第一話 少年、制裁される
少年は、森の中を逃げていた。
ランドセルを上下に揺らしながらよたよたと走っている。正直、足は遅い。
「待ちやがれ!」
すぐ背後に同じクラスの男子が三人迫って……いや、すぐに捕まった。
「逃げんじゃねーぞ、卑怯者!」
「そーだそーだ! 自分が何やったか分かってんのか!」
「てか分かってるから逃げたんだろ。足手まといのくせに卑怯者。使えないな、こいつ」
三人の男子は見るからに怒気と殺意がほとばしっており、少年の逃亡を許そうという気持ちは微塵もない。
あっという間に取り押さえられ、そのまま少年は三人に連行されるのであった。
少年の名は、子門ツトム。小学五年生。
罪状は、クラス対抗大縄飛び大会でミスを犯し、最下位にさせたことである。
ツトムが逃走していた森の更に奥、少し開けた土地。
ほぼ土に埋まった石畳と、薄汚い祠がぽつんとあるだけの寂しい場所で、彼への制裁は行われていた。
「や、やめてよ!」
ツトムの抵抗もむなしく、松ぼっくりや枯れ枝が彼に向かって投げつけられる。
「うっせー! みんなの足を引っ張った罰だ!」
「そーだ! 大縄だけじゃなく運動会のリレーでも転びやがって!」
「大体ミスするだけならまだしも、「わざとじゃない」はねえよ」
どんぐりが三発ほど連続で飛んできた。
腕でそれをガードしようとするも、一発は頬にぺちっと当たった。
「だ、だって本当にわざとじゃなくて……」
ツトムは必死で弁明するが、声が震えて言葉が続かない。
正直運動は苦手だし、縄跳びもそんなに好きではない。学校行事だから仕方なく参加しただけで、でも一応練習は真面目に参加して頑張ったつもりであった。
「居直ってんじゃねえ!」
どこに捨てられていたのか、雑誌や空き缶まで投げつけられた。
「い、痛いって!」
「手加減してやってるだろ! やめてほしかったら土下座して謝れ、バーカ!」
剛速球で飛んできた金色の塊がツトムのみぞおちに命中する。
「ぐっ……ん?」
痛いと思ったら、意外とそうでも無かった。
何だと思って「それ」を見てみると、そこら辺の犬くらいの大きさだが全身は羊のようにモコモコの金色の毛に覆われた謎の生き物……の形をしたぬいぐるみのようだった。どう考えてもそんな生き物は見たことがない。
「何だよ、その変なぬいぐるみ」
「知らね。なんかそこに落ちてたから投げた」
連中の一人がすぐ側にあった祠の下を指す。
「ま、どうでもいいか。……おい、逃げんなよ子門。まだ終わっちゃいねえんだからな」
結局三人組は、気が済むまで制裁して去って行った。
後に残されたのは、砂埃まみれになったツトムと、その周辺に散らばったゴミと木の実と枝だった。
涙が出そうになったけど、ギリギリ耐えた。だが、心は惨めであった。
三人組にいじめの自覚はない。あくまでクラスの足を引っ張った出来損ないに罰を与えたという認識でしかなく、結局やらかしたツトムが悪いという結論に着地してしまう。
いつもそうだ。
いつも自分が弱いからこうなってしまうのだ。
気をつけなきゃと思ってもドジは踏むし、何か言わなきゃと思っても周囲の空気に耐えかねて上手く言葉が出ないし、戦わなきゃと思っても勇気はすぐにかき消えてしまう。
分かっているのに、何も改善できない。
ツトムは身体に付いた砂埃をはらうと、ため息をついた。
「嫌になるなあ」
と、不意に地面に落ちている金色のモコモコに目が行った。さっき投げつけられたぬいぐるみである。
「というか、何のキャラだろ?」
近付いて見ると、身体はモコモコだが顔と手足の毛は黒くて短いし、鼻の部分はにゅっとして長い。長いといっても象みたいじゃなくて、図書館の図鑑で見たバクとかアリクイみたいなそれに似ていた。あと、しっぽも身体と同様の金色で、こっちはモコモコではなくサラサラしていて長い。一メートルは軽く超えている。一言で言えば「変な生き物」であった。
「でもぬいぐるみを投げつけるのは可哀想だよね。足とか汚れちゃってるし」
ツトムはランドセルを下ろすと、ロックを外して開けた。確かウエットティッシュがあったはず、とごそごそとランドセルの中を探る。
「あったあった」
そのままウエットティッシュを取り出して、金色のモコモコの足に付いた泥を拭いてやる。
「……あれ?」
ぬいぐるみにしては妙に生暖かく、しっかり頑丈なさわり心地。まるで本物の筋肉のような……
というか、足をよく見ると先端に立派な蹄が付いている。ぬいぐるみにそんな物は普通付いているはずがない。おそるおそる蹄の裏を触ってみるとしっかり固く、本物にしか見えなかった。
「おい、手が止まっているぞ。ちゃんと拭くなら最後までやれ」
「そ、そうだった!」
ツトムは二枚目のウエットティッシュを取り出す。
「……? って、ええ!?」
反射的に金色のモコモコの方を見る。
「あ、出来れば蹄の裏もきれいにしてくれると助かる」
視線が合った。
少し鋭い、金色の瞳。
今の声は、間違いなくこの金色のモコモコから発せられていた。
「どうした、小童?」
沈黙。
五秒ほどしてこの金色のモコモコはぬいぐるみではなく、生きているものだと理解したツトムは再びバランスを崩してひっくり返った。
「喋ったぁ!?」
「反応が遅い」
ツトムは逃げようとしたが、腰が抜けて立てそうにない。ひっくり返ったまま、これは夢か現実かを冷静になって考えることを試みて数秒、そんな事を考えてる時点で全然冷静じゃない事に気付いただけであった。
「まあ、そなたをとって食う気はない。と、その前に自己紹介をした方が良いな」
改めてツトムに向き直ると、金色のモコモコは起き上がって姿勢を正した。長いしっぽがふわりと天に伸びる。
「我はユメガミ。夢を司る神ぞ」




