第四十五話 春のご馳走(3)
第四十五話 春のご馳走(3)
セイルとミーネが、犬も食わないようなしょうもない痴話げんかを狼の森で繰り広げていると、大きな狼が森の中から現れた。
その狼は普通のそれの二倍はあるだろう。毛は白く長い眉毛がなぜか長老のような威厳を与えている。
ミーネは髪の毛を逆立てながらも、とりあえずは何か言わなければと会話を続ける。
「狼さんしゃべるんですね」
「年も経れば狼だとて喋るようになるわ」
(そんなもんなのかしら?)とミーネは思う。
「狼さん、狼除けは気にしないんですか?」とセイルも会話に加わる。当然敬語だ。
「わしくらいになればあんなものたいした効果はないな。魔女殿との取り決めもあるから、近づかないだけじゃ」
と言って狼はくすくすと笑った。
「で、おぬしら何しにこの森に来たのじゃ?」
セイルはどう言おうか一瞬悩んだが、結局正直に言う事にする。
「キノコを採りに来ました」
「なんと物好きな。たかがキノコに命を懸けるとは。人間なら他に食えるものいくらでもあるじゃろ?」
「先生……魔女様が食べたいというので」とミーネ。
「………………じゃあ仕方ないの。あれはわがまま気まぐれじゃからの」
最後の狼の言葉は小さくつぶやくようだ。
「魔女様をご存じなのですか?」
「昔世話になってな。我らがまだ混沌に塗れて、あり様を決めかねていた折にこの姿を与えてくれた。我ら半端物が、この世界に居場所があるのも魔女様と悪魔のお陰かの」
「はぁ」
「借りはあるが、それ以降度々便利に使われたので、貸し借りはちゃらになっているかもしれんがな」
「魔女様に借りがあるのか無いのかどっちなんでしょう?そこら辺重要なんですが」
土壇場のくそ度胸に定評があるミーネが突っ込むと、狼はくっくと笑った。
「まぁ腐れ縁じゃの。魔女の縁者で妖精の指輪をするお前らは喰わんよ。心配するな」
二人はその言葉に胸を撫でおろす。
「ところで悪魔ってなんでしょう?」
狼は長い眉毛の下からミーネを見つめる。
「悪魔に興味があるのか?」
「時々話を聞くので」
「おかしな奴よ。神に見放されたと考え込んでいる。神なんぞいるのかいないのか、分からんのにな」
狼は前足に顎を乗せて目を閉じた。焚き火の光が白い狼の毛皮を美しく照らす。
「悪魔は魔女と共にこの世界の成り立ちに与っていてな、悪魔に会いたいなら簡単じゃ。その名を三度呼べばよい。お前が望みを言えば、代価と引き換えに力を借りられよう。お勧めはせんがね」
「なんでですか?」
「奴は大昔に人と定めた誓約に縛られているので呼べば来る、約束は守る。しかし性根は虚言を操る者。呼び出した人間の思い通りに望みが叶えられるとは限らんな。魂を汚したくなければ、奴に近づくなよ」
そう言って狼は焚火の中に器用に唾を吐いた。
「ではわしは行く。どんなキノコがご所望じゃ?」
「モレルと言う、先端が網目状になったキノコです」
「そいつなら道を外れて東に少し進んだあたりに山ほど生えておった。好きなだけ持っていくがよい。それからその香は臭いから勘弁してくれ。怖がらんでも、お前らは喰わんよ。定められた役割を成すがいい。それがお前らの望みに繋がるかはわからんがな」
「?」
「それから人の世を捨てたくなったらこの森に来い。この森はお前らを迎えよう。ここはそういう場所じゃ」
そう言い残すと、白い狼はのそりと立ち上がって森の中に消えて行った。木々の間を徘徊していた狼の光る眼は消え失せ、狼の遠吠えも遠くに離れて行った。
ミーネは黙って聞いていたセイルと目を見交わすと、狼除けの香をそっと消して毛布を被った。
危険は無いと考えていいだろう。狼にみんなを食べる気があるなら、とっくに食べられている。緊張の糸が切れた二人は、すぐに寝息を立て始めた。
翌日狼に言われた場所に行くと、辺り一面にキノコが生えていた。
「うひ~!!」
パオラはおかしな悲鳴を上げて立ち尽くす。
「すごい、こんなに沢山!」
そしてセイル、ミーネ、ファンファに抱き着くと皆の頬にキスをして回った。
「ありがとうございます。これで店は何とかなります〜」
ミーネが一本のキノコを抜いて香りを嗅ぐと独特の香りがした。一同はこれを刈り取り、四つの大きな袋を一杯にした。
町へ帰ると、パオラから金銭のお礼を申し出てきたが、それは断った。代わりにキノコのパイを含めて山ほどのご馳走を受け取ると、ミーネとファンファは山麓の先生の家にまで飛んだ。
「でかした弟子ども」
「お褒めに預かり恐悦至極」
二人はテーブルに数々のご馳走を並べる。
パオラに持たされた高級ワインを手に、料理の数々に舌鼓を打つと、今回の苦労も報われた気分だ。
「セイルは来ないのね」
「やっぱり先生が怖いみたいですね」
「そんなにいじめて無いんだけどな?」
「先生、セイルと会った事あるんでしたっけ?」
「無いわよ」とファンファが答える。
「なんでファンファが答えるのよ?」
「先生はセイルと会ったこと無い設定なのよ」
「ん?」
ミーネにはよく分からない話だった。
沢山のご馳走を平らげた後、三人でワイン片手に暖炉を囲んだ。
「先生、わたくし今回はかなり頑張りました」
「そうね、ファンファも良くやってくれたわ。でもあなたの素行不良はまた別の話よ」
「…………」
「妖精と仲良くするのもいいけど、彼らは人間とは異なる倫理で動いているの。あまり慣れ合うのはお互いにとって良い事じゃないの」
「はい」
「年相応の彼氏でも作りなさいな。それなら余計な考えも起きないでしょ」
「はぁ」
反論の余地の無い説教に、ファンファは俯いてしまう。
先生はワインを口にすると付け加えた。
「あなたも年頃で可愛いんだから、その気になったら良い人位すぐ見つかるわよ」
ファンファは少し赤くなって顔を上げる。
「先生に良い人はいないんですか?」
「…………」
先生の目が閉じられ、唇の端が上がる。
「あの…………」
「明日ファンファちゃんには、特別なお仕事お願いしようかしら」
「せ、先生?」
「東の砂漠の向こうにお届け物しないといけないの」
「砂漠嫌です!」
「お願いね」
こうして女性三人の賑やかな夜は更けて行くのでした。




