第八話 教会の修道女(1)
第八話 教会の修道女(1)
ミーネとセイルは酒場で食事を共にしていた。先日カタリナから受け取った銀貨を、酒場で使ってしまおうとセイルに提案されて、二人して出掛けてきたのだ。セイルと共にする時間は単純に喜ばしいことだったので、ミーネに否はなかった。
「二人っきりならもっと良かったのに」
「それは私に言っているのかな?」
テーブルの向こうではメンダスがワイングラスを傾けている。
「テーブル一杯だったんだから仕方ないだろ」
「仕方ないとは君も大概な言い草だがね」
そう言いながらもメンダスはいつもの笑みを浮かべる。
「紳士なら若い二人にテーブルを譲るべきだろうが、生憎私は育ちが悪くてね。まぁ気にしないでくれたまえ。私も気にしないから」
そう言ってメンダスはくすくすと笑った。
「ありがとうと言っておくよ。ところで最近また隊商が行方不明になったそうだね」
「北の森だね。盗賊に襲われたか、妖精に騙されたか。本当に忌々しい話だ。安全な通商路の確保はこの町の最大の課題だよ。お陰でまた酒の値段が上がってしまった」
メンダスはワイングラ越しにミーネをみる。
「北の森以外に通商路無いの?」
「町の南のファロス湾から大海に出るには、険しい峡谷が阻む。東は晒し首の谷で安全とは程遠い。西のリューズ交易都市とは未だにいがみ合ってて、とんでもない通行税を取られる。ましな通商路と言ったら北の森しか無いのさ。盗賊も危険だが金を払えば通常手出しはしない。妖精も機嫌が良い時はそこそこ話もできる。東の谷で魂を危険に晒すよりはよっぽどましだ」
「しばらくは安いジンで我慢するしかないかな」
セイルも悲しそうにワイングラスを眺めて、中に浮いていたコルクくずをつまみ上げる。
ふと見ると入り口で教会のローブを纏った修道女が、店の主人と話していた。暗色のローブは彼女の肌の白さを引き立てており、目の端にある小さなほくろが儚げな美しい女性だ。
「先日この町に来た修道女だよ。以前はナイ共和国にいたらしい」
ミーネの視線を受けてメンダスが説明する。
「なるほど、困りごとかな?ちょっと行ってくるよ」
そう言ってセイルは修道女と店主のところに行って、なにやら話しはじめた。
「君も苦労するな」
「もう慣れました」
ミーネはセイルの皿の上のニンジンをフォークで口に運ぶ。まぁ、ご主人様が楽しくやってるなら問題ない。めでたいことだ。
「ところで晒し首の谷ってなんです?」
「昔の戦場跡でね。領主が攻め込んできたポルト公国の兵士の首を切り取って、棒に刺して晒したんだ。首は数万とかあるらしいよ。数えた人間はいないがね」
メンダスは事も無げに言うと、ワインを口に含んだ。
「しかもその棒を妖精の森から調達したもんだから、えらいことになってね。棒に染み付いた精霊の力と、死んだ兵士の恨みつらみで、教会ですら浄化できない魔境が出来上がったんだ。お陰で以降ポルト公国との戦争はないがね」
「ふーん」
「今度見に行くかい」
「なんで私がそんな地獄の三丁目の様な観光地に興味あると思うんですか」
「なぜだろうね。君なら知りたいかなと思ってね」
「結構です」
ミーネはきっぱりと断った。
などと話しているとセイルが修道女を連れて戻ってきた。修道女の後ろには12、13の少年が控えている。
「メンダス、ミーネ、紹介するよ。ビスチェさんだ。後ろの子はジョアン。どうぞ座ってください」
「ありがとう、でも結構ですわ。一通りテーブルを回ったら、店を出ますので」
「初めまして、シスター。この町で小さな商いをしております。お見知りおきを」
「初めましてメンダス様。お騒がせして申し訳御座いません」
「お気になさらずに。お困りの美しい女性を助けるのが、連れの趣味ですので」
「あら」
ミーネは美しい修道女が頬を赤らめるのをみる。目の端の泣きほくろが魅力的だ。隣のセイルが目を細めて見ているのが、むかつくことこの上ない。
「初めまして、ミーネさん」
「初めまして」
ミーネはそっけなく答えた。
「ビスチェさんは教会の孤児院の運営で寄付を集めている。領主の支援が減って困っているそうだ。どうかなメンダス。日頃の悪行を清算するチャンスだぞ」
「セイル君の言ってる意味は分からないが、教会の活動を支援するのは良き民の務めですな。少ないですがお収め下さい」
そう言ってメンダスは懐から金貨数枚をビスチェに手渡した。
「ありがとうございます。本当に助かります」
「ありがとうメンダス。では次のテーブルに行きましょう」
セイルは修道女を連れて、各テーブルを回りに行った。
テーブルを回り終えて、修道女を店から送り出したセイルが返ってきた。
「セイル君。満足したかね?」
「シスターが心配だ」
「また君の悪い癖が出たな」
「出ましたね」
ミーネにとって、ご主人様のこの惚れっぽさは転生前と変わらないものなので、今更怒る気にもなれない。が、次々と女を取り換えるご主人様の性癖を、薬か魔法でどうにかならないか先生に相談しようとは思っている。
ミーネはご主人様の人格改造計画については口に出さずに、冷たくなったそら豆をフォークで掬い上げて、セイルの口に押し込んだ。
「それで?」
「彼女を助けるのは良き民の務めだよ。金が要る。哀れな孤児たちをほっておけない」
「シスターをほっとけないですね」
「同じことさ」
「あの教会、昔は金回り良かったんだよ。ワインの醸造で儲けてたんだが、司祭が代わってやめてしまった。懐かしいよ。最初、私がこの町に腰を据えたのも、実はそのワインの為だからね。まことに残念だ」
メンダスは残念そうに首を振る。
「まだワイン造りの設備は残ってるんですかね?」
「わからん。でもここいら良い葡萄が取れないからな。東方からのぶどうの輸入が不安定なのも、ワイン造りを止めた原因じゃないかな?」
「今の季節チェリーなら沢山とれますよ」
ミーネがテーブルの籠の中のチェリーを摘まみあげる。この地方の名産で、今の時期市場に溢れている。
「チェリーか、悪くないな。少々出来が悪くても、今この町で出回っている水で薄めたワインよりはましだろう」
「あした教会に行ってみます。メンダスも一緒にお願いします、どうせ暇でしょ?」
「まぁ特に予定はないんだが、そうはっきり言われると傷つくな」
「一緒においしいチェリーワインを造りましょう」
ミーネはチェリーの種を口の中で転がしながら、一連の会話を黙って聞いていた。




