第四十四話 春のご馳走(2)
第四十四話 春のご馳走(2)
狼除けを届けに来たファンファとミーネが近況報告と無駄話に花を咲かせていると、セイルが帰ってきた。
「ファンファさんいらしてたんですね。こんにちは」
「あなたまたミーネを変な事に巻き込んでるでしょ」
「ははは」
ファンファに睨まれたセイルは、笑って誤魔化す。
「ファンファ狼除け持ってきてくれたのよ」
言いながら、ミーネはセイルの上着にブラシをかける。
「これが狼除け?」
「そうよ。香炉に入れて燃やすそうなの。一つでだいたい三時間は保つそうよ」
ファンファは革の袋から黒い親指の先ほどの大きさの塊をテーブルに広げて見せる。
「数えたら三十個あるから、昼夜三日間ちょいくらいはキノコ探し出来るわね」
「じゃあ明日にでも出発しよう。パオラさんにも言っておくよ」
翌日、御者の操る荷馬車に乗ったセイル、ミーネ、ファンファ、パオラの四人は、町の北門を出て狼の森に向かった。
「馬車で狼の森に入るの?」とファンファ。
「馬車には森の入り口で待機してもらいます」
パオラが説明する。
「馬怖がるから、あんま近くにはいけねーぞ」と御者。
「分かってます。三日で帰りますので、何だったら離れた所で待っててください」
「折角狼除け持ってるんだから、もっと大勢でキノコ採りまくればよかったんじゃないの?」
ミーネが当然の疑問を口にする。
「いざという時、箒に乗って逃げられないからね。安全考えてまずはこの人数にしたんだ」
「言われてみたらそうね」
ミーネは先日の狼の森で見た、木々の間を見え隠れする彼らの光る目を思い出す。ミーネは元来犬系の動物は苦手だ。だが野良の時代はそうも言ってられない。生存圏が同じなので勝てないとわかっても立ち向かわざるを得ない時もあった。犬への恐怖はいざとなったら克服する自身はあるが、できれば関わりたくないというのが本音だった。関わらざるを得ない状況なら、安全マージンは大きくとらなければならないと、ミーネの中の野生の本能が囁く。
「安全第一ね。うん」
そう言って納得した。
一同は狼除けを焚いて、廃れた道を徒歩で辿る。時折森に分け入ってキノコを探すが、なかなか見つからない。
「なかなかないわね」とファンファ。
「一本見つかれば、周りに群生しているはずなんですが」
パオラはすまなそうだ。
「三日間あるんだから気長に探そう」
森の奥に進みながらキノコの捜索を続けているうちに、日も落ちてきた。森の中はつるべ落としで暗くなる。
「仕方ない。今日は森で一泊だな」
「はい、夕食の用意をします」
パオラが作る夕食はおいしい。パンとスープの簡単な野営食なのだが、一味違う。やはり本職とミーネは感心した。
「おいしいわ」
「ええ、本当に」
一同が褒めると、パオラは少し恥ずかしそうだ。
「すいません。簡単なもので」
「いやいや、毎日食べたいくらいだよ」
突然森の中に狼の遠吠えが響いた。
『わお~~ん』
声はまだ遠いが、一同の会話が止まる。
「………………」
「来たわね。狼除けの効果切らさないようにしないと」
「交代で見張りしよう。居眠りでもしたら大変だから、二人づつ起きているようにしようか」
「そうね、伸びても三日だから何とかなるでしょ」
「僕とミーネ、ファンファさんとパオラさんで三時間づつ寝よう。狼除けが切れたら交換だ」
セイルは焚火に木をくべながら話す。
「じゃあ先にファンファさんとパオラさんは休んでね」
「お願いします」
そう言って二人は床に就いた。
森の夜は長い。深夜ミーネが二度目の夜番に起こされた。
「ミーネ、起きて。セイルも交代よ」
「どう?狼の様子」
「周囲にいるわ。様子を伺ってるみたい。杖を手放さないでね。狼除けは今継ぎ足したところよ」
携帯式の香炉の中からは頼もしい煙が上がっている。僅かにツンと嫌な匂いもあるのだが、今の状況ではこの煙に全員の命がかかっている。
「わかったよ。二人とも休んでくれ」
話しながら目覚めたセイルが伸びをする。
「なんか狼増えてない?」
ミーネは周囲の雰囲気に不安を覚える。
「そうだね。でも狼除けがあれば安心だろ?」とセイル。
「先生、効果は完璧じゃないと言ってたような」
「今更怖い事言うなよ」
セイルは目を見張る。
「セイルが行きたいって言ったんじゃない」
「そうだけどさ」
「パオラさんきりっとしてて美人よねぇ」
ミーネは周囲の状況もあって、なんかいらいらしてきた。
「そういうのじゃないよ」
「背も高くてスタイルいいし。うらやましいわ~」
「ま、確かに美人だけどさ」
「………………」
「なに?」
ミーネの苛立ちを示す目盛りが跳ね上がる。
「そこでご主人様は『君の方が綺麗だよ』ってなぜ言えないのかしらね?」
「いや、そこなのかい?」
「そこ以外に何がるんですか?女性に対する基本的な礼儀です」
ミーネは大げさに溜息をつく。
「あ~あ、ゲオルグさんは『ミーネには傷付けさせない。いざとなったら俺を置いて逃げろ!』って言ってたな。嬉しかったな~」
「今はあんな盗賊は関係ないだろ?」
「じゃ何が関係あるんですか?」
「くっくっくっく」
「なに笑ってんのよ!」
「僕じゃないよ」
ミーネが周りを見渡すと、一匹の大きな狼が木々の中からのそりと現れる。そして火の傍にうつ伏せに横たわった。
「ひっ!!!」
「狼!」
ミーネは杖に手を伸ばす。
「何もせんからそんな物騒なものに手を伸ばすな」
狼はそう言うと口の端を釣り上げて笑った。




