第四十九話 晒し首の谷(3)
第四十九話 晒し首の谷(3)
三人の指に嵌められた妖精の指輪が砕け落ちた瞬間、周囲の杭に晒された生首は怨嗟の叫びをあげた。その声は谷中に轟き渡る。
「ミーネ、逃げるわよ!」ファンファが悲鳴の様な声を上げる。
「炎よ!」
向かってくる死霊に向けて、ミーネの杖から炎の球が放たれる。強力な火球は数人の死霊を巻き込んで爆発した。
ファンファは立ち尽くすコレットを捕まえると、箒に乗せて空中に飛び上がった。
セイルは生首を素早く鞄に放り込むと、ミーネの箒に跨る。
「風の精霊助けて!」
ファンファが叫ぶと、杖から放たれた突風がミーネ達に走り寄る死霊を吹き飛ばした。
ミーネの箒がセイルを乗せて飛び上がった瞬間、死霊が投げた槍が、ファンファの箒に当たった。
「ファンファ!!」
ファンファとコレットはバランスを崩して、数mの高さから落下した。
「風よ!」
ミーネの杖から出た風がファンファとコレットの落下の衝撃を和らげるが、完全には受け止め切れずに、二人は倒れ込んで起き上がらない。そこへ死霊達が襲いかかる。
セイルはミーネの箒から飛び降りると錆びた長剣を拾い、ファンファとコレットに覆いかぶさろうとする死霊に切りかかった。激しい斬撃に数人の死霊は倒れる。しかし谷の間の通路の両側から、更に数十匹の死霊が押し寄せて来た。
「水の聖霊よ、皆を守って!」
ミーネが唱えると、三人の周囲に透明な水の防壁が張られた。間一髪そこに死霊が押し寄せる。
ミーネは死霊の投げる槍や剣をかわしながら、眼下を見下ろす。水の防壁の中ではファンファとコレットがセイルに助け起こされている。どうやら大きな怪我は無いようでホッとする。しかしファンファの杖と箒は、死霊たちの群れの下にあるのか見当たらない。そして既に数百匹を超えようかという死霊は、水の防壁の周囲を覆い、互いの上に乗り上げて、防壁全体を覆い隠そうとしていた。
ミーネは右手に握った杖が、少しずつ熱を帯びていくのを感じていた。ミーネは連続発動の魔法が苦手だ。ミーネの魔力は大きいが安定性に欠ける。このままだといずれ防壁も消え去るだろう。絶体絶命の危機にミーネの額を汗が流れる落ちる。
その時ミーネの腰の鞄から光が漏れた。箒の上で器用に鞄を手探りすると、中から青色の光を放つ妖精の杖が現れた。ミーネがその杖を左手に握ると、小さな声が頭の中に聞こえてくる。
『…………解放して…………らを解放して……………………助け………………』
「私達を助けてくれるの?」
『…………助けてあげる…………彼らを解放して…………』
一瞬ミーネの脳裏に妖精の贈り物を信じるなという先生の言葉が浮かぶ。しかし今はそんなことを考えている場合じゃなかった。地上の水の防壁は既に死霊たちに覆いかぶされ、右手に持つ杖は持つのが辛いほど熱くなっている。
「死霊達を解放すれば助かるの? 信じるわよ」
ミーネは飛んでくる槍を寸でのところで避けて、左手に妖精の杖を構える。
「行け! みんなを助けて!!」
ミーネがそう叫んだ途端、身体中の魔力が杖に一気に吸われた。
「なっ!?」
ミーネは気が遠くなりながらも、辛うじて箒のバランスをとる。
杖の先端は激しく輝くと光の玉が放たれ、死霊の群れの中心に衝突した。そして光の波紋が谷全体に広がり、視界に入る全てが輝きに包まれた。
光の奔流に呆然とするミーネの目の前に、突然妖精ミザリーが現れた。
『ごめんね』
そして次の瞬間、炎が谷の全てを飲み込んだ。
ミーネが光の玉を放つ少し前、水の防壁の中ではセイルがファンファとコレットを助け起こしていた。
「ファンファ、体はどう?」
「うん、どこも折れてないわ」
「コレットさんは?」
「大丈夫です」
ファンファは周囲の水の防壁を見回す。
「ミーネの魔法ね。彼女は?」
「箒に乗っていると思う」
「私の杖と箒は無いわね?」
「たぶん外にある」
防壁は透明で外の状況が分かる。周囲には首のない死霊達がひしめき、互いに踏みつけ合っては防壁の天井まで埋めつくしていた。
「参ったわね。ミーネもたぶんこの防壁を維持するだけで手一杯よ」
防壁の中の三人が絶望に表情を曇らせたその時、強烈な光があたりを照らす。そして次の瞬間、紅蓮の炎が周囲を埋めつくした。
「!!」
渦を巻く炎の合間から、あちらこちらに突きたてられた杭が火柱を上げているのが見える。炎は風を呼び、燃え上がる死霊たちの体を容赦なく舞い上げた。両脇の崖を舐め上げる炎で、巨大な岩が崩れ落ちて、大地を振るわせる。
三人が呆然と炎の舞を見つめていると、水の防壁は天頂より徐々に消えていった。炎のピークを過ぎたとはいえ、未だ凄まじい熱と突風が防壁内に吹き込んでくる。
「這いつくばるんだ」
セイルは叫ぶと二人の体の上に覆いかぶさった。三人は口元をマントで隠して、かろうじて熱を避ける。
そのままの姿勢で固まっていると、徐々に周囲の熱が収まっていった。
ファンファは立ち上がると叫んだ。
「ミーネ!!」
未だ熱風は肌を焼くが、炎は収まりつつある。杭は悉く焼け落ちて僅かに根元の部分が炭化して残る状態だ。あれだけひしめいていた死霊も姿がなく、黒く焼け焦げた鎧と骨がそこかしこに散らばっている。
三人は燻る煙に喉を痛めながらも、ミーネの名を呼び続けた。
どれだけミーネを探し続けただろう。セイル達は谷の通路の先に、三人の人影を見つけた。セイル達が近づくと、それは山裾の魔女と、妖精女王、リーフの三人だった。
「先生!ミーネが…………」
ファンファが煙に掠れた声で叫ぶ。
山裾の魔女はファンファに目をやるが、直ぐに目の前の黒い塊に視線を戻してしまった。
ファンファは三人に近づくと、彼らが陰鬱な表情で見下ろす黒い塊を見つめた。よく見るとそれは人の形をしていた。
その日、四十年間ファルス都市国家を守り続けた晒し首の谷は、地上から姿を消した。




