第四話 魔女の家(3)
第四話 魔女の家(3)
ミーネが魔女の元を訪れたのは新緑の春であったが、季節は移り替わり、夏、秋、冬を過ぎて、次の年の春を迎えた。
ミーネの魔法の腕もあがり、四元素の精霊たちともそれなりの関係を築けた。
「ミーネ、風の魔法を見せて」
ミーネが杖を振ると、庭の落ち葉がくるくると舞い上がった。
「炎の魔法」
再びミーネが杖を振ると、空を舞う落ち葉が燃え上がる。
「水の魔法」
ミーネの杖から水が噴き出し、落ち葉の炎が消えた。
「次は変化の術よ。梟になって」
ミーネが杖を振ると、猫に変化した。これまで着ていた服の山からごそごそと抜け出して先生を見上げる。
「これはうまくいかないようね。前世の器に引っ張られてるみたい」
「にゃーん」
情けなくなって小さく鳴いてみる。
「でもかわいいですよ」
ファンファが白猫の喉をくすぐる。
猫は夢見心地でゴロゴロと喉を鳴らした。
「ミーネだけど、そろそろ町に行かしてやってもいいんじゃないですか?ミーネの良い人がいるかもわからないし。ちょっと散歩に行くくらい」
先生の機嫌が悪くないとみて、ファンファはおずおずと切り出す。
先生はしばらくの思案の後に答えた。
「…………何かあったらあなたが面倒見るのよ」
「やった!」
「にゃーん」
ミーネは先生の足に顔をこすりつけた。
先生はミーネの頭を優しくなでると、立ち上がる。
「夕食まで練習しなさい。こないだ教えた幻術。できるまで帰ってこないでね」
青ざめた顔のファンファと白猫は互いの目を見つめ合った。
数週間後、二人は箒にまたがり、町へ向かっていた。最後まで先生はミーネの町行きを渋っていたのだが、あきらめたようだ。これからもファンファを姉として慕っていこうとミーネは誓う。
二人は町を遠くに臨む所で箒を降りた。
「姉さん、町にこのまま乗り込んじゃダメなの?」
「誰が姉さんか知らないけど、あまり目立つなって先生に言われてるの。こちらが魔女と知れたら色々言ってくる人いるけど構ったらだめよ。きり無いから」
「そうなの?」
「魔法で何でも出来ると思っているのよ。先生いつも言ってるでしょ?」
「魔法には対価が必要」
「そうよ。それがわかってないの。それから人だけじゃなくて変なのも町にはいるから油断しないでね」
「ふ~ん」
「まぁあたしがいれば心配いらないけどね」
「姉さん頼りになるわ」
「姉さんじゃないのよ」
そんな無駄話をしながら町に向かって歩いて行った。
その町は高い城壁に囲まれ、一方は海、一方は小さな山に面していた。山の裾には大きな城、屋敷が立ち並び、見事な町並みを披露している。二人は城門で形ばかりの検閲を受けて町に入る。大通りには馬車が行き交い、両脇には様々な商店が立ち並んでいた。
「人多いでしょ。はぐれないでね」
「はい、姉さん」
「もういいから」
大通りから外れた裏道に入ると、天幕を掲げた市場が並んでいた。ファンファは薄暗い店内の、何を売っているやら得体のしれない店に入った。
「この店に先生が作ったハーブやら何やらを毎月卸すの」
店の奥から頭にスカーフを巻いた老女が現れた。
「頼んだもの作ってくれたかい?」
「注文通りよ。ただ咳薬は材料なくて20個しか作れなかったの。残りは来月用意するから」
「仕方ないね。先生は元気?」
「元気よ。腰に貼る湿布はサービスだそうよ。おばさんに使ってって言ってたわ」
「ありがたいね。礼言っといておくれ。そちらの若い子は例のお嬢さんだね」
「ミーネよ」
「初めまして」
ミーネは小さく会釈する。
「かわいい子だね。うちの店で働かないかい?」
「引き抜かないで。最近町の様子はどう?」
「良くないね。領主様厳しいから治安はいいんだけど、どうにも辛気臭くてね。この前も若い子がパンを盗んだとかで、城の前でむち打ちくらって……………………」
ミーネは店主とファンファの噂話が長くなりそうなので、飽きてきた。店の中のあちらこちらに小さな引き出しの付いた棚があり、二人が運び込んだ品々を、店主は手際よく仕舞っていく。ハーブの匂い、枯草の匂いは嫌いではない。暗い店内に舞う埃が小さな窓から入る光にきらめく。ふと店の外を見ると、肌の白い青年が通りを歩いていた。慌てて店を飛び出したが、青年は人ごみにまみれて姿が見えない。ミーネは青年が去った方角に走った。
そしてミーネは迷子になった。
入り組んだ小道をいくつも抜けて来たので、ファンファと訪れた店への道筋どころか、方角すらわからない。野良に生まれて人生の迷路を極め切ったミーネにさえ、この迷子は心にくる。せっかくご主人様を見かけたと思ったのに、見失うとは。
(不覚…………)
臍を噛むとはこの事だろう。見渡すと人気もない路地に一人佇んでいた。
「こんな所でなにしてんの?」
横道から姿を現したいかにもな風体の男が二人話しかけてきた。思わず周囲を見渡すが、他に人はいない。
「人を探してるのよ」
「どんな奴だい。言ってみな」
二人はにやにやと近づいてくる。
「黒髪の20歳くらいの男の人。青っぽいケーブをまとっていたわ」
「あーそいつなら知り合いかもな。来なよ、案内してやる」
そう言って、男の一人がミーネの腕を掴んだ。
男の手を振り払おうとするが、もう一人が後ろから反対の手を掴む。
「面倒やな、袋に詰めるか」
「離して!」と叫んだ時、路地の向こうに人影がさした。
「何してんの?衛兵呼ぶよ」
「うるせいな、どっか行きな」
「兄さん達この町のもんじゃないね。ここの領主は厳しいよ。女攫ったりしたら明日にも打ち首だけど大丈夫?」
「やかましいのう。こいつから黙らせるか」
そう言うと、男の一人が腰の短剣を構えた。
ミーネはまだ右腕を掴んでいる男を振り払うと、腰の袋から杖を取り出した。
「風よ!」
その瞬間、砂埃が二人を包む。
ミーネは短剣の男の傍をすり抜けて、助けの主、青年の手を掴んだ。
「走って!」
青年と幾つかの路地を走り抜けて、ようやく人が行き交う通りに出た。
「もう大丈夫、いったん止まろう」
二人は荒い息をつきながら立ち止まった。青いケープをまとった青年は壁に背を付けて息を整えている。ミーネは青年の顔をまじまじと見つめ、その胸に顔をうずめた。
「ご主人様!!」




