第五十話 幕間:盗賊の温泉
第五十話 幕間:盗賊の温泉
新年の祝祭から数日後、晒し首の谷消滅事件の三か月前の出来事です。
町では寒さ厳しい日々が続いていたが、人々は寒いからといって遊んでいる訳にもいかず、厚着をしてそれぞれの些事をこなしていた。ミーネもその例に漏れず、セイルから頼まれたお使いを市場で済まして、家路を急いでいるところだった。
「ミーネ」と声を掛けたのは、盗賊のゲオルグだった。
「あら、盗賊さん」
「盗賊は止めてくれないか」
ゲオルグは渋い顔をする。
ミーネはくすくすと笑う。今日のゲオルグは先日会った時と同様にこざっぱりとした格好をしており、髭もしっかりと剃ってあった。緑の厚手のフロッグコートが粋に決まっている。
「まぁ合格点ね」
「お眼鏡に叶って恐悦至極。急ぎかな?何か暖かい飲み物でも奢らせてくれないか?」
「あら、嬉しい。ココア飲みたいところだったの」
「ではこちらへ」
そう言ってゲオルグとミーネは近くのカフェに足を運んだ。
「よく町に来てるの?」
「そうだな、小さな商売を始めてね。結構引き合いもあるから、こちらにいた方が便利なんだ」
最初会った時は髭もじゃで毛皮を纏った森の無法者だったが、今ではいっぱしの紳士に見えなくもない。
「何の商売?」
「輸送事業の保険屋さ、需要は多くてね。人手が足りなくて困ってるんだ」
ゲオルグは金の指輪を光らせてニヤリと笑う。
「それって金を払えば、盗賊なんかに襲われても保証しますってこと?」
ミーネは暖かいココアを口に含む。
「まあそんな感じかな。商社が荷物を運ぶときに俺達、オーク保険商会に幾らかの金を払う。すると俺たちが随行して、荷物の運搬諸々を監視、指導する。もし道中何事かで荷物が失われたら、オーク保険商会は荷物の価値に相当する金を払う。無事に荷物が先方に付けば、それまでだ」
「裏では盗賊のあなたがそれをするの? マッチポンプじゃない?」
「違うよ。真っ当な商売さ」
ゲオルグは熱弁するが、ミーネには今一つピンとこない。
「商社は輸送のリスクを平準化できるんだから、ありがたい話さ。ある意味人助けだよ」
そう言ってうんうんと頷いている。
「まぁそういうことにしときましょうか」
「そう言えば以前言われた宝石関連はなかなか難しくてな。色々当たっているんだが安定した供給元が見つからない。スポットならいくらかあてもあるんだがね」
「そうなの。聞いてたとおりね」
「どうもこの町のシンジケートが思った以上に力を持っているようで、うまく入り込めないんだ。他の商材を扱う気はないか? それなら何とかするんだが」
「今はいいわ。セイルもそんなに商売広げる気もないみたいだし。あの人も怒らせると怖そうだし」
「あの人?」
「いいの。こちらの話よ」
件のご婦人と敵対するのは得策ではないと、ミーネは本能的に感じている。
(私にも都合あるのよね)
と独りごちる。
「お詫びと言っちゃなんだが、今度温泉にでも行ってみないか?」
「温泉? 唐突ね」
「ああ、森にいい所があるんだよ。俺たち盗賊しか使わないがね。最近寒いしどうだ? 特別に招待するよ」
「楽しそうね」
「おう、任せな。いつがいい?」
「明後日はどう? セイル寄合に行くって言ってたから私暇なのよ」
「いいぜ。泊まる場所も用意しとくよ。一泊温泉旅行だな。明後日の昼、北門に来てくれ」
「おっけー、楽しみね」
その後なにやら世間話を交わした後、盗賊は顔を綻ばせながら帰っていった。
明後日、北門には一台の馬車が止まっていた。その横にはおめかししたゲオルグがそわそわと立っている。
「こんにちは。今日はよろしくね………………何よその顔」
ゲオルグは明らかな仏頂面でミーネを見つめる。
「三人か?」
「何よ、気に入らないの?」
ミーネの隣に立つファンファがいきなり絡みだすファンファ。
「すいません。なんか押しかけてしまったみたいで」
場の空気に敏感なジョアンは素直に謝った。
「いやいや、気にしないでくれ。ミーネ一人かと思ってたのでびっくりしただけだよ」
「あなた、ミーネを二人きりの婚前旅行に誘うなんてどんな料簡なの?」
「いや、最近寒いから温まってもらおうかと思っただけだよ」
「このファンファ姉さんが妹弟子のそんな不品行、許しませんわよ」
と言ってファンファはけらけらと笑う。
「ファンファさんには自分の不品行を反省して貰いたいんですがね」
と澄まし顔のジョアンがファンファに突っ込む。
「…………はい」
一瞬でファンファは萎れてしまった。
「まぁまぁ、ここは仲良くね、楽しくいきましょうよ」
たまらずミーネが二人の間に入った。
どうも一筋縄ではいかない連中と絡んでしまったようだと、ゲオルグは後悔する。しかし今更後には引けないので、三人を馬車に乗せ、温泉場まで案内することにした。
馬車は盗賊の森を抜けてガタゴトと進むと、夕刻には小さな屋敷に辿り着いた。
「降りてくれ。ここが目的地だ」
「あら、かわいいお屋敷。見てミーネ」
「貴族の古い別荘地でな、敷地内に温泉が出るんだ」
「貴族は?」
「さぁ~てね。放棄された屋敷を俺たちが修繕したんだ」
「なんで放棄されたの?」
「たちの悪い盗賊が近辺を根城にしたんで、来にくくなったんじゃないか?」
三人はゲオルグを見つめる。
「俺じゃないぞ。先々代くらいの話だ。酷い話さ。さぁ部屋に案内するから入ってくれ」
まったく悪びれないゲオルグに呆れるが、そのお陰で思いがけない温泉旅行に与れたので、ミーネとしては彼を責められない。屋敷に入ると、流石に古さは否めないものの、太い柱や凝った装飾が使われており、赤々と薪が燃える暖炉の石組みも見事で、さすが貴族の屋敷と三人は感心した。
「あら、人数増えたのね?」
エプロンを着たおばさんが出迎える。
「モリー姐さんだ。ミーネ、ファンファ、ジョアンだ。人数増えたがなんとか頼むよ」
一同挨拶を交わした。
「大丈夫よ。食材あるからなんとかするわ」
「姐さん、ちょっとこっちへ」
「なにさ」
ゲオルグとモリーは離れたところでごにょごにょと内緒話をしている。時折一同の方をチラチラ見ていたが、直ぐ戻ってきた。
「じゃあ部屋に案内するわね。部屋に落ち着いたら温泉にでも入ってくるといいわ。食事出来たら呼ぶからそれまでゆっくりしてね」
モリーは何やらニマニマしながら、部屋に案内していった。
白く濁った温泉は湯量も豊富で申しぶんない。
「ミーネ、このお湯ってお肌に良いんですってよ」
「そういえばモリーさん、肌白くてすべすべよね」
「いいわ~。今度先生も連れて来ましょうよ」
「そうね、ゲオルグさんに頼んでみましょうか」
「もうこの温泉、モリーさんごと魔女の湯にしちゃえばいいんじゃない?」
「ファンファも招待された身で大概な事考えるのね」
「冗談よ~」
と言ってファンファはけらけらと笑う。
(町の人たちから魔女が怖がられるのは、こんなところなのかしら?)
とミーネは思うのだが、ミーネ自身も根っこの部分では『力は正義』を信奉しているので何も言わないことにした。
「そういえば、なんでジョアンちゃんに怒られてるの?」
ファンファの顔色が一気に曇る。
「助けて………………」
「いや、理由言わないと仲介も出来ないわよ」
ファンファは口元までお湯に潜ってブクブクとやっていたが、あきらめたように話し出す。
「孤児院にミシェルって十歳くらいの男の子がいてね」
「はい」
「セイルに紹介されたの」
ミーネの眉間にしわが寄る。
(あの馬鹿絡みなのね……………)
「怒んないでよ」
「まぁいいわ。まず聞きましょう」とミーネ。
「甘いものが食べたいと言うから、何度かお茶に誘ってたの」
「それだけ?」
「それだけよ。でもジョアンに見られてしまって、怒られてるの」
「たいした事ないわね」
「でしょ。あの子焼きもち焼いてるのかしらね?」
突然塀で区切られた隣の男湯から、桶が飛んできた。
「ファンファさん、何好き勝手言ってるんですか?」
「ひっ!」
ファンファが竦みあがる。
「違うの?」とミーネ。
「ミシェル呼び出すのに妙な暗号取り決めてしょっ中呼び出すわ、膝に乗っけて足触りまくるわ。セクハラですよ。孤児院の子に優しくするのはいいんですが、一人だけ贔屓するのは止めてくださいと言ってるんです。他の子がかわいそうだと思わないんですか?」
ファンファは再びブクブクと湯に潜る。
「挙句の果てにミシェルをホテルに連れて行こうとしたでしょ? 何するつもりだったんですか?」
「違うのよ、ミシェルがお眠だったから、膝枕で寝かせてみたかっただけなの!」
「信じられません!」
「ひ~ん、ミーネ助けて」
「ミーネさんもセイルさんにちゃんと言っといて下さい」
「は、はい?」
「何の取引か知らないけど、うちの子達を取引材料にするのは許せません!」
「ご、ごもっともです」
ミーネには反論の余地もない。細かい話は分からないが、セイルは後で締め上げよう。
「頼みますよ本当に」
『申し訳ございません』
二人は謝る事しか出来なかった。
何とか話題を変えたいミーネはジョアンに呼びかける。
「ところでジョアン、そちらの湯はどう?」
「気持ちいいいですよ。誘ってくれたミーネさんには本当に感謝してます」
「いいのよ~」とミーネ。
「孤児院の子供たちもいつか連れて来たいですね」
それを聞いてファンファは湯船で立ち上がった。
「わかったわ。明日には盗賊どもを蹴散らして、ここを『魔女の湯』にするわ。子供たちいつでも来れるようにするから、期待しててね!」
「ファンファさん。それはちょっと待ってくれないか」
男湯からゲオルグの声が聞こえて来た。
「聞いてたの?」
「ま、まあな。その件については後でゆっくり相談しようか」
「………………はい」
ファンファは頭まで温泉の湯に沈んでいった。
湯から上がると、一同は食堂で夕食を頂いた。レストランの様に格式張ってはいないが、森の恵みをふんだんに取り入れた野趣あふれる素朴な料理だ。食欲をそそる料理が、これでもかと食卓に並んでいる。そして食後は暖炉の前でワイン片手にカード遊びに興じて、全員が素晴らしい休日を堪能した。
ミーネの部屋は離れにあり、他の二人の部屋とは離れて割り当てられていた。夜中ミーネが毛布にくるまって寝入っていると、扉がぎしりと開いて冷たい風が部屋に吹き込んだ。ギシリギシリと床が鳴り、誰かがベットの脇に立つ。そして目を閉じたミーネの前髪を優しくなでた。
「ミーネ………………」
「手を挙げろ!」
毛布からファンファが半身起こして、ベット脇に立つゲオルグに杖を向ける。
「!!」
「婦女暴行未遂でお前を逮捕する」
「ち、違う」
「何が違うんだ、この色魔め。ミーネの部屋だけ離れにしやがって、お前の魂胆なんぞ、このファンファ様がお見通しだ!」
そう言ってファンファはベットの上に仁王立ちになった。
「あぁ、せっかくの旅行が台無しだ………………」
ゲオルグは膝から崩れ落ちる様にしゃがみ込んでしまった。
「黙れ犯罪者!」
「ファンファ、もういいから。ゲオルグさんも今日は遅いからもう寝ましょう。あんまり騒いでるとジョアン起きるわよ」
ジョアンの名前を聞いて、ファンファの顔が引きつる。
「わかった。今晩はあきらめて帰るよ」
「ゲオルグさん。今夜の出来事については明日ゆっくり話し合いましょうね」
ミーネの言葉に顔色を失った元盗賊は、すごすごと部屋から出て行った。
翌日この温泉宿の取り扱いについて、魔女一統と盗賊の間で話し合いがなされた。当然魔女側にかなり有利な条件で、約定が交わされたとさ。




