第四十六話 幕間:ミーネとメンダス
第四十六話 幕間:ミーネとメンダス
「ご一緒してもいいかな?」
カフェで一人メニューを見据えていたミーネにメンダスが声をかけてきた。薄茶のチェニックに黒革のブーツがおしゃれに決まっている。
ミーネは目も上げずに答える。
「奢ってくれますか?」
「いいさ、何でも頼みたまえ」
「カニのパスタとワインのお代わりを下さい」
「私は木苺のパイとエールを頼むよ」
ウェイターはメモを取ると厨房に下がって行った。
「木苺とエールですか?」
「木苺にエールの苦みが合うんだよ。おかしいかな?」
「別にいいんですが」
ミーネはそんなもんかと納得する。
「で、セイル君と喧嘩かね?」
「わかります?」
「まぁね。君達ともそこそこの付き合いだからね」
「ですか………………」
ミーネはメンダスに人生相談して貰いたいなんて考えた事はない。しかし人に聞いて貰えば少しは気も晴れるかな思い、昨日の話を始めた。
「昨日大通りで馬車に女性が轢かれかけてたんです」
「はい」
「で、セイルがその女性を助けたんですよ」
「いいやつだね」
「その女性、お礼したいのでセイルの名前聞きたがったのですが、何も言わずに去って行きました」
「君は一緒に居たのかい?」
「私は偶然離れたところで見てました。とてもかわいらしい女性でしたね」
「素晴らしくいいやつじゃないか」
そこでミーネが目を細める。
「何だい?」
「普通そういう時って、下心出して女性にアプローチ掛けませんか?」
「まあ普通はそうなんだろうね。でも彼は君がいるから遠慮したんじゃないか?」
「自慢じゃありませんが、ほぼ一年一緒に暮らして、あのチキン野郎は私の寝室に近づいた事もありませんよ」
「血を吐くような告白だな」
「血を吐けるならとっくに吐いてますね」
「まぁ続きをどうぞ」
ミーネはワインを喉に流し込む。
「私に興味ないなら別にいいんですが、それならそれで普通によその子と恋愛とかして貰えませんかね」
「ここから分からなくなってきたな」
「私はご主人様を幸せにするために、一緒に暮らしてるんです」
「以前そのような事言ってたな」
「本人が幸せになる気ないなら、私どうすればいいんですか?この一年の成果無しですよ。あの唐変木のお陰で、一年棒に振ったようなもんですわ」
「今一つピンとこない話だが、まぁ飲みたまえ。だんだんここに来たのを後悔してきたよ」
「普通のあの年頃の男の子って、かわいい女の子いたら腰振りながら、後付け回すもんでしょ。ご主人様ったら何をカマトトぶってんのか、常識疑いますよ」
「君の常識も大分と歪んでると思うんだがね」
「さっきからチマチマとうるさいですね。メンダスさん飲んでますか?」
「飲むから声を小さくしようか。まだ昼間だよ」
ミーネは頭を抱えてテーブルに突っ伏せる。そして上目遣いにメンダスを見た。
「わたしどうすればいいんでしょ?」
「君は頑張ってるよ」
「メンダスさんを禿にする魔法もまだうまく出来ないし」
「聞き捨てならない話だね。そんな魔法あるんだ」
「先生に聞いたら面白がって教えてくれました。でもちゃんと練習しないと頭の皮も剥がれるんですって」
「魔女様とは弟子の教育方針を一度話し合わないといけないな」
「ちゃんと練習してるから大丈夫ですよ」
「その努力はいったん中止しようか」
ミーネは深くため息をつき、指先でワイングラスの水滴をなぞる。
「つまんない」
「飲みすぎだよ。料理を食べ終わったら少し遠出してみようか。丁度新しい馬車の試し乗りをしていたところなんだ」
食後ミーネはメンダスの馬車に乗って、川沿いを走っていた。二頭の馬車に引かれた二人乗りの馬車は軽やかに道を走る。ミーネは爽快な気分で風を感じていた。馬車は町の東門を出て海岸線を進み、岩の点在する草原を抜け、じきに崖の上から海を見渡す高台に着いた。
馬車から降りたミーネは、海を望む絶景に言葉を失う。右を見ると走ってきた海岸線の向こうに、城壁に囲まれたファロス都市国家が威容を誇り、目の前にはファロス湾が渓谷を経て大海に続いている。海から吹き上げる風は優しくミーネの髪を巻き上げた。
ミーネが崖の縁に立つと、メンダスがミーネの腰に手を回す。ミーネはそれをさして不快とは思わずに、彼の上着を掴んだ。
「いい景色だろ」
「ええ、こんな所があったんですね。メンダスさん女の子連れて来たりしてるでしょ?」
ミーネはいたずらっぽくメンダスを見上げる。メンダスは整った顔に、いつもの皮肉な笑みを浮かべて答えた。
「ここに来るのはいつも一人かな。あれを見たまえ」
メンダスが指す方向を見ると、ファロス湾から海に続く渓谷に崩れたようなあとが見えた。
「崖崩れてますね」
「あの崩落のお陰で、大きな船はファロス湾に入ることが出来ない。あの渓谷を行き来できるのは小さな漁船くらいだろうね」
「不便ですね」
「確かに。しかしそのお陰で大型軍船の侵入を免れてるんだ」
「あの崖崩すのに、迷いの森の蛇に生贄捧げたと聞きましたが?」
「町の噂だろ。真偽の程はよくわからないな」
「ふ~ん」
「次にこちらに来てもらえるかな?」
ミーネはメンダスに誘われて、海に背を向けると、海の反対側に進む。するとそこにも渓谷があり、谷の下には深い霧が渦を巻いていた。ミーネは霧に漂う陰鬱な気配に、思わずメンダスの手を握る。
「晒し首の谷だよ」
ミーネは息を呑む。
「これのお陰でポルト公国からの侵略を凌ぐことが出来たんだ」
「メンダスさん何か言いたいことあるんですか?」
「特にないかな。ただね見てごらん。美しい町だろ?」
メンダスは町の城壁を振り返る。
「この町が現在の姿を形作るまでには、途方もない血が流れたんだ。今の若い子たちは知らない話だがね」
「…………」
「少しは気分、変えられたかな?」
「ダウン方向に気分変えてどうすんですか?最初は良い景色見せて口説かれるのかと期待してたのに、こんなもん見せられたら、気分台無しじゃないですか」
メンダスはミーネの目を見つめる。
「口説いて良いのかな?」
「へっへっへ。度胸あるならやってごらんなさいな」
と言ってミーネは口の片端を上げてニヤリと笑った。
「………………今日はやめておこう」
メンダスはたじろんで答えた。
「いくじなしですね」
ミーネの言葉に二人は笑った。
「町に帰って飲みなおそう。酒場でエールでも煽れば君の気分も晴れるだろう」
「また奢ってくれますか?」
「もちろんさ。女泣かせの朴念仁の悪口で飲み明かそう」
こうして二人はお互いの手を取ると、町に向かって馬車を走らせたのでした。




