第三十八話 幕間:新年の祭
第三十八話 幕間:新年の祭
暗い冬の日々、背を屈めて過ごしてきた町の人々にとって、新年の祭は陰気な冬の日常を吹き飛ばすまたとない機会だった。朝から町の各所で催し物が開かれ、通りには屋台が並び、大道芸人が技を披露する。賑やかな音楽と踊りが通りを支配して、その時ばかりは厳しい衛兵さえも、胸に柊の枝を刺して、暖かいワインを手に踊りに興じている。
普段固く閉ざされた城門は大きく開かれ、大量の酒、ご馳走が供出されていた。
その日ミーネとファンファ、セイルは一張羅を着込み、町の各所を巡っていた。
「あそこの羊肉美味しそう。試してみましょう」
ファンファは屋台で三本の串を手に入れて、二人に手渡す。
「どうかしら」
「うまい。蜂蜜酒に合うよ」
「うん、香辛料がいい感じね。次はどこ行くの?」
「もうすぐ大通りで領主様のパレードがある筈なんだ」
「レティシアさんもいるのかしらね?」
「いるだろう。行ってみよう」
「あら、皆さん」
ふと見ると、暖かそうなショールを首に巻いたレイラが通りかかる。
「こんにちわレイラ。ヴァイターはいないの?」
「彼今日は仕事なのよ。お城勤めだから仕方ないわ」
少し不満そうなレイラだが、以前に比べて少しふっくらとしているようだ。
「幸せそうね」
「ふふふ、まあまあね。故郷の一族とも手紙でやり取りして、なんとか和解できたし、みんなあなた達のお陰よ」
「神様の思し召しさ。本当に良かった」
セイルはしみじみと語る。
「じゃあ、私はこれで。教会の手伝いに行くの。チェリー酒も振る舞われるみたいだから、あなた達も良かったら来てね」
「ええ、また後で」
次に通りかかったのは、小さな子供達を率いる教会のジョアンだった。
「こんにちわジョアン。教会の子達ね」
よく見ると一緒にチェリーワインを作った子供達だった。みんな暖かそうなコートを着込んでいる。孤児院の運営はうまくいっているようだ。
「こんにちわ」
皆口々に挨拶を返す。中に一人、十歳位の栗色の髪の可愛らしい少年がファンファの手を握った。
「ファンファ姉さん。一緒にお祭り回ろうよ」
「ダメだよ、ファンファさんは忙しい」
引率役のジョアンが急いで少年をファンファから引き剥がした。ジョアンは不審者を見る目でファンファを睨みつける。
ファンファはジョアンの態度に明らかに動揺している。
「お、お姉ちゃん、お友達といるから。また今度ね」
「うん、またね。今度また一緒にお菓子食べようね、バイバイ」
「ファンファ何したのよ?」
「まだ何もしてないのよ」
ファンファはなぜか涙目で子供達を見送っていた。
「なにかしら?」
ミーネは道端の屋台に目を止めた。そこには様々な祭り帽子が吊るされている。道化師の帽子、医者のマスク、馬や牛の形の被り物、町の城壁を模った被り物などなど。祭りを盛り上げるアクセサリーに人々は楽しそうに見入っている。
その中でもとりわけミーネの目を引いたのは、猫の耳が付いたカチューシャだった。白い猫の耳が可愛らしい。思わず手に取りそうになったが、慌てて自分を押し留める。
(いや、いや、流石にこれはない。私も大人、自重せねば)
「ミーネそれ欲しいの?」
ファンファが鋭くミーネの視線を追う。
「いらないわ、子供じゃないし」
「付けてみたら?」
「いらないって」
「お祭りだから買おうよ、ミーネどうぞ」
断る間もなくセイルが買ってしまった。
「いらないのに」
と言いながらも手にしたカチューシャに見入ってしまう。
「せっかくだから付けてよ」
セイルに催促されて、買ってもらった手前着けざるを得なくなった。仕方なくミーネは頭に猫耳を付ける。
「かわいいわ。にゃんって言って」
「恥ずかしいからやめてにゃん。でも買ってくれておりがとうにゃん」
赤くなったミーネは猫耳を鞄にしまってしまった。
「あら、かわいいのに」
「子供じゃないんだから。次行こう」
ミーネは二人の手を取ると、次の屋台に引っ張って行った。
大通りに入ると、セイルは足を止める。
「そろそろパレードが来るぞ」
見ると衛兵が通りの酔客を路肩に誘導している。しばらくすると、軍楽隊の勇ましい行進曲が聞こえ、槍を構えた歩兵、銀の鎧を纏った騎士が馬に乗って行進していった。
「兵隊さん多いわね」
「そりゃね。僕らが生まれる前までは、常に戦争していたからね。三つの国の間にあるから、争いは避けられないんだよ」
「ふーん」
見る間に大きな山車が牛に轢かれて近づいてくる。冬の季節というのに、沢山の花に飾られ、壇上には赤いマントで着飾った、この国の領主が玉座に腰を下ろしていた。その隣には、領主の孫娘のレティシアが座り、群衆ににこやかに手を振っている。
「領主様、ベルナルド公爵様だ」
群衆は皆手を振って歓声を送っている。
「厳しい領主だが、彼がいなければこの町は存在しなかったと言われている。だから人気があるんだ」
「ふーん」
「領主の手に大きな杖があるだろ?あれが王杖だ。王権の象徴だよ」
白い髭を蓄えた領主は、なぜか見るものに不吉な印象を与える曲がりくねった大きな杖を手にしていた。顔には深い皺が刻まれ、観衆に応える事もなく、その目は前方を見据える。
「領主様とレティシア様の下に並んでいるのは?」
「この国の重鎮だよ。真ん中は宰相のジェスパ伯爵だな。この国の政務を左右していると言われてる。あとは大臣連中だ」
着飾った貴人たちとは別に、派手な色合いの服に仮面を被った人物が領主の傍にいて、何事か領主の耳に囁いている。
「領主様の横の仮面の人は?」
「道化だよ。昔からいるらしい。年寄りなのか、実は何代か入れ替わっているのかは誰も知らない」
「ふーん」
道化は五つのボールを器用に扱い、お手玉を始めた。山車の上、足元もおぼつかないのかふらふらと歩いては、大臣たちを困らせている。そのうちに一つのボールが道化の手を離れて山車から転がり落ちた。ボールは道路で一度大きく跳ね上がると、ミーネの手の中に転がり込んだ。
『はははは』
道化の失敗に皆が笑う。道化は大きく両手を上げると、悲しそうに頭を抱えた。
ミーネはそれを見て、ボールを投げ返そうとするが、道化は手を振ると、懐からもう一つのボールを取り出した。そしてミーネに向かって大仰に礼をすると、再びお手玉始めた。
皆が楽しそうに笑う中、パレードは通り過ぎて行った。
「なに?」
ボールを手に考え込んでいるミーネにセイルが話しかける。
「あの道化、どこかで会ったような気がするの」
「気のせいだろ。あいつは城から出ないよ」
「そうかな?」
「ミーネ飲みが足りないのよ。ワイン飲みなさいな」
ジョアンに邪険にされていたく傷ついたのか、ファンファがグラスの酒を乱暴に呷る。
「そうね」
ミーネも手に持った、スパイス入りの甘いワインを口にした。
楽しかった祭りは終わり、セイルは酒場に行くと言うので、ミーネは一人で家に帰った。そして洗面台に行くと鏡の前に立ち、鞄から買って貰った猫耳を取り出す。
白い三角の耳がふわふわと可愛らしい。鏡の前で、慎重に猫耳を装着すると、ミーネのプラチナブロンドの髪に馴染んで我ながらよく似合う。
ミーネは手を猫のように丸めて顔をかく仕草をした。
「素敵な猫耳貰ったにゃん。嬉しいにゃん。にゃんにゃんにゃん」
しばらくの間、猫耳を付けた自分に見惚れて楽しい時間を過ごす。しかし、ふと人の気配に振り向くと、そこにはセイルが立っていた。
「あの…………お楽しみの様だったから、声かけづらくて」
凄まじい爆発音が店の中から響く。店主のセイルが店から走り出ていくのを、通りかかった人々は不思議そうに見ていた。
同じ夜、城の謁見の間では壁際の灯明が照らす玉座に領主であるベルナルド公爵が一人腰を下ろしていた。
小姓が公爵に歩み寄る。
「何か御用は御座いますでしょうか」
公爵は僅かに首を振る。
「よい、休め」
「では控えておりますので、何か御座いましたらお声がけ下さい」
小姓が去ると、柱の影からひょっこりと道化が顔を出した。
「新年祭の夜というのに公爵様は今夜もお一人。城の小者どもはそれぞれ夜のお楽しみに耽っていると言うのに。やれおいたわしや。公爵様もどこぞの婢女をベットに引き込んではいかが?」
玉座の公爵は言葉を発しないが、口の端が僅かにあがる。
「仕方ありませんな。それでは私めが、今夜もお寂しい公爵様の、お相手をして差し上げましょう」
道化はそう言うと、大きな箱を引き出して、箱の中に顔を突っ込んでゴソゴソとやっている。そして箱に入るはずもない大きな玉を引っ張り出した。道化は玉の上に乗ると、クルクルと回りながら、5本の短剣のお手玉を始めた。
王杖を握る公爵は、皺に囲まれて落ち窪んだ目で、つまらなそうに道化の姿を見つめている。しかしその意識は、じきに暗い闇の中に落ちて行った。




