第三十三話 貴族の指輪(2)
第三十三話 貴族の指輪(2)
ミーネが指輪奪取作戦に参加するために店を出た一時間後、セイルが店に帰ってきた。
「ミーネ、いないのか?」
セイルは家中を探すがミーネは見当たらない。
「ミーネならいないわよ」
屋根裏部屋からファンファが顔を出す。一瞬怯えた顔をするセイルだったが、直ぐに立ち直った。
「ファンファさんいらっしゃってたんですね」
「いけない?」
「いえいえ、とんでもない。直ぐにお茶入れます」
ファンファに絶対服従を躾けられたセイルは、いそいそとお茶の用意をする。
小さなダイニングテーブルにお茶と茶菓子を並べると、ファンファは椅子にドカリと腰を下ろす。
「ミーネのことちゃんとみててよね」
「はぁ面目ない。でも困ったな」
「なんで?またミーネに、おかしなことやらせようとしてるんじゃないわよね?」
ファンファはお茶を啜りながら、セイルをじーと見つめる。
「とんでもないです。ただ急ぎの頼みごとがあったので」
「何よ?」
「はぁ」
「私には教えられないと?」
「いえいえ、たいしたことじゃないんですよ。心配無用です」
セイルは慌てて取り繕う。
「そういえばファンファさんお疲れですね」
ファンファはふーとため息をついた。実は妖精リーフへの餌付け作戦が先生にばれて、逃げ出してきたのだ。ほとぼり冷めるまでは家に帰れないなんて、セイルに言えるはずもなかった。
「色々と大変なのよ」
「そうですか。実はこちらも少々問題がありまして」
「気晴らしに聞いてあげるわ。言ってみて」
「今日領主のご令嬢、孫娘のレティシア嬢に呼ばれて屋敷まで伺ったのですが」
「?」
「貴族の一人が印章指輪を盗まれたそうなんです」
「それって大ごとなの?」
「はい。貴族の証みたいなもんですから。その指輪で捺印された文書は公式な証書となってしまいます。領主にばれたら爵位廃絶間違いなしだそうです」
「で?」
ファンファはクッキーを、リスのようにかじりながら話を聞いている。
「現在、その指輪はポルト公国の人間の手にあるようで、『狼の森』を抜けて、向こうの領域に渡る途中だそうです」
「うん」
「森を抜けるまでは、恐らく三日間程猶予があります。それまでに指輪を取り返して欲しいと頼まれました」
「その盗人が森に入ってどれくらい経つの?」
「五日ほどです」
「今から出発して追いつけるの?」
「箒で空を行けば追いつけるんじゃないかと」
「それをミーネに頼もうとしているのね」
そこでセイルは額を抑えて、大げさにため息をつく。
「実はテーブルの上にこの紙がありました」
ファンファが渡された紙をみると、『しばらく旅に出ます。三日以内に帰るから心配しないでね』とミーネの字で書いてあった。
「なるほど。どうするの?てゆうかあなた話に引き込むのうまいわね。いつもこうやって、ミーネを誘い込んでいたのね」
「うまいかどうかは知りませんが、ファンファさん。お手伝い願えないでしょうか?」
セイルは顔の前に手を組んでファンファを見つめる。
「なるほど、目的の為には手段を選ばないと。でも私にメリットないでしょ?」
ここでセイルはファンファに顔を寄せて囁き声になる。
「ファンファさんは、見目好い少年がお好きだとお聞きしております」
「誰から聞いたのよ」
ファンファは後ろめたいことが山ほどあるので、ドキリと後ずさる。
「まぁそれはいいじゃないですか。実は教会の孤児院に十歳ほどの少年がおりまして。不遇な生まれながら、とてもかわいらしく、賢い少年です。しかも歌がとても上手だとか。鈴のような声で鳴くそうですよ」
腹黒丸出しのセイルの話に、ファンファが前のめりになる。
「そうなの?」
セイルは口元に手を当てて囁くような声を出す。
「もしよろしければ。ご紹介させて頂こうかと」
ファンファは文字通り頭を抱える。ご執心のリーフは先生にお灸を据えられたので、当分手を出せない。週一の美妖精とのお茶会がどれほど楽しみであったことか、この損失は大きな痛手だった。今のファンファがこの機会を逃すのは、血が滲む程辛い事だった。
「う~」
「如何でしょう。印章指輪が失われれば多くの人間に災いが訪れます。下手をしたら両国の紛争の火種にもなりかねない。市井の人間にとってもそれは大変なことなのです。ファンファさんの力で彼らを救ってあげられないでしょうか」
セイルは釣り針にかかった魚を見る目で、ファンファを見ている。
「う~ん…………やる」
「なんと?」
「わたし、みんなを救ってあげる!」
「さすがファンファさん。では計画はこのように…………」
こうしてセイルは、苦もなくファンファを篭絡したのだった。
北門の外にある丘の上で、ミーネはゲオルグの到着を待っていた。数日の食料と箒が傍らにある。待つ間もなく、町から一人の人影が丘を登ってくるのが見えた。森に馴染む濃い緑のマントを頭まで被った姿は恐らくゲオルグだろう。ミーネの傍に辿り着いたゲオルグがフードを上げると、ミーネは息を呑む。
「イケメン…………予想以上ね。ファンファに見せてあげたいわ」
「そうか?」
ゲオルグは少し照れている。うっとおしい髭がなくなり、髪が整えられると、すっきりとした鼻筋と、切れ長の目が目を引く偉丈夫だった。澄み切った青い目に、口元にははにかんだ様な笑みが浮かぶ。セイル一筋のミーネじゃなければ、ふらりとなっていたかもしれない。
「俺に惚れそうか?」
「それはないわね」
「なんでだよ」
「もうちょい線が細いのが私の好みなのよ。イケメン愛でるのは楽しいけど、絶対惚れないから安心してね」
「つまんねぇ女だな」
そう言って、二人で笑い合った。
「この箒に二人乗れるのか?」
「長距離じゃなければね。疲れたら降りるわ」
「安全なんだろうな」
「さあねぇ。でもこれ使わないと追いつけないでしょ」
「もうすぐ日が暮れるな。いくら狼除け持ってると言っても夜は火を焚いて休むだろう。焚火の光を探せば意外と早く見つかるかもな」
「ええ、後ろに乗って。行きましょう。街道筋は空からわかり辛いと思うから、後ろで地図見ててね」
「任せてくれ。地図もあるが、道筋は頭に入れてある」
こうして箒に跨った二人は探索の旅に出た。
夜明けを迎えてミーネとゲオルグは一旦街道筋に舞い降りる。一晩中飛び続けてミーネもくたくただったし、昼間空を飛んでいるとターゲットに見つかる危険がある。結果として昼間は身を潜めて、夜になったら焚火の光を探索する計画だった。
「まずは休んでくれ、食事が出来たら起こすよ」
疲労困憊のミーネをゲオルグは気遣う。
「うん、少し休むね。狼出たら起こして」
「昼間あいつらはほとんど活動しないから心配するな。ゆっくり体を休めてくれ」
ミーネはゲオルグの敷いた敷布の上に横になった。
次にミーネが目を覚ますと、日は陰りかけていた。体には毛布が掛けられて、野外にも関わらず暖かく過ごすことが出来た。
「もう夕方?」
「ああ、よく寝てたから起こさなかった。食事出来てるから食ってくれ」
ゲオルグはベーコンとパンの簡単な食事をミーネに手渡す。
「優しいのね」
「当然だ。俺の為に苦労かけてるんだからな」
ミーネが決してゲオルグに惚れることはないが、顔のいい男にちやほやされるとミーネも気分がいい。
「今晩見つかるかしら?」
「今森の中程だ。予想では今晩中に追いつくはずだ。火を使わずに夜を過ごしている恐れもあるんだが、余程の命知らずか世間知らずじゃなければ、それはないだろう」
「狼強いの?」
「あいつらは群れで狩りをする。集団で森に入ったら、一人づつ喰われていくんだ。町の兵隊はそれで結構な数減らされたそうだ」
「私達で相手できるかしら?」
「この前見せてもらった君の魔法ならなんとかなるだろう。狼の群れのど真ん中にぶちかましてくれ。個別に襲ってきたら俺が対処する。君の身は命に代えても俺が守る。もし危なくなったら俺をおいて逃げるんだ。わかったな」
(この言葉をご主人様から聞きたかった)
普段聞けない優しい労りに、思わずじんとくるミーネだった。
「ミーネちゃんはあの男と出来てるのか?」
ゲオルグが問いかける。
「………………個人情報です。黙秘します」
「よかったら俺に乗り換えないか?」
「な!!」
「まぁ、考えといてくれ。ちょっと小便いってくるわ」
耳まで真っ赤に染まったミーネをおいて、ゲオルグは森の中に入っていった。
暫く後に森からゲオルグが帰ってくると、ぎこちない空気の中、二人は再び空の探索に出発した。




