第三話 魔女の家(2)
第三話 魔女の家(2)
ミーネがこの家に来てから数か月が過ぎた。
「ファンファ、お手本を見せて下さる?」
「風の精霊よ!」
ファンファがそう言って杖を振ると、一陣の風がテーブルクロスを空高く舞いあげた。布切れは杖の動きに応じて右に左にと舞い踊り、最後はファンファの足元にふわりと落ちた。
「良いお手本でした」
「ミーネ、風の精霊をイメージして。あなたのイメージが精霊に力を与えるの。やってみて」
「ふんっ」
ミーネが古びた杖を振ると、テーブルクロスは再び舞い上がった。そして無軌道に空を舞い、高く高く…………。そして見えなくなった。
「才能はあるようだけど、コントロールが課題ね」
「はぁ…………」
ミーネは自らのふがいなさが悲しい。
「大丈夫。わたし練習で家の屋根吹き飛ばしたことあるのよ」
「自慢しないで」
「はい」
「ファンファ、ミーネに教えてあげて。テーブルクロスは勿体ないから気の葉とか使ってね。お茶の時間になったら呼ぶからそれまでよろしく。」
そう言って先生は家に帰って行った。
「先生はジンで一服ね」
「何言ってるのかしら?」
先生が振り返ってこちらを睨んでいる。
「先生ごゆっくり」
ファンファの額から汗が滴った。
その夜ミーネとファンファはベットに横になり、天窓から覗く星を眺めていた。
「ミーネは病気で亡くなったご主人様とやらを探しているのね。前世が猫だなんてなかなかのファンタジーだわ。人間になった気分はどう?」
「しっくりしないわ。まず二本足で歩くのが不自然な気がするのよ」
「あぁ、たまに何でもないところで転びそうになってるものね。時々猫みたいに手の甲で毛づくろいしてるし。そりゃ慣れないわよ」
「…………」
しっかり見られてると知らされて、ミーネは言葉を失う。
「ご主人様ってどんな人。イケメン?」
記憶の中のご主人様の顔を思い浮かべる。イケメンなのか?人と猫の美醜の概念が今一つしっくりこない。
「優しいわ。手が素敵なの」
「それで」
「ほおずりしながら一緒に寝てくれるの」
「顔は?」
「良くわからないけど、女の子にはもてていたみたい。しょっちゅう違う女が部屋に来ていたわ」
「何人くらい?」
「十、二十人くらいかしら?」
「止めときなさい。あなたはそんな男忘れてここで楽しく暮らしましょう」
ファンファはベットの上で体を起こす。
「なんでよ。頭撫でるのうまいのよ」
「騙されてるって」
なぜかファンファは目に涙を浮かべていた。
「でもそれだけもてるって事はやっぱりイケメンなのかしら。まずは一見したいわね。絞めるのはそれからね」
「イケメンなんじゃない?まぁ私には顔なんてどうでもいいけど。それから絞めないでね」
「なんでそんな男にこだわるのよ。折角転生してきたんなら、楽しくやりましょうよ」
ミーネは少し考えてから語りだした。
「私にとってのご主人様は、素性も怪しい野良の私を拾って、大事にしてくれた事が全てなのよ。今生のご主人様には幸せになって貰いたいの。女好きでハーレム作りたいって言うなら、それがご主人様の幸せに繋がるなら応援したいの」
「悪い男に騙されてる女の戯言ね。なんかそのご主人様にむかむかすんだけど。ちなみにご主人様が他の猫飼ってたらどうすんの?」
「それだけは許せない。盗人猫か私のどちらかが死ぬことになるわ」
「あなたの行動原理と倫理観よくわかんない」
ファンファが呆れたように呟く。
「そうよね。わたしも自分の心の中よく整理できていないの」
「明日町に行くけど一緒に行く?市場にハーブとか届けに行くの。町には人一杯いるからご主人様に会えるかもよ」
「行く!」
「先生が許可したらね」
「駄目でも行くの」
「先生が機嫌の良さそうな時に聞いてみましょう」
そう言って、ファンファは横になり、しばらくすると寝息を立て始めた。
翌日ミーネはファンファの支援を受けながら、先生に町行きの許可を求めた。
「ダメ」
「そこをなんとか」
「先生、ミーネがご主人様見つけても、一旦連れて帰るから」
ファンファが支援する。
「ミーネちゃんご主人様見つけたらどうするの?」
「一緒に暮らす」
「あなたに出来ることは何?」
「ご主人様の傍でゴロゴロするの。ご主人様も喜んで迎えてくれる」
「…………」
先生は冷たい目でミーネを見つめる。
「最初はいいかもしれないけど、飽きたらすぐに捨てられるわよ」
「ご主人様は私を捨てたりしません」
「猫は捨てないのよね。でも人間の女は?」
ミーネは思わぬ盲点に息を呑む。
「一度しか言わないからよく聞いてね。あなたは今人間なの。生活力の無い女なんてすぐ捨てられるわよ」
「先生捨てられたことあるの?」
「ファンファちゃん。裸で吊るされたくないなら黙ってなさい」
ファンファが涙目になる。
「あなたは身寄りも後ろ盾もない人間の女なの。これから一人でこの世界で生きていかないといけないのよ。せめて魔法の腕前が上がるまではここに居てもらうわ。それから生活のあれこれもね。交渉も泣き言もなし。だいたいあなたご主人様の役に立ちたいのでしょ?自分の面倒も見れないのに、他人の役に立てるの?相手もあなたの事なんておそらく覚えていないのよ」
ミーネは厳しい現実を突きつけられて涙目になる。
「もう一度言うけど、その人はあなたの事なんて覚えていないの。あなたの転生、記憶持ちの転生なんて極めて特殊なの。とにもかくにも人間に転生してしまったのだから、今後の人生設計まじめに考えなさい。いつまでも猫のつもりでいないで!」
「…………」
理詰めのお叱りに言葉もない。
(これはある意味新種の暴力ではないだろうか?)とミーネは思う。
「わかってるの?」
「…………おっしゃるとおりです」
「それからファンファ。ミーネを焚きつけないで。わかってるわね。わかったら二人で魔法の腕上げなさい。風の精霊手懐けるまで帰ってこないで!」
「…………はい」
ふたりは肩を並べて練習に向かった。




