第四十七話 晒し首の谷(1)
第四十七話 晒し首の谷(1)
木々は芽吹き、花の香りは町に漂い、人々は春の陽気に包まれて、どこか浮かれた気分が町に漂っていた。
その日ファンファとミーネが市場のカフェで世間話に花を咲かせていると、セイルが女の子を連れて店に入ってきて、二人の気分をぶち壊しにした。
二人の気分が分からないのか、知らないふりをしているのか、セイルは連れの女性を紹介する。
「こちらコレットさん。ポルト公国から来られたんだ」
コレットと呼ばれた女性は頭を下げる。茶色い髪をショートにした二十二、三の女性だ。
「はじめまして。おくつろぎの所申し訳ありません」
仕方なくミーネとファンファも挨拶を返す。
最近『社交性』という言葉を覚えたミーネはとりあえず聞いてみる。
「どのようなご用件でこの国に来られたんですか?」
コレットは、セイルに勧められて椅子に腰を下ろすと話し始めた。
「実は私のお爺さんが四十年程前、この国との戦争に参加したのですが。晒し首の谷に遺体がまだあるそうなんです」
いきなり春の陽気にそぐわない話を浴びせられて、ミーネとファンファの気分が冷え込む。
「………………」
「祖母がそれをいたく気にしておりまして、祖父の夢を見るそうなんです。夢の中で祖父は故国に帰りたいと言っているとか。何とか遺体を回収することができないかと思い、この国に参りました」
「そんなこと出来るの?」
ファンファはセイルに問いかける。
「あの谷に入ると死霊に襲われると聞くね。遺体回収どころか、入って無事に出てきた人間はいないんじゃないかな」
ファンファの目が細くなる。
「じゃあ何で私達にこの子紹介したのよ?」
セイルはファンファの目つきに腰が引けながらも答える。
「魔女様なら何か方法を知ってるんじゃないかと思って」
「…………」
「彼女非常に困っているようで、何とかお手伝いできないかな?」
「あの、祖母はもうそんなに長くないと思うんです。最後の心残りを何とか叶えてあげたくて…………。ご迷惑とは思うのですが、何か方法はないものでしょうか?」
コレットは目に涙を浮かべて頼み込んでくる。そりゃそうだろう。他の人間ならあんな魔境に行こうなんて考える筈がない。それはポルト公国でも同じだろう。魔女に頼りたくもなるもんだ。
「でも仮にあの谷に入れたとして、お爺さんのご遺体見つかるかしら?」
「実は、私も最近あの谷に入る夢を見るんです」
二人は驚きの表情を浮かべる。
「あの谷が夢の通りなら、祖父の遺体を見つける事が出来ると思います」
「夢ってしょっちゅう見るの?」
「一月ほど前から時折り見ていたのですが、この町に来てからはほぼ毎日です。それに次第に夢が鮮明になってきて。祖父が呼んでるんじゃないかと思うんです」
「正夢って言うけどね、どうなんだろう?」
「それも行ってみればわかるかと」
ミーネは彼女がかわいそうになってきた。安請け合いするセイルには怒り心頭だが、彼女には罪はない。
「とりあえず山裾の魔女様に聞いてみます。ただ何と言うかは想像つかないのですが」
「有難うございます。本当にありがたいです」
「さすがミーネ」
ファンファは机の上のセイルの手にフォークを突き刺すが、寸での所で避けられる。
「コレットさんは町のホテルにお泊りだね。何かわかったら連絡するよ。」
「よろしくお願いいたします」
「じゃあホテルまで送ろう、少し観光でもして行く?」
「いえ、ホテルに真っ直ぐ帰ろうと思います。道も分かりますので、気にしないでください」
そう言うと、コレットは何度も頭を下げながら帰って行った。
「どこで見つけてきたの?」とファンファ。
「城前の広場」
「捨て猫拾うみたいにぽんぽんぽんぽん。訳ありの女拾って来る自分をどう思う?」
ファンファはジト目でセイルを睨む。
「あんたの頭の上には、ややこしい女を見分けるアンテナでも付いてるのか?」
「困ってたから、ほっとけなくて」
セイルはアンテナって何かしらと思うが、魔女用語だろうと勝手に解釈する。
「はぁ~」とため息をつくファンファ。
「まぁまぁ」
ミーネは苦笑いでファンファを宥める。
「ミーネもセイルに甘すぎるんじゃないの?こいつ魔女の事を町の便利屋位にしか考えてないわよ」
「そんなことないわよね」
「もう一回教育必要なのかしらね?」
その瞬間セイルの体がびくりと震える。
「あの、ちょっと用事を思い出したので、これで…………あとよろしくね」
そう言うとセイルは立ち上がって、逃げるように立ち去ってしまった。
「逃げるな馬鹿!」
ファンファの罵声がセイルの背中に浴びせられたが、セイルは右手を上げると走り去って行った。
「なに?」
「知らないわ、あんな馬鹿」
ミーネはよくわからずに、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
店に帰ると直ぐに、ミーネとファンファはガラス球を使って先生に相談してみた。
「だめよ。今回は関わらないで」
先生はにべもない。
「何でですか?」
「あなた達、晒し首の谷について何を知ってるの?」
先生の質問にファンファが答える
「四十年位前にポルト公国が攻めて来たので、兵隊の首を切って棒の先に刺して晒している。その棒は妖精の木から作ったので、谷全体に呪いがかかってしまった。だからそこに入ると死霊に襲われて、誰も帰ってこれない」
「そうね。兵士の恨みと妖精の呪いが混ざってしまって、本人達にも、どうしようもなくなってるの」
「じゃあ彼らの魂はずっとそのままなのですか?」
「世界が滅びるその時が、彼らの救いとなるでしょうね」
「何か方法は無いのですか?」
「あなた達が妖精からもらった指輪を持っていれば、恐らく彼らはあなた達を攻撃しないわ。夢だか何だか知らないけど、その娘さんの祖父の遺体を見つけることが出来るかもしれない。でもあそこから遺体を運び出するのは無理よ。他の霊がそれを許すとは思えない。しかも危険が大きすぎる」
「…………」
「なにか方法は…………」
「無いの。今回は無理。その娘さんはかわいそうだけど諦めなさい。いいわね。返事は?」
『はい』
ミーネとファンファは答える。
先生はそれを聞くと、通話を切ってしまった。
「無理ね。あきらめましょ」
「うん。でもあの子かわいそうだわ。夢に見るなんて、相当思い詰めているのよ」
「でも先生が無理って言ってるし、私達逆らえないわよ」
「う~ん」
「セイルに言いにくいんでしょ。私が言ってあげるから大丈夫よ」
ファンファはそう言うと、ミーネの髪を撫でた。




