第三十六話 幽霊屋敷(1)
第三十六話 幽霊屋敷(1)
とある昼下がり、店の奥ではセイルがルーペを手に仕入れた宝石を鑑定していた。そしてミーネはと言えば、カウンターに背を預けてその様子を見つめている。
静かな店内で扉の鈴が『チリン』と鳴ると、カタリナが一人の少女を連れて入ってきた。
「セイルいる?」
「奥ですよ」
セイルはカタリナの声を聞くと、作業を中断して顔を出した。
「やあ、今日は配達の日じゃないだろ?」
「ちょっと紹介したい子がいてね。こちらアンジェラ。仕事仲間なの」
「はじめまして」
歳の頃十七、八の少女は軽く膝を曲げて会釈をした。綺麗な金髪をお下げにしたかわいらしい少女だった。
「困りごとかい?」
「よくわかるわね?」とカタリナ。
「経験豊富でね。で?」
カタリナに促されてアンジェラはおずおずと身の上話を始めた。
「昨年私の父が無くなりました。父は道楽者で、よく分からない本を大金を払っては買い集めていたのですが、男爵の爵位も売ってしまって、死んだ後に残ったのは住んでいた屋敷と借金だけでした」
ミーネは皆のカップに紅茶を注ぐ。
「有難うございます。頂きます」
アンジェラは礼を言うと、紅茶で喉を湿らせてから再び話し始める。
「銀行からの督促もあり、屋敷を売ろうとしたのですが、幽霊が出るとの噂が立ってしまい、まったく買い手が現れません。実は私の下に妹と弟もおりまして、何とか身を立てていかなければならないのですが、屋敷が売れなければ借金を返す当てもありません。いまカタリナさんの所でお仕事させて頂いているのですが、お二方なら解決出来るかもしれないとお聞きして、ご相談に伺いました」
「わかりました。何とかしましょう」とセイルは即答した。
ミーネは眉間にしわを深く寄せてセイルを見る。
「なぁ、ミーネくん」
(はぁ~~~~)
ミーネは心の中で深くて長いため息をついた。
「放っておける?」とセイルは畳み掛ける。
可憐な少女の願いを断ったら間違いなくミーネが情け知らずの悪人になる。断れない状況でこちらに話を振ってくるセイルに、ミーネは心底苛立ちを覚える。
ミーネはカウンターのこちら側で、セイルの足を思いっきり踏んづけた。セイルはしゃがみ込んで悶絶しているが気にしない。ミーネ本人としては幽霊話なんぞに関わりたくない。が、ほっとくと、もっとややこしい事になりそうな雰囲気がぷんぷんするので、仕方なく折衷案を出す。
「山麓の魔女様に良い方法がないか聞いてみます」
「有難うございます」
アンジェラは潤んだ目でミーネを見る。
「受けたわけじゃないですよ」
「わかりました。でも他に頼れる人がいなくて、本当にありがたいです」
アンジェラは目尻に涙を貯めて感謝の言葉を述べた。よっぽど追い詰められていたのだろう。小鳥のように保護欲を掻き立てる少女ではある。
(ああ、こんな返事しかできなくて心が痛い)
「ごめんねミーネちゃん」
内情をよく知っているカタリナも謝る。まぁ仕方ないだろう。こんな可憐な少女を俗世の荒波に放りっぱなしにするのは忍びない。
「ちなみにお屋敷の位置は?」
「教会の北東よ」
「お墓の裏で町の北東ですね」
(本当に大丈夫か?)とミーネはたじろぐが、受けてしまったものは仕方ない。先生から良案が出るのを祈るばかりだ。
「大船に乗った気でいてくれ」
人の気も知らないセイルはにこやかに微笑んだ。
夕刻ミーネはセイルから持たされたお土産を持って、久しぶりに丘の上の先生の家を訪れた。
「お帰り~」
ファンファが抱き着いて迎えた。
「先生お土産です。セイルからです」
「あら有難う。ごはんまだでしょ。一緒に頂きましょう」
思いのほか和やかな夕食の後、お土産のミルフィーユを頂きながら、暖炉の側で近況報告のガールズトークに花を咲かせた。
「で、そろそろ本題に入りましょうか。なんか問題があるんでしょ?」
さすが先生察しが早い。なかなか言い出せなかった幽霊屋敷の話を、ミーネは二人に披露した。
「なんとまぁ、次は幽霊相手なの?」
「ははは、そうなんですよ。おかしいでしょ」
「笑い話じゃないのよ」
「はい」
先生の鋭い視線にミーネの背筋が伸びる。
「本質的には幽霊っていないのよ。死んだらそれまで」
「でも幽霊話ってたまに聞きますよね。晒し首の谷に出るのって幽霊じゃないんですか?」
ファンファが疑問を口にする。
「あの谷は精霊の木で作った杭と、死んだ兵士の無念が渦巻いて空間そのものを歪めてしまっているのよ。そこに魂が閉じ込められているの。特例中の特例ね」
「では幽霊はいないと」
ミーネはほっと胸を撫でおろす。
「ただ人が死んでも、強い思いが空間に残る場合があるのよ。それが面倒なの」
「…………」
安心させておいて落とさないで欲しいとミーネは痛切に思う。
「そういう残留思念には道理が通じないから、ほっとくのが一番なんだけどね。てゆうか、ほぼほぼ頭狂ってるのよ」
「わかりました。対処無しと言うことでほっときましょう」
「ちょっと待ってね」
そう言って先生は自室に入っていく。しばらくして戻ると、小さな革袋を手にしていた。
「これあげるわ」
「なんでしょう」
「お守りよ」
「先程対処無しとおっしゃってましたが?」
ミーネは首を傾げる。
「言ってないわよ。幽霊と言うか、残留思念がいたら何が心残りか聞いてみなさいな。それを解決してやったら消えると思うわ。その中の香を使えば残留思念の力を少し増すの。落ち着いて話せるかもしれない。それっぽい場所で火をつけてみて」
(これをお守りというのは無理があるのではなかろうか?)
と思うミーネだったが、当然口には出さない。
「ミーネ、言いたいことあるなら言いなさい」
「言うと怒るからいいです」
「何よ、怒らないから言いなさいな」
「それ絶対お守りじゃないです」
「面倒臭い子ね。幽霊を元気付けるお守りよ。そこらで火を付けたら駄目よ。そこいらへんの幽霊元気になっちゃうから。わかった?」
「はい」
ミーネはただ手の中の革袋を見下ろすことしかできなかった。
「先生止めろって言うと思ってました」
とファンファが当然の疑問を口に出す。
「ふふふ、あそこの当主、ゴーティエ男爵は稀本の蒐集家でね。きっとお宝眠ってると思うのよ。わかってるわね。そのアンジェラとかいう子には、出物見つかったら第一交渉権を私にすることを伝えておきなさい。買い叩いたりしないから。安心して任せるように言っとくのよ」
「はい」
「ミーネ頑張ってね」とあくまで他人事のファンファ。
「何言ってるの、あなたも行くのよ。あなた最近素行悪いからここらで挽回しなさい」
「…………」
ファンファは黙って俯いた。
「ミーネはもう遅いから泊まっていきなさいな。じゃ、お休み」
言いたいこと言いきると、先生は鼻歌を歌いながら自室に帰ってしまった。




