斗夢なんだ」
「……字面は今風だったか」




