第三十二話 貴族の指輪(1)
第三十二話 貴族の指輪(1)
本格的な冬の到来を迎えて、町は凍える日々が続いていた。しかしその日は珍しく温かい日差しが町に降り注ぎ、冬の寒さも一休みという塩梅だった。
セイルは朝から出かけていたので、ミーネは一人店番をしている。月に一度この店の主要な商品であるアクセサリーを仕入れに行かなければならないそうで、その日はたいてい朝からしんどそうな顔をして店を出て行くのが常だった。
ミーネといえば、店主が終日不在なので、家と店のあれこれをしながら、平和な気分に浸っていた。
昼少し前、そろそろ軽くご飯でもとミーネが考えていると、店の扉が開いて盗賊の首領ゲオルグがずかずかと店に入ってきた。
「帰って下さい」
ミーネは開口一番言い放った。
「いきなりそれは冷たい」
「店のドレスコードに違反しています」
それを聞いたゲオルグはゲラゲラ笑いながら椅子を引き寄せると、ドカリと腰を下ろす。
「衛兵呼びますよ」
「まだ何もしてないんだがね」
「私の平和な一日を台無しにしました。器物損壊罪で訴えます」
「まぁそう言わずに。お互い知らない仲でもないだろうに」
ゲオルグは笑いながら答えた。
ミーネは腰の袋から杖を持ち出すと、ゲオルグの頭に向ける。
「死にたくなければ手を挙げて跪いて下さい。動いたら死にます」
「それじゃあ何れにせよ死ぬじゃないか。今とても困ってるんだ。頼むから話を聞いてくれよ」
ゲオルグは両手を上げて、泣きそうな目で訴える。厄介事の出現に、ミーネは溜息しか出なかった。
「わかりました。以前私の事を『とても美しい町一番の別嬪さん』と呼んだことに免じて、話だけは聞いてあげましょう」
「俺そこまで言ったかな?」
「あなたの脳みそに直接聞きましょうか?」
ミーネは杖の先をゲオルグの額にぐりぐりと押し当てる。
「君に会えて幸せだ別嬪さん」
「いいでしょう。これからもヤクザ者らしく、自分の立場はよく弁えていてください」
ようやくミーネは杖を下ろした。
「茶は出ないのか?別嬪さん」
ミーネはむっとしたが、『別嬪さん』に免じて紅茶を出してやる。
「これが最後のお茶になるかもしれませんね」
「茶の味がわからなくなるから止めてくれ」
そう言ってゲオルグはカップを取ると、口に含む。
ゲオルグが紅茶を啜る様子を見ていると、髭はむさいがそれ以外は良い男なのに、つくづく勿体ないとミーネは改めて思う。
「さて本題に入ろうか」
ゲオルグはカップを置くと話し始めた。
「実は頼みがあって来たんだ」
「お断りします」
「まぁそう言わずに聞いてくれ。六日ほど前に俺たちは森で商人を捕まえたんだが、そいつが妙に抵抗するもんで殺してしまった事があってな」
「冒頭からち血生臭い話ですね。やはり聞きたくなくなってきました」
「こちらもにも評判ってものがあるので、むやみやたらと殺したくはないんだが、物の弾みでね。で、そいつの荷物を漁ると、貴族が持つ印章付きの指輪が出てきた」
「本当に帰って欲しいのですが」
ミーネは耳を塞ぎたくなってきた。絶対面倒な話だ。
「まぁまぁ。俺たちもややこしい物見つけちまったと思ったんだが、次の日別の商人が来て、そいつを買い取りたいという。こんな物長く持っていたくなかったんで、渡りに船と売り払っちまった」
「…………」
「で、その翌日さる貴族の使いが来て、指輪を探していると言ってきたんだ。そいつは誰に聞いたのか、俺達が指輪を手にしたところまでは知っていた」
「正直に指輪は売ったと言えばいいのでは?」
「言ったさ。売った商人の人相風体を言うと、そいつは慌てて引き返していったよ」
「解決しましたね」
「昨日その貴族の使いがまた現れてな、おれが指輪を売ったのがポルト公国の人間であること。そいつを追って貴族の手勢が『狼の森』に入ったが、狼にやられて這う這うの体で引き返した事を教えてくれた」
「ほお」
ミーネはカウンターに頬杖をつきながら、右手でくるくると羽ペンを弄んでいる。
「問題なのはこれからで、印章指輪を失くしたとあれば、その貴族は爵位剥奪になりかねない。そうなると指輪が渡って行ったルートに関わった全員が牢屋に放り込まれる。指輪を取り返すしか俺が助かる道はないと言いやがるのさ」
「なるほど。でもあなた盗賊なんでしょ。国家権力何するものぞ。強気で行きましょうよ」
「俺たちが盗賊できるのも、領主のお目こぼしがあるからだ。領主が本気で兵隊送り込んできたら、逃げるのも覚束ないだろうな」
ミーネはじっと盗賊の澄んだ目を見る。イケメンが薄汚い格好して自分の価値下げてるのは、本当に勿体ないと思い、ため息をつく。
「ミーネちゃん聞いてるかな?」
「聞いてますよ。続きをど~ぞ」
「俺たちが平和に盗賊業を続けるには、この指輪を見つけて、さっさと問題を終わらせるしかない」
「はい」
「ここに二十枚の金貨がある」
ゲオルグは金貨の詰まった袋をズシリとカウンターに投げ出す。
「一緒に指輪を探しに行こう!」
そして白い歯を光らせて、ニヤリと笑った。
「いやですよ。面倒臭い」
ミーネは頬杖をついたままで、ちらりと金貨の山を見た。ミーネにとっては金貨には何の興味もない。
「じゃあ何が欲しい?」
「あなたが持っている物で、私が欲しい物はありません」
つれないミーネの答えに、ゲオルグは額に皺をよせて考え込む。
「さ、そろそろお帰り下さいな。わたしも忙しいんです」
「通商権ではどうだ?商品をナイ共和国やリューズ交易都市から安く仕入れられる。相当な儲けになるぞ」
ミーネは商品を仕入れに行く時のセイルの暗い顔を思い浮かべる。
「宝石もですか」
「もちろんだ。パース山脈沿いには金の鉱脈があるし、西の砂漠でもいい石が採れる。この町はシンジケートが抑え込んでるが、俺たちが協力すれば結構な商売ができるぜ。通行料は売値の百分の五でどうだ?」
ミーネはうーんと考え込む。狼の森では文字通り狼の群れがたむろしているらしい。しかしミーネには箒があるので、さほど危険はないだろう。盗賊の森を自由に行き来できるとなれば、セイルは間違いなく喜んでくれる。悪くない取引のような気がしてきた。
「でも間に合うんですか?」
「指輪を持つ商人は当然狼除けの護符を持っているだろうが、どんなに急いでいても夜は動けないし、馬も使えないと聞く。徒歩なら森を抜けるのに八日は必要だろう。今日も入れて三日以内にそいつを見つけたら俺たちの勝ちだ」
「それを過ぎると?」
「話の筋を考えると、狼の森を過ぎた所で、そいつの仲間が待っているはずだ。森を抜けられたら指輪を取り返すのは難しいだろうな。そうなったら俺は大人しく身を隠すことにするよ」
「わかりました。私とあなたで箒に乗ってそいつを探しましょう。見つけた後はあなたが何とかできますか?」
「任せて欲しい。腕には自信がある」
「それからもう一つ条件があります」
「ん?」
「髭を剃って髪を整えて風呂に入って、まともな服に着替えて下さい。二時間後に北の門を過ぎたところにある丘の上で会いましょう」
こうしてミーネは盗賊との共同作戦を展開する運びとなった。




