第九話 教会の修道女(2)
第九話 教会の修道女(2)
「それであなたの大事なご主人様は、昼間教会に行ったのね。ワインできそう?」
ファンファはいつものように屋根裏部屋の出窓に腰を下ろして、ミーネを見下ろしている。
「醸造器具は教会の蔵の奥に大事にしまわれていたそうよ。先代司祭もいつかはワイン造り復活させたいと思ってたんじゃない?」
「でもいつまで経ってもブドウが入ってこないと」
「いまの領主の代では無理なんですって。西の交易都市に相当恨み買ってるみたい」
「なるほどね」
「それで、ここいらに腐るほどあるチェリー使おうかってなってるの」
「口悪いわね。果物屋に怒られるわよ。で、肝心の造り方わかる人いるの?」
「メンダスが色々知ってるみたい」
「今回はあんたの出番無さそうね。犯罪の片棒担がされないで良かったわね」
「メンダスが言うには酵母が無いんですって」
「あ~、適当にチェリーつぶしてまぜたらワイン出来ないの?」
「出来るかもだけど、まずおいしいワインは出来ないそうなの」
ミーネはファンファを見上げてクッキーを差し出す。
「う~ん。先生に聞いてみたら?人生経験豊富だから大抵のこと知ってるわよ」
「それしかないよね」
ミーネは胸元のガラス球を握りしめる。
「先生、今宜しいですか」
「出かけっぱなしの不詳の弟子ね、遊びに出たら帰って来ない。ほんとにまるで野良猫みたいよ。私に話なんて珍しいこと、なんぞ困りごとかしら?」
(…………)
ミーネの額から汗が滴り落ちる。拾ってもらった御恩も返せず、返す言葉も御座いません。だめな野良猫で御座います。
「どうせファンファもそこにいるんでしょ」
「はーい、先生」
「で、なんなの?」
ファンファが事の経緯を先生に説明する。
「先々代の司祭の時代の話ね。太ってたけど気の良い人だったわ。時折あれやこれや相談受けたものよ」
「司祭が魔女に相談ですか?」
「昔、若い頃の領主はもっと扱いづらくてね。仕方ないから教会とも、お互い持ちつ持たれつでやっていたのよ」
ミーネは先生の年を考える。若く見えるが結構いっているのかしら。
「ミーネ、言いたいことあるの?」
「なんでもございません」
「…………」
ミーネは目の前の問題に集中することにする。
「先生、ワインの造り方わかる?」
ファンファがうまいこと話を戻す。先生の扱いにおいて、ファンファはミーネよりも一朝の長がある。
「その司祭にワイン造り教えたの私よ。でも今は良いぶどう入ってこないでしょ?」
「チェリーならこの町で採れるわ」
「チェリーね。似たようなもんだけど、問題は酵母よ。ファンファ酵母について答えなさい」
「え~精霊の一種で酒精をつくる働きをします。他の精霊にめっぽう弱いので、取り扱いが難しいです」
「まぁいいわ」
ファンファが小さくガッツポーズをする。
「東の砂漠の向こうにチェリーワインの醸造所あるから、酵母貰ってこようかしら。あそこの女将さんには貸しあるし、たぶんいけるわ」
「お願いします先生」
「で?」
「チェリーワイン1ダースで如何でしょうか?」
「…………仕方ないわね。弟子の頼みだから負けてあげるわ」
『やった』
二人は手を合わせる。
「でも作り方わかる人いるの?機器の消毒も必要よ」
「メンダスって人がいくらか知っているみたいなの」
「…………メンダスね」
ガラス球の向こうで再び沈黙が続く。
「まぁいいわ。それならファンファ、手紙書いてあげるから、明朝には出発しなさい。三日で帰ってこれるでしょう」
「わたくしが行くのでしょうか?」
「他に誰が行くというの?ミーネはそこまで飛べないわよ」
「…………」
今度はファンファが黙り込む番だ。
「誰が行くの?」
先生に容赦はない。
「わたくしで御座います」
「そ、長旅だから箒の状態ちゃんと見とくのよ。今日は夜更かししないでね」
言いたいこと言ってしまうと、先生からの通信は一方的に切られた。
そして三日後。埃にまみれて疲れ切ったファンファが店を訪れる。
「持って来たわよ」
「ありがとう。まぁ座って」
「どれだけ大変だったことか」
「お茶入れるね。このクッキーはセイルからよ」
「砂漠の嵐って真ん中に妖精がいて、追いかけてくるのよ。気が付いたらくるくる回って雲の上まで持ってかれるの。どれだけ怖かったか」
涙ぐむファンファの背中をミーネはさする。
「うん、うん、怖かったね。砂糖菓子食べてね」
「お菓子ごときでこの私を気安く使おうなんて、あんたのご主人様呼んできなさいな。説教したるわ!」
ファンファは文字通り怒り心頭だ。
「まぁまぁまぁ。で、例の物は?」
ミーネは紅茶で焼き菓子を流し込むファンファから、ガラス瓶を受け取る。瓶の中には泡立ち黒く濁る何かが詰まっていた。
(これが精霊?)
ミーネは窓の光に透かして見る。
「開けちゃだめよ」
「うん。セイルに渡しに行くわ。お店見ててね」
ファンファは溜息をつく。
「いいわ、うまくやってね。私は教会もあんたのご主人様もど~でも良いんだけどね」
「ありがとう」
ミーネは微笑んでファンファの頬に口づけをした。




