第四十八話 晒し首の谷(2)
第四十八話 晒し首の谷(2)
夕刻になると、どこぞで時間を潰していたセイルが店に帰ってきた。
「お帰りなさい。ご飯あるわよ」と若妻気分のミーネ。
「ただいま。ファンファさんまだいたんですね。もちろんまた会えて嬉しいですよ」
とファンファに気を使いながら食卓につくセイルだった。
「魔女様に聞いてみた?」
「ダメだって」
「なんでだろう?」
「あそこは私達じゃ危険なんだって。この前貰った妖精の指輪があれば、死霊は指輪の持ち主を攻撃しないそうなの。でも彼女の祖父の遺体を持ち帰るのは、他の死霊たちが許さないそうよ」
「魔女様でも方法ないのか」
「危ないからあの谷には絶対関わるなと言われたわ」
「でも妖精の指輪があれば、死霊は攻撃してこないんだろ?」
「妖精の贈り物は信じちゃダメって、以前先生言ってたわ」とミーネ。
セイルはしばらく考えていたが、
「魔女様がそう言うなら危険なんだろうね。分かった、あきらめるよ」
ミーネとファンファはほっとした。
「あんた一人でも行くとか言い出すと思ったわ」
「それほど無鉄砲じゃないよ。明日コレットに説明するよ。彼女も納得してくれるだろう」
「それがいいわね」
こうしてその夜の話し合いは終わった
翌日朝一にセイルはコレットに会いに出かけた。ファンファは店に泊ったので、そのままミーネの傍でグダグダする一日を過ごしている。
昼前になって扉の鈴が鳴り、衛兵のヴァイターが顔を出した。
「あら、何しに来たの?」とファンファ。
「それが客に言うセリフか?」
それを聞いて、カウンターに片肘を付いたファンファはけらけらと笑う。
「セイルはいないのか?」
「ご主人様は朝から出かけてるわ」
「実は東門からセイルが町を出たという情報が入ってきた。晒し首の谷に行くと言っていたそうだ」
「!!」
「女の子連れてたでしょ?」
「ああ、コレットという女性と一緒だったらしい。お前たちに何か情報あるかと思って来てみたんだ」
「女の子のお爺さんの遺体の回収に行ったのよ」
ヴァイターは眉をしかめる
「馬鹿な事を、そんなこと出来るわけがない。死霊に囲まれて喰われるだけだ」
「行くわ、ヴァイターありがとう」
ミーネは箒を掴むと店の外に走り出て行った。
ミーネは人目も憚らずに箒に跨ると、空に駆け上がった。城門を超えたあたりでファンファの箒が追い付いてきた。
「先生に怒られるわよ」
「仕方ないわ、一緒に怒られてね。お姉さま」
「もう、仕方ないな~。可愛い妹の為だからお姉ちゃん一緒に怒られてあげるわ」
ファンファは楽しそうに笑った。
「指輪あるから、直ぐに喰われれたりしない筈よ。落ち着いてね、ミーネ」
「うん」
二人は城壁を越えて、晒し首の谷に入る。谷は厚い霧に囲まれており、気温は一気に下がる。上空からでは地上の様子が分からないので高度を下げると、谷の様子が見えてきた。
地上には何本もの杭が刺さっており、そのすべての杭に兵士の生首が刺さっている。その生首は恐ろしいことに、目玉を動かして空を行く箒を目で追っていた。そして首のない兵士の体があちらこちらで彷徨っている。幾つかの首無し死体は今でも剣や盾を持っており、時折でたらめに振り回しては、バランスを崩して倒れた。
「酷い…………」
ファンファが呟く。
恐ろしい死霊だが、ミーネは彼らが人間であった時の事を思わずにはいられない。敵国の兵士であったかもしれないが、国では良き息子であり、父であったのだろう。こんな罰を受けるに相応しい罪とはなんだろう。彼らは何も語らぬままに、彷徨い、互いにぶつかり合いながら、剣を振るう。
濃い霧の中、地上数メートル上を飛んでいると、セイルとコレットを見つけた。彼らは手を取り合いながら霧の中を進んでいる。死霊が二人に向かってきたが、セイルが指輪をかざすと、彼らを避けて歩み去った。
ミーネとファンファは静かに二人の傍に箒を下ろす。
「来てくれたのか」
「行くなって言ったでしょ!」
ファンファがセイルの頭をぐりぐりとこずく。
「すいません。私のせいなんです。私が一人で行くと言ったら付いてきてくれたんです」
コレットがセイルを庇う。
「ご主人様、もう帰りましょう」
「この先で、コレットの祖父の遺体が見つかるかもしれないんだ」
「夢の中ではあの角の先に、祖父の頭を刺した杭がありました」
話している間に、一匹の死霊が近づいてきた。しかしセイルが指輪をかざすと、向きを変えて去って行く。
「魔女様の言う通り、死霊は指輪の持ち主を襲わない。もう少し進んでみようと思う」
ミーネはファンファと目を合わせる。二人もあの角の向こうくらいならとは思わないでもない。
「仕方ないわね」
「あの角の向こうまで行ったら、全員箒で帰りましょう」
「助かるよ」
「有難うございます」
こうして四人は手を取り合って谷を進んだ。死霊達の動きは不規則で予想が付かない。更に恐ろしいのは杭に刺された彼らの頭だ。直ぐ側を通るミーネ達を白く濁った眼で追ってくる。中には歯をむき出して噛みつこうとする物までいた。そこには底知れぬ悪意と飢えと狂気が感じられ、一同の心胆を寒からしめた。
目標の角を越えると、少し先に一本の杭が刺さっていた。杭の先端には他と同じく兜を被った生首が刺されている。
「あれです」
コレットは吸い寄せられるように、その杭に向かう。そして杭の前で立ち止まるとじっとその生首を見つめた。
「お爺さん…………」
生首は最初は何の反応を示さずに、目をぎょろつかせて、歯をむき出しにしていたが、じきに目の前のコレットに目の焦点を合わせた。
「うが…………うが…………」
「お爺さん、コレットです。リーゼロッテお婆さんの代わりに来ました」
「リゼ…………リゼ…………リーゼロッテ」
「そうです私はリーゼロッテとあなたの孫です」
「リーゼロッテ、リーゼロッテ」
生首の濁った眼の狂気が隠れ、正気の光が瞬く。
「リーゼロッテ、ああ、愛するリーゼロッテ」
「リーゼロッテお婆さんは今、国にいます。お爺さんの事をずっと案じています」
「おまえは…………逃げなさい、こんなところに…………いてはいけない」
「おじいさん一緒に帰りたい。こんなところに置いていけない」
コレットは泣きながら一同に振り返る。
「せめてちゃんと弔わして下さい。お願いします」
そう言うとコレットは泣き崩れてしまった。
「先生ダメだって言ってたわ。他の死霊が許さないって」
「でも、首取ったら箒で一気に逃げるのは無理かな?頭だけならなんとかなるような」
「やる?」
「う~ん。ほっとけないよね」
「今更だけどさ、駄目と言われた谷に来ちゃってるし」
「がんばろ、ね?」
「オッケー。じゃあセイルがその生首を抜いて、鞄に詰めたら一気に箒で飛び上がるわよ。私はコレット乗せるから、セイルはミーネの箒に乗りなさい。飛んだら谷の上に出ましょう。いいわね」
一同は頷く。
「コレット、お爺さんに話しかけてて、おじいちゃん落ち着くみたいだから。いくわよセイル」
「準備できた」
「せーの!」
『ピシッ!』
その瞬間、セイル、ミーネ、ファンファの指にはめられた妖精の指輪が砕けた。彼らの周りの杭に晒された生首の濁った眼は、突然現れた獲物を凝視する。そして生者への憎しみと、積み重なった怨嗟を込めて、凄まじい叫び声をあげた。




