第三十四話 貴族の指輪(3)
第三十四話 貴族の指輪(3)
ミーネと盗賊のゲオルグは、印章指輪探索二日目の夜を迎えていた。
途中休憩を挟みながらも森の探索を続けていると、月が中天に登った頃に、狼の吠え交わす声が聞こえてきた。
「やつらいらだってるな。ここいらだぞ。月を見ないようにして探してくれ。目が光に慣れると小さな焚火を見逃す」
「あそこ、光ってない?」
街道筋と思われるあたりに、ぼんやりと木々が光に照らされる一角をミーネは見つけた。
「目が良いな、たぶん当たりだ。本当は少し外れたあたりに降りて夜襲をかけたいが、そうなるとこちらが狼に襲われる恐れがある。明かりの中心に降りてくれ。直ぐに制圧行動に入る」
「わかったわ」
ゆっくりと近づくと寂れた街道に小さな焚き火が燃えていて、その傍には剣を胸に抱いた男が座っていた。
ミーネは箒の後ろに乗っているゲオルグに囁く。
「降りるわよ」
「行け」
箒が地面に付く前に、ゲオルグは箒から飛び降りてその男に飛び掛かった。しかし男は寸前で飛びのくと、逆に剣でゲオルグに切りつける。
「ちっ!!」
止む無くゲオルグも腰のショートソードを抜いて受け止める。剣の長さはゲオルグの方が短い。ゲオルグは腰を低く屈めて男の周りを回り、小まめに切りかかった。
「剣を置きなさい。魔法でぶっ飛ばすわよ!」
箒を降りたミーネが杖を構えた瞬間、その男はミーネに飛び掛かり、剣を首筋にあてた。
「!!」
「待て、こちらの負けだ!」
ゲオルグが叫び剣を地面に置いた。
「まず後ろに下がって貰おう」
その男が初めて声を出した。フードが目を隠しているので、口元しか見えないが、右の頬に古傷があるのが見えた。
「わかった。その娘を傷つけるな」
ゲオルグは素直に後ずさる。
「盗賊だな。何しに来た?お前との商いは終わっているはずだ」
「お前に売った物がやばすぎる。こちらの尻に火が付きそうなんだ」
「ははは。それは難儀なことだな。でこちらのお嬢さんは?空から降りてきたようだが、魔女なのか?」
「そうだ。山麓の魔女に連なる者だ。傷つけるな」
「ふむ、魔女の恨みを買った覚えはないんだがね」
「じゃあ放してよ」
「それも無理があるだろう」
男はしばらく考えているのか何も言わないが、フードの下の目は油断なくゲオルグを見据えている。
「仕方ない。君にはこのまま一緒に森を抜けて貰おうか」
「いやよ」
「他に方法はあるまい。森を抜けて仲間と合流出来たら君は解放する。祖父母の名と精霊に誓おう。抵抗しなければ君を傷つけない」
「ゲオルグは?」
「盗賊風情好きにするさ。狼とダンスでも踊ればいい」
「仕方ないな」
ゲオルグは両手を挙げてあきらめ顔だ。
「もうあきらめるの?」
「思ったより手練れでな。見誤ったよ。商人風情があの動きは出来ない。おまえポルトの騎士だな?」
「どうせ死ぬんだから、聞いても仕方ないだろ」
「じゃあ、ゲオルグも一緒に連れて行ってよ。指輪はあきらめるから」
「こいつは危険だ。一緒にいたら寝首を刈られる」
「恋人をほっといて私だけ生き延びるの?なら私も殺して。生きてたら一生あんたを許さない。どこへ行っても探し出して殺してやる」
ゲオルグの目が大きく開かれる。
「魔女の恨みを軽く見ないでね。私が死んでも、姉や鬼より怖い私の師匠、山麓の魔女があなたを追いつめるわ。一族郎党で地獄以上の苦しみを味わった上に根絶やしになるといいわ」
ミーネを抑える男の腕がビクリと震える。
「おまえとんでもない事言うんだな」
「だって本当の事だもの」
その時セイルを乗せたファンファの箒が空から舞い降りた。
「何してんのミーネ」
「見ての通りよ」
頼もしい味方の襲来に、ミーネは思わず笑ってしまう。
「ひょっとしたらミーネも指輪を探してるの?」
「そうだけど、ファンファも?ご主人様ファンファ巻き込んだの?」
むかついたミーネは箒の後ろから降りたセイルを睨みつける。
「ミーネが心配で探しに来たんだって」
「嘘つかないで!」
「お互いに情報整理しましょう。こちらはセイルご執心のご令嬢の依頼で指輪を探しに来たのよ。そっちは?」
ミーネは呆れ顔でセイルを見ながら、こちらの状況を説明する。
「そこの盗賊さんに指輪の奪還頼まれたの。指輪をどこぞの貴族に返さないと、牢屋行きなんだって」
「あら、あの盗賊なの?随分とすっきりしたわね」
「ええ、ハンサムでしょ。とても優しいのよ。誰かさんと違って」
「ミーネ、君がいないから仕方なく…………」
「しゃべらないで!!」
「仕方なくとは随分な言い草ね?」
ミーネとファンファに睨まれたセイルは俯いて後じさった。
「………………すいません」
「それでミーネ、そいつどうする?」
「どうしようかしら。今し方一族根絶やしの瀬戸際よって教えたところなの」
「彼女が君の姉なのか?」
男の声には既に力がない。
「そうよ。でどうするの?」
「だいぶ不利になったが、交渉を続けるしかあるまいな」
「能天気ね。交渉の余地あると思ってるのかしら?」
ファンファは杖先をくるくる回しながら笑う。
「仕方がない。この娘と指輪は返そう。しかし私は解放して欲しい」
「あなたを捕まえて領主に差しだしたら、だめなのかしら?」
とファンファ。
「どうせ捕まって縛り首になるなら、狼除けの護符を壊す。森の狼どもが一斉に襲い掛かってくるぞ。木々の間でこちらを伺っているのがわかるだろ?」
ミーネが森の暗がりに目をやると、いくつもの光る眼が行きかうのが見えた。
「私は死んで遺骸は森の中に持っていかれるだろう。へたしたら指輪は狼の胃袋の中に入って、森を彷徨うことになるかもな。これなら最低限祖国への忠義は果たせるし、君たちへの面当てになる」
男の言葉にその場の全員がひとまず考え込む。
「こちらはミーネと指輪さえ帰ってきたらいいかしら。ミーネは?」とファンファ。
「こっちもよ。ね?」
ミーネはゲオルグに目をやる。
「ああ、とにかく君に傷が付かないなら文句はない」
(まじイケメン)
ミーネは初めてのお姫様扱いに感動する。
「話はまとまったな」
男は長剣を仕舞うと懐から指輪を取り出し、ミーネに手渡した。ミーネはそれをゲオルグに見せる。
ゲオルグは光に照らして確認していたが、
「間違いない。お前たちも見るか?」
と言った。
「いいわ、どーせセイルもわかんないでしょ?」
「そうだな」
男は焚火の傍に座ると、火に薪を投げ込んだ。
「勇ましいお嬢さんの名はミーネだったな。私の名前はコンラートだ。その男に飽きたらポルトに来るといい」
「あら、ミーネもてもてね」
ファンファはそう言ってセイルを横目で見る。
「もういいだろう。満足したらさっさと帰ってくれ」
男はそれ以上何も喋らずに、懐から出したフラスコを口に運んだ。
夜が明けると、令嬢レティシアの屋敷に関係者が集まり、事件の清算がなされた。
ゲオルグが指輪をテーブルに置くと、令嬢の執事がセイルに金貨が入った袋を手渡し、貴族の代理人とやらもゲオルグに金貨を渡した。そしてゲオルグはミーネに、通商路の安全を約束する。
「後で割符を届ける。それを持つものは通行の安全を保障しよう。売り上げに応じていくらかはもらうが、細かい条件は後日相談させてくれ」
ゲオルグの約束を聞いた令嬢と貴族の代理人は驚いた顔をする。商売上のメリットがこれで推し量れるというものだ。
「ファンファはなんでセイル手伝ったの?」
「この町の為よ。他に何かあるの?」
セイルは何か言いたそうだが、ミーネはこれ以上追求するのを止めにした。
皆で屋敷を出たあとそれぞれに散会していく。ゲオルグはミーネに何か言いたそうだったが、セイルがミーネの傍を離れないのをみて諦めたようだ。ミーネはセイルに色々と言いたいことがあるような気もするが、徹夜明けのふらふらする頭で、魔力も底をついている。正直もう何も考えられなかった。ファンファはセイルと何やらこそこそやっていたが、また後で聞くことにしようとミーネは思った。
この国にとっては、政治の勢力を書き換えかねない大掛かりな事件だったようだが、ミーネはただただ眠いだけだった。セイルの肩に頭を預けながら、ふらふらと帰り道を辿って行った。




