第三十九話 妖精の木(1)
第三十九話 妖精の木(1)
冬の寒さはまだまだ残るが、春の息吹は町のあちらこちらで見え隠れしていた。その日セイルとミーネはさほど忙しくもなく、店のあれこれをこなしている。すると昼前に扉の鈴が鳴り、ファンファとリーフが顔を出した。
「いらっしゃい」
「お邪魔していい?」
「客もいないからどーぞ」
セイルが二人に椅子を勧める。ミーネは二人の前にカップを出して、ポットのお茶を注いだ。
リーフはいつもの快活さが無く、少し暗い顔をしている。
「リーフちゃん珍しいわね、町にはよく来るの?」
「ええたまに。ファンファさんにデザートとかご馳走になってるんです」
「おほほほ、最近は控えてるんだけどね」
「あらあら。で今日はどんな御用で?」
「実は、妖精女王からのお使いできたんです」
「はい?」
リーフはお茶を一口飲んでから話し出しだした。
「町の北のカルカピッケン山の麓に妖精の樹があります」
「人が入れる辺りでは妖精の樹ってほとんど刈り取られたと聞いたけど?」
「それがそこには昔小さな村がありまして、村の住民が樹を守ってくれていたんです。ところが数年前に村の最後の住民が無くなり、樹を守る人がいなくなってしまいました。数日前にその木が人間によって切り倒されてしまったんです」
「………………」
一同言葉もない。
「木を切った人間は、切り倒した木を運搬する準備をしています。なんとかその木を取り戻したいんですが、あそこら一帯は精霊の力も薄くて、僕たちじゃ手に負えませんでした。それで妖精女王様が私を遣わしたんです」
「妖精樹の伐採は町でも禁止されてるはずだけど、おかしいな?」
「その話は知っています。僕達も人間と戦争まではしたくありません。穏便に済ませる為に皆さんの協力をお願いしたいと言うのが、女王様のご意思です」
「リーフちゃんに私達助けて貰ってるよね。協力しようと思うんだけどどうかな?」
ファンファは一同を見渡す。
「借りは返せるときに返さないとな。協力するよ」
「そうね、私も賛成よ」
「皆さん」
余程追い詰められていたのだろう。リーフは優しい言葉に涙ぐんだ。
「で、どうする?」
「とりあえず、森を伐採している人達に聞いてみよう。話を聞かないと始まらないよな」
「そうね、まずは平和的に行きましょうか」
「ミーネ珍しいわね」とファンファ。
「あぁ。魔法でドカンと一発とか言い出すと思ったよ」とセイル。
「………………」
日頃自分がどう思われているのか不安になるミーネだった。
一同が早速森に着くと、確かに五人ほどの男たちが、木を運搬する準備を進めていた。切り倒された大木は枝を落とされて、二台の荷馬車に積まれている。
リーフは無残に切り倒された木を悲しそうに見つめる。
ミーネがその幹にそっと手を置くと、突然頭の中に白い空間が広がった。空間の中心には大きな木が聳え立ち、その下では数人の子供たちが枝に吊るしたブランコで遊んでいる。その傍には緑の髪の美しい女性が微笑んで子供たちが遊ぶ様子を優しい目で見守っていた。女性はミーネに気づくと、ニコリと微笑んで右手を上げた。
「ミーネ、大丈夫?」
ふと気が付くと、ファンファが心配そうな顔でミーネの顔を覗き込んでいる。
「うん、なんだろう。わかんない」
ミーネは突然の白昼夢に困惑して、額を抑える。
その時一人の木こりが話しかけてきた。
「何だお前ら?危ないから近づくなよ」
「責任者いますか?」とセイル。
「あそこの天幕に親方いるぞ」
一同は切り倒された木から離れて、天幕に向かった。
天幕を覗くと、簡単なテーブルに太った男が台帳を広げて何やら書き込んでいた。
「ちょっといいかな?」
「おお、セイルか。こんな所に何しに来たんだ?」
「知り合い?」
「酒場でね。木材商だよ。マルコさんだ」
「まぁ座れ。別嬪さんも連れて豪勢だな」
木材商は『げははは』と下品な笑いを浴びせる。
「紹介するよ。ミーネとファンファ。彼はリーフだ。妖精だよ」
リーフは帽子を取った。すると小鹿のような尖った耳が顔を出す。
「迷いの森の番人か!」
「そうだよ。実は君たちが切った妖精の樹を返して欲しいそうなんだ」
木材商は驚く。
「あいつ妖精樹なのか?」
「知らなかったの?」
「やけに古いとは思ったが。でも妖精樹なら城が伐採許可証出さないはずだ」
「木を切るのに許可証いるの?」
「迷いの森からこの山麓までの木は基本伐採禁止だ。切るには特別の許可証がいる、妖精樹なら尚更だ。こいつを切る許可証はあるぞ。場所も樹輪も間違いはない。本当にこの木は妖精樹なのか?」
「間違いないよ」
リーフはマルコを睨みつける。
「ひっ」とマルコは後ずさった。
「許可証見せてよ」とセイル。
「これだ。ナイ共和国の商人に渡されたんだ」
セイルはマルコに渡された許可証をみる。ジェスパ伯爵のサインと印が押されていた。
「公証人か城の確認とった?」
「いや。でもこんなもの偽造する奴いないだろ?たかが木材だぞ」
「たかが?」リーフが睨みつける。
「そんなに睨まんでくれ。妖精樹と知ってたら切ったりしない」
マルコはリーフに怯えて、セイルの陰に隠れた。
「妖精と事を構えるつもりはない。ただ今この木の持ち主は雇い主の商人なんだ。ドアルテって奴で、もうここにはいない」
「マルコはこの木どうするつもり?」
「馬車でナイ共和国まで送る。そこで金を受け取る手筈だ」
「一度この書類を城で確認しないか?これが本物なら、次はその商人と交渉だな」
「なんかまどろっこしいわね」とファンファ。
「出来るだけ穏便にいこう。交渉が無理ならそれなりの対応するだけさ」
セイルはニヤリと微笑んだ。




