第二話 魔女の家(1)
第二話 魔女の家(1)
少女の目に映るのは青い空と白い雲。ふかふかの雲はゆっくりと風に吹かれれて、形を変えながら流れていく。少女は草原に横たわり、頬を草の葉がくすぐるのを感じる。
四肢に力を込めて身を起こそうとするが、なかなかうまく行かない。何度か無様にのたうちながら、上半身を起こすことに成功する。前足はしなやかに長く伸び、毛の一本も生えていない。見下ろすと足も腹も同じく。少女はなめらかな白い毛皮を思い出して悲しくなった。
前足で顔を拭い耳を掻くが、何とも心もとない感触。
(さてどうしたものかしら)と途方に暮れていると、人の声がした。
「お目覚めかしら」
声の方をみると、赤毛の人間が草原に胡坐をかいていた。
「言葉解る?」
人間の言葉の意味は解る。まずは無難なあいさつで友好関係を築きたいのだがうまく言葉が出ない。
「うぁぐふ……」
少女の喉から漏れた音は、意味不明な呻き声だった。
赤毛の人間が眉をひそめる。そりゃそうだろう。
「いろいろ問題あるようね。先生何も教えてくれないからあなたの状態わからないの」
「あぁ、先生ってのは魔女でね、私の師匠なの。人使い荒くて、今日も野っ原で女の子を探して連れて来いって言われただけなのよ。でもそれをやり遂げる私ってば優秀よね。先生の一番弟子の面目躍如ってもんよ」
人間はふふんと胸を反らす。
「私はファンファ。よろしくね。あなたとはうまくやれそうな気がするわ」
「まぁうぐ……」
「うんうん、あなたもそう思うのね。大変よろしい」
ファンファはくっくっと笑い、一人で納得している。
「さて行きましょうか。あなたうまく動けないようだから、私が運んであげる」
「運ぶって言っても手で持つわけじゃないのよ。そんなことしたら筋肉付いちゃうからね。どうするかって言うと、風の精霊に手伝ってもらうの」
ファンファが右手の杖を振ると、しゃがみ込んでいた少女の体が空中にふわりと浮かんだ。ご主人様に抱き抱えてもらっている様な優しい感触。驚いて目を見開くが、不思議と不安は感じない。
「おっけーおっけー、あなた風の精霊と相性良いみたいね。では行きましょう。先生きっと私を褒めてくださるわ」
ファンファは立ち上がるとどこからか取り出した箒にまたがり、ふわりと空に浮いた。そして傍らに裸の少女を従えて、空高く飛び上がった。
「うぉぉ……」
少女は草原を見下ろし驚きの声を上げた。
「いくわよー、しっかりつかまっててね!」
ファンファの箒は速度を増していく。少女は空っぽの胃の中が不吉に疼くのを感じた。
大きな木に寄り添うように建てられた家が見えてきた。二人が家の前に降り立つと、ポーチに黒髪の女性が出てきた。
「先生ただいま。お探しの女の子連れてきたわ。」
「あなたのそのがさつな仕草はどうしたら治るのかしら」
黒髪の女性はあきれたように腰に手を当てて、ファンファを見返す。隣では三半規管になかなかのダメージを受けた少女が四つん這いでえずいていた。
「うっ……、ごめんなさい大丈夫?気づかなかったのよ」
ファンファは慌てて少女の背中をさする。
先生はエプロンを外すとファンファに渡す。
「とりあえずソファーに寝かしてあげて。ハーブ茶淹れるから。優しくね」
「は~い」
「あなたには配慮の行き届いた仕事を期待したいわね」
「はい!」
少女はしばらく横になっていたが、今は毛布にくるまってハーブ茶を啜っている。その部屋には本、小瓶、鍋、一括りの枯草と様々な物が無秩序に置かれ、一見散らかっているのだが、なぜか居心地がよい、なんとも不思議な部屋だった。吊るされた花々からは軽く刺激のある香りが漂ってくる。少女の目の前の椅子には、ファンファと先生と呼ばれる女性が腰をかけていた。
「あなたは別の世界から転生してきたのよ。大変珍しいけどあなたが初めてではないわ」
先生が口を開く。彼女の髪は頭の後ろで結われており、瞳は吸い込まれそうな青。少女は最近どこかで見たような気もするが、気のせいだろう。
「何か探し物があるそうね」
「ふぁ…………うんぐ…………」
ご主人様の事を伝えたいのだが、うまく言葉にならない。
「言葉の問題があるようだけど、大丈夫よ。じきにしゃべれるようになるでしょう」
「この子、体もうまく使えないみたい」
「転生体にうまく馴染めないのはよくある事だから心配しないで。でも成体での転生なんてあまり無い事だから、ゆっくり時間をかけて慣らしていきましょうね」
「先生はなんでこの子の面倒をみるの?」
「頼まれたのよ」
「先生が人助けなんて珍しい。」
ファンファの言葉に黒髪の女性はため息をつく。
「人を守銭奴みたいに言わないで。私たち魔女は大きな力を持っているのよ。だからこそ世界のバランスに配慮しないといけない。私たちが思うがままに力を使ったら、世界はどうなってしまうことか」
「どうなるの?」
「そんな魔女は…………消されるでしょうね。バランスよ。天秤の傾きには常に気を配らないといけないの。あなたも気をつけなさいな」
「は~い」
先生は鋭い目でファンファを睨む。
「はい!」
「まったく…………。あなたの名前はどうしましょう。名前がないのも不便ね」
「ミ…………ネ、ミーネ…………」
「ミーネ、それがあなたの名前ね」
少女は頷く。
「おーけー。ミーネね。言葉はいずれ流暢に喋れるようになるわ。体にも慣れるでしょう。あなたがこの世界でうまく生活できるようになったら、あなたが何をしたいのか教えて頂戴。それまでファンファが面倒見るのよ。わかったわね」
「お任せを」
先生は何度目かのため息をついた。




