第三十七話 幽霊屋敷(2)
第三十七話 幽霊屋敷(2)
翌日町はずれの屋敷の前にセイル、ミーネ、ファンファとアンジェラが集まる。先生の話を皆に伝えて、アンジェラには珍しい本見つけたら、先生と交渉して欲しいと伝えた。それを聞いたアンジェラは一も二もなく承諾してくれた。
「わかりました。とにかくこの家が売れたら借金返せるので、魔女様ご要望の本が見つかったら、全てお譲りします」
「まぁ後は先生と話し合って。それで誰が先頭で入るの?」
ファンファの言葉に、全員がセイルを見る。
「おーけー。男だからね、僕が先に行くよ」
「さすがご主人様」
「でも、絶対後から付いてきてね」
セイルは振り返って女性陣に哀願する。
「ご主人様少し情けないです」
「さあ行こう」
何度も振り返りながら、セイルは先頭を進んだ。
セイルを先頭にして屋敷の中に進む。昼間にも関わらず、屋敷の中には陰気な雰囲気が漂う。昨年まではアンジェラ一家が暮らしていたはずなのだが、しばらく人の出入りがなかったからなのか、かび臭い匂いが染みついていた。
エントランスに入り、まず全員で一階の部屋を回ってみるが、おかしなものは見つからなかった。
「何もないわね?やっぱり幽霊なんていないんじゃないの?」
『コツ、コツ、コツ…………』
ファンファがそう言った瞬間、二階から誰かの足音が聞こえた。
「…………」
「二階に誰かいるの?」
ミーネが恐る恐る尋ねる。
「鍵閉まってましたし、誰も居ない筈です」
とアンジェラ。
「猫かしら?」
「窓も全て閉めてます」
「アンジェラ。怖いことばかり言わないで」
ファンファはミーネにしがみ付く。
「わ、わたしも知りませんよ。ミーネさん掴まらせてください」
そう言ってアンジェラもミーネの腕を掴んだ。
「よし、二階に行こう。全員で」とセイル。
「一人で見てきてよ」
「絶対嫌だ」
「…………」
「皆で行きましょう。今帰ったら先生に怒られる」
「そ、そうね。せめて珍しい本の一冊でも見つけないと報告できないわ」」
幽霊より先生が怖い二人の意見で、全員で二階に上がることに決まった。
ぎしぎしと軋む階段を全員で少しづつ登り、やっと二階の廊下に辿り着いた。
『ギー』
「ひっ!!」
二階の廊下の先の扉が誰も居ないのに開いた。
「私帰る。さよなら」
ミーネは帰ろうとするが、ファンファとアンジェラがしがみ付いて離さない。
「帰るの!」
「先生に怒られるのよ、ミーネ」
「私幽霊と相性悪いの、帰らせて、お願い」
「妹と弟がいるんです。捨てないで下さい」
二人はミーネに懇願するが、実際問題ミーネには二人ほどには幽霊と対決する理由がない。先生は怖いが、ファンファと違って一緒に住んでいる訳ではないので、ほとぼりが冷めるまで先生の所に近づかなければ何とかなる。アンジェラについては金さえあれば片がつくのだから、ミーネの持ち金全て渡してもいいと思ってる。
ミーネは二人を振り払ってでも逃げ出したいところだが、しがみつかれて身動き取れなかった。ミーネの髪の毛が逆立つ。
「にゃーー!!ご主人様あの部屋見てきて!早く行きなさい!!」
パニックになったミーネはセイルに命令した。
「わ、わかった。見てくるよ」
ミーネの勢いに押されたセイルが頷く。
「さすが男の子、見直したわ」
「凄いです、セイルさん、素敵です」
女性陣の命令と声援に押されて、仕方なくセイルは廊下を進む。そして廊下の奥に辿り着くと、部屋の中を覗き込んだ。
「誰もいないよ」
「本当に?」
「ああ」
三人の女性陣はひと固まりになって書斎に辿り着いた。
「この部屋、父の書斎なんです」
部屋に入ったアンジェラは寂しそうに呟いた。
その部屋はそろそろ埃が溜まってきているものの、綺麗に整頓されていた。壁の本棚には分厚い本がぎっしりと並び、窓辺には大きな机が鎮座している。
アンジェラは一人机の前に進むと。表面の埃を指でなぞった。
「お父さんの机です。いつもこの机で本を読んでいました」
そう言ってアンジェラは懐かしそうに笑った。
「幽霊ってやっぱりあなたのお父さんかしら」
「父が死ぬ前は幽霊騒ぎなんてなかったから、たぶんそうなんでしょうね。何か言い残したことがあるのかな?」
アンジェラは寂しそうだ。
「ミーネ、あれ使おう」
「う、うん」
「アンジェラさん、先生から香を預かってきたの。これを使えば、霊とか残留思念とかの力を強めて、言いたいことが分かるかもしれない」
アンジェラは静かに頷く。
「お願いします。お父さんが思い残したことがあれば、知りたいです」
ミーネは持ってきた小皿に革袋から出した黒い塊を乗せる。そしてランプの火を焚きつけに移して、香にかざした。しばらくすると麝香のような少し刺激のある香りが漂い、煙が部屋に充満した。
四人が息を殺してその煙を見つめていると、煙は次第に部屋の中央に集まり人影を形作った。
「!!」
白い煙の人影は、ゆっくりとその手を伸ばすと、アンジェラの頭を撫でた。
「お父さん」
アンジェラは目に涙をためて、その人影を見つめている。
やがてその煙は、ゆっくりと壁の書棚を指し示した。そして現れたのと同様に、静かに煙は四散していった。
「お父さん…………」
いつしかアンジェラは嗚咽を漏らしている。ミーネとファンファはアンジェラの肩を優しく抱いて慰めた。
「これか?」
セイルは人影が差し示した本棚を調べていたが、とある書籍を押すと、『カチッ』と音がした。そのままセイルがその本を調べていると、一つの本棚が横に大きくスライドする。
本棚が動いた後には、別の部屋に通じる扉が現れた。
「こんな隠し扉、アンジェラ知ってた?」
アンジェラはふるふると首を振る。
「行ってみよう」
四人は恐る恐る扉を潜ると、中には一つの書棚があり、古い本がぎっしりと詰められていた。
「見つけたわね」
ファンファが呟く。
「あなたのお父さん、屋敷を売り払う前に、これをあなたに見つけて欲しかったのよ」
「はい」
「あなたのお父さんが珍しい本を集めてると先生も言ってたわ。良い値が付くんじゃない?」
「皆さんありがとうございます。皆さんにお願いして本当に良かった」
緊張の糸が切れたのだろう。アンジェラは静かに涙を流した。
ファンファがアンジェラを慰めている間、ミーネは隠し部屋に据え付けられた小さな机を見る。机には小さな紙切れがポツンとのっていた。なんの気なしにそれを手に取ると、『虚言者アザゼル』と汚い字で走り書きがしてあった。
「ん?」
「ミーネ行くわよ」
書斎からみんなの呼ぶ声が聞こえてきた。いつの間にやら隠し部屋にいるのはミーネだけだった。幽霊の正体がはっきりしたとはいえ、急に怖くなったミーネは、走り書きのメモをコートのポケットに突っ込み、急いで隠し部屋を出た。
数日後、アンジェラがかわいらしい妹と弟を連れて、再びセイルの店を訪れた。
「いらっしゃい、アンジェラ。セイル、アンジェラさんよ。ご姉弟ね、こんにちわ」
「こんにちわ」
姉によく似て可愛らしい二人は、同じ様に会釈する。
「いらっしゃいアンジェラ。本の売却はうまくいったようだね」
「はい。魔女様に大方買い取って頂きました。あとで噂を聞いた人たちが本を買いたいと来たのですが、話を聞くと魔女様はかなり高額で買い取って頂けたようで、本当に感謝しかありません」
「それは良かった」
「アンジェラ、屋敷はどうするの?」
「本を売った代金で借金も返せましたし、姉弟でもう一度あの屋敷で暮らすつもりです」
アンジェラは嬉しそうににこにこしている。
ミーネとしてはあの日の強烈な思い出があるので、売ってしまった方が良いのではないかとも思うのだが、それは口に出さない。色々と思い出もあるのだろうしね。
「よかったわね。お父さんも喜んでるんじゃない?」
「はい」
「それで、少ないのですが、お礼と思いまして」
『要らない』
セイルとミーネの声が重なる。
「そう言うとカタリナさんに聞いてました」
そう言ってくすりとアンジェラは笑う。
「なので、姉弟でお菓子を作って来たのですが、召し上がって頂けないでしょうか?」
セイルとミーネは目を合わせる。
「ぜひ頂こう」
「お茶用意するわね。ファンファも呼ぼうかしら」
それから皆で楽しいティータイムを過ごした。
幽霊屋敷でのご主人様の態度は、まぁまぁ及第点と言えるだろう。可憐な姉弟の苦境を助けることができて、ミーネとしても満足できる結果となった。ミーネの胸のあざは少し広がった様な気もするが、いずれ消えていくだろう。ただしあの屋敷には二度と近づくまいと心に誓うミーネでした。




