第五話 再会の町
第五話 再会の町
「それで、君は僕の飼い猫だと」
「はい」
青年はまじまじとミーネの目を見るが、面倒な女に捕まったとその目は如実に語っている。
ここは町のカフェ。二人の暴漢から逃れた二人は、ガーデンパラソルの下で熱い紅茶を前に、お互いの認識のすり合わせをしていた。
「前世であなたは私の飼い主でした」
「なるほど。繰り返すが君の前世は猫だと」
「白くてとてもかわいらしいと評判の子猫です。ご主人様はそれはもう私を可愛がっておりました」
そう言ってミーネはご主人様の腕に頭を擦り付ける」
「ふむ。ところで君は魔法を使えるようだね」
「はい、山裾の魔女様の元で魔法の修行をしております」
「魔女様絡みか……」
隣のテーブルの男が話に入ってきた。
「失礼、私の名前はメンダス。この町で貴金属を扱っている商人で、彼……セイルの友人です。お見知りおきを、レディ」
メンダスは身なりの良い男で、年の頃は30半ばか後半くらいだろう。青年期を過ぎて、落ち着きと人生の成功者の香りを全身から放っている。ただ金縁のメガネから覗く瞳は暗く、どこか放蕩と薄暗い性根を物語っていた。
「母の友人だよ」
ご主人様がそっけなく答える。
「それはつれない」
そう言ってメンダスという男はニヤリと微笑んだ。
「どう思う?」のセイル。
「魔女絡みなら何でもありですからね。世間の常識というものが通用しない。ここはおとなしく信用した方が身の為でしょう。下手に動けば身の破滅を招く可能性も否定できない」
「先生は優しいですよ」
先生に一宿一飯以上の義理があるミーネが弁護する。元野良のミーネにとって、飯の義理は絶対だ。
「はい。ある意味あの魔女は優しい。この町に彼女に助けられた人間は多い。しかし魔法使いのルールと人間の法は異なります。彼女の魔法で被害を受けた人間も同じくらいいるんですよ」
「賢明なこの町の住人の、魔女への対処は、”近づかない、見ない、聞かない。避けようがない場合はそれも運命とあきらめる。”です」
「…………」
(先生えらい言われようです。何したんですか?)
ミーネは心の中で遠くの先生に語り掛けた。
「じゃ、僕はこれで」
「私を捨てる気ですね。この世で身寄りといえばご主人様しかいないのに」
「拾った覚えないんだけどね。メンダス後は頼むよ」
「不良中年のおもちゃにされて娼館に売り飛ばされる訳ですか。ぼろ雑巾みたいになって、路地裏に捨てられる私を時々は思い出してくださいね」
「人聞きの悪い。君の目に私はそんな風に見えるのかい?」
傷ついたメンダスが眉をしかめる。
「だいたいご主人様は法的に私を扶養する義務があるんですよ」
「どこの法律だよ」
「法の話はともかく、この子の話が真実ならほっとく訳にもいくまい。魔女絡みだ。あきらめろ、セイル」
「勝手な事を言わないで下さい」
「この町で逆らうとやばいのは領主と魔女だ。赤子でも知ってる。この娘は魔法使えるんだろ。それならこの娘の話が全部嘘という事はないだろう。魔女に毒虫の壺に放り込まれて、埋められたくなければあきらめるんだな」
(先生ほんとに何したんですか?)
ミーネは優しい先生の顔を思い浮かべて不安になったが、元野良の機転でこの状況を利用することにする。
「セイルとメンダスというヤクザ者二人に、酷い扱いを受けたと魔女様に言いつけます」
こうしてミーネはご主人様改めセイルの家に、住み込み家政婦かつ店番として潜り込むことに成功したのでした。
「ミーネ、うまくやったわね」
ミーネがセイルの店兼、住居の屋根裏部屋の出窓から、月明かりに照らされる町並みを見ていると、箒に乗ったファンファが現れた。
「会えて良かった。ごめんね勝手なことして」
「遠くから見てたから大丈夫よ。先生にも報告済み」
ミーネはぞっとする。先生怒ってるのかしら。元々気楽な猫人生を生きてきた身にとって、先生のしごきは正直かなり辛かった。
ミーネの顔色を見てファンファが付け加えた。
「大丈夫よ、先生怒ってないから。おかしな事にならないように様子見てなさいって言われたわ」
ミーネは目に見えてほっとする。
「ここ小物屋さんなのね。アクセサリーとか売ってる。ここでご主人様と暮らすの?」
「そうなの。ご主人様セイルって言うのよ」
「本当にこの人なの?あなたのこと何か覚えてた?」
「まったく覚えてないけど間違いないわ」
ファンファはまじまじとミーネの目をのぞき込む。そしてあきらめたようにため息をついた。
「そう…………ならいいわ。時々様子見に来るけど、困ったら必ず相談してね。てゆうか、ベット大きいわね。二人眠れそうね」
「泊まってく?」
「やめとく。二人も出て行ったら先生に殺されそう。それより、これ渡しとくわ」
そう言ってファンファは水色のガラス玉が付いたネックレスを差し出した。
「何かあったらこれに念じなさい。先生か私に繋がるから。あなたに渡すように言われたの」
先生とファンファの思いやりに胸が熱くなる。
「ありがと……」
「本当に何かあったらすぐ帰ってきてね」
そう言ってファンファは箒に跨り、空高く飛び去っていった。
その日、ミーネは一人でセイルの店の店番をしていた。この家に来てから一週間が過ぎ、日々の生活にも慣れつつある。ご主人様と期待していた感動の再会がなかったのは残念だが、ミーネの事を何一つ覚えていないのではしょうがない。
(記憶喪失かしら?)と思い、先生に聞いたらそれが普通らしい。
セイルの魂が宿った赤子は普通の家に生まれて、普通に育って大人になったそうな。それじゃあ前世の記憶なんて持っているはずもなし。意気込んだミーネが肩透かしを食らった形だ。
感動の再会はお預けを食らったものの、ご主人様を幸福にするという使命がある。まずは魔女の家で鍛えられた家事スキルが存分に役に立っていた。
ミーネが作ったご飯をがつがつ食べるセイルを見ていると、先生が語った、
『男心を掴むのはまず胃袋から』という言葉がいかに的を射ているかを実感した。さすが先生、伊達に年を重ねたわけではなかったのね。
(うるさいおばちゃんなんてファンファと言って御免ね)
などと考えていると、風もないのに、窓がぎしぎしと激しく揺れた。
「先生ごめんなさい」
青ざめたミーネは思わず声に出して謝罪した。
ミーネが暇に任せてそんなことを考えていると、20歳そこそこのかわいらしい女性が店を訪れた。




