第七話 花売りの少女(2)
第七話 花売りの少女(2)
セイルとミーネが元締めの部屋に静かに入ると、部屋の中央には大きなマホガニーのデスクが据えられている。そしてデスクの後ろに黒い大きな金庫があった。
ミーネはその前にしゃがみ込み、杖を構えた。鍵の中身を想像して念を凝らし、鍵穴から小さな金属のパーツを一つ一つ探っていく。額からの汗が覆面に沁み込んでいくのがわかった。ただあるところから先に進もうとすると、頭の中の映像が乱れる。試しに真鍮バネの一つをはじこうとしたが、びくともしなかった。
「駄目ですね」
「なんで?」
「魔法で邪魔されてます。どこぞの魔法使いが念込めてたようです。私じゃ外せません。先生が警告した通りですね」
「どうしよう?」
「B案で行きます。こっちのほうが楽に片付きます。少し離れてください」
そう言ってミーネは金庫の横に回り、杖に先を金庫に当てた。
セイルもミーネの後ろに移動する。
「B案ってなに?」
ミーネの杖の先が小さく光る。その途端金庫の扉が吹っ飛び、爆音と共に炎が噴き出した。
「B案は金庫の中身を吹っ飛ばします」
せき込みながらミーネが説明した。
「やってから言うな。逃げるぞ!」
セイルはミーネの手を引いてバルコニーに飛び出た。ミーネの箒にまたがり、空に舞い上がる。眼下では屋敷のいくつかの窓から炎が吹き出ていた。道には何人もが慌てふためいて右往左往している。幸いなことに空飛ぶ黒づくめの二人に気づく者はいないようだった。
「大成功ですね」
ミーネは浮かれて鼻歌を歌っている。
「これを大成功と言える君が怖いよ」
「でも金庫溶け落ちてましたし、契約書は消し炭でしょう。目的は果たしましたよ」
「”近づかない、見ない、聞かない。避けようがない場合はそれも運命とあきらめる。”だったかな?その意味理解できたよ」
「魔女の取り扱いでしたっけ?誹謗中傷にも程がありますね」
「紙切れ盗みに行って、建物全焼させる事になるとは思わなかったよ」
セイルは沈痛な顔で呟いたが、ミーネの耳には届かなかった。
「あそこ、メンダスさんだ。手振ってますよ」
ミーネは教会前の石段に座ってるメンダスが軽く上げた右手をひらひらさせているのを見つけた。
「気付かなかったことにしよう。これ以上ややこしくしたくない」
黒装束の二人は店の屋根に降り立ち、出窓から屋根裏部屋に入った。
数日後ミーネが店の掃除をしていると、カタリナが花束を抱えて店に入ってきた。薄いそばかすの散ったかわいらしい顔は僅かに上気して、活力に溢れている。顔を見ただけで最近彼女を悩ませていた問題が解消されたことがわかった。
カタリナは入ってくるなりミーネを抱きしめた。
「セイルいる?」
奧から帳簿整理をしていたセイルが出てきた。
「新しい花だね。ミーネ、古いのと交換して」
「二人とも遅くなってごめんなさい」
「いいさ、忙しかったんだろ。噂は聞いているよ」
セイルはそう言って花を受け取り、椅子に座るように促した。
カタリナは、セイルのいつもと違うそっけない対応に戸惑いながらも椅子に腰を落とした。
「二人のお陰でみんな自由になったわ。元締めもいなくなったから、私達で組合を作ったの」
「うまくいってるようだね」
「ええ、今までのお客様に加えて表通りの大店も何人かお得意様になってくれたの。立ち上がりにしてはすこぶる順調よ」
「元締めいなくなったの?」
「うちの子が衛兵に聞いたそうだけど、先日の火事跡から結構な量の違法な薬が見つかったそうなの。元締めは今取り調べ中。あの一家もばらばらになってるわ」
「それが本当なら間違いなく縛り首だな」
「そうね。でも元締めは阿漕な男だったけど、この町で法を破るほど大胆とは思わなかったわ」
「良かった」
ミーネが呟く。
「なにが?」
「屋敷一つ丸焼けになったから気にしてたの。元締めが悪人と聞いて少し安心したわ」
「そうだな、奇跡的に怪我人もいなかったようだしね」
セイルもうなずく。
「ミーネちゃんの魔法も、火事の件も、誰にも言ってないわ。これからも言わない」
「ああ、それで頼むよ」
「わたし二人にお礼がしたいの」
『いらないよ』二人の声が重なる。
「そうはいかないわ」
カタリナの目は真剣だ。
「ミーネは何か欲しいものあるの?」
「ない」
ミーネは即答した。
「だろうね。じゃあこうしよう。僕達に銀貨十枚、払いはいつでもいいよ」
「セイル…………他に欲しいもの無いの?」
カタリナは俯いて問いかける。
「ないね。それだけだ」
二人の間に沈黙が流れる。
「…………そう、今日中に届けるわ」
カタリナはなぜか寂しそうに告げると店を出て行った。
「ご主人様なんか冷たいですね」
「そんな事ないさ」
「なんでキスしなかったのですか?前は頬にキスしてましたよね」
セイルはしばらく考えてから答えた。
「そうだっけ?…………一服してくるよ。店番よろしく」
「ど~ぞ」
セイルは青い上着を抱えて出かけてしまった。きっといつもの酒場で安いワインでも引っかけてくるのだろう。
ミーネはカタリナが持ってきた白い花を眺める。先ほどはセイルとカタリナ、二人の思惑が絡み合って小さな火花が生じたのを感じた。だけど人間の心情は複雑で、ミーネにうまく理解できた試しがなかった。
猫の様に右手を握って顔を撫でてみる。
しばらく後、ミーネは先ほどの寸劇を忘れる事にした。




