第三十話 陶芸家の遭難(2)
第三十話 陶芸家の遭難(2)
その夜、ミーネが暮らす屋根裏部屋にファンファが訪れた時、ミーネは荷造りの真っ最中だった。
「どこか出かけるの?」
出窓から足をぶらぶらさせながら、ファンファが話しかけてくる。
「遭難救助よ」
「なんですと?」
ミーネは昼間の出来事をファンファに話した。
「カルカピッケンの雪豹?なんか聞いたことあるわね」
ファンファは出窓から部屋に飛び降りると、ベットに胡座をかいて座る。
「雪豹が襲ってくるなら、魔法で返り討ちにするまでなんだけど。まずいかな?」
ファンファはくすくすと笑う。
「なんでも武力で解決するのもね〜。女の子としては如何なものかしらね〜」
「どうせ大きめの猫でしょ?」
とあくまでミーネは強気を崩さない。
「う~ん。先生に聞いてみよう」
ファンファはガラス球の向こうの先生に経緯を説明する。
「相変わらず馬鹿なことに首を突っ込んでいるのね。ミーネは一度こちらに帰ってきた方がいいんじゃないの?」
先生は明らかに呆れているようだ。
「はぁ。でもほっとくと事態が悪化しそうで」
「あなたが甘やかすから、あの唐変木は調子に乗るんじゃなくて?ある意味ミーネにも責任あるのよ」
「はぁ」ミーネもそう思わないでもない。
「先生そこらへんで」
妹弟子に優しいファンファが仲裁に入る。
「仕方ないわね。雪豹は妖精女王のお気に入りよ。間違っても魔法でぶっ飛ばそうなんて考えたらだめよ。考えてないでしょうね?」
「もちろんですとも」とミーネ。
「本当?」
「当然です。雪豹さんと出会っても交渉して平和裏に事態を切り抜けるつもりでした」
「…………まぁいいわ。蛇と同じで、雪豹もあの山の妖精圏を守っているのよ。人と妖精の境界を隔てるのはお互いの為でもあるし、この業界の不文律よ。絶対殺しては駄目。分かっているわね、ミーネ」
「当然です。殺すなんてとんでもない」
話の中身は理解出来なくても命令には絶対服従のミーネだった。
「では気を付けていきなさい。ファンファも行くのよ」
「は?」
「文句あるの?」
「ありません」
先生は言いたいことを言ってしまうと、通信を切った。
「明日は頑張ろうね」
「うん」
二人は遅くまでかかって、明日の準備を終わらせた。
次の日、秋が深まりゆく紅葉の森を四人の男女が歩いていた。セイル、ミーネ、メンダス、ファンファである。皆登山姿で大きなリュックを背負っている。
「ファンファさんが来てくれてありがたいですよ。一緒に旅ができて光栄です。荷物持ちますので疲れたら言ってください」
セイルは何故かファンファに過剰に気を使っている。不思議に思ったミーネはファンファに耳打ちした。
(ファンファ何したの?)
(何にも)
(な訳ないでしょ)
「あら、リーフちゃんよ」
ミーネがファンファに言われて道の先を見ると、妖精リーフが立っていた。
「こんにちは皆さまお揃いで。今日はどちらに?」
と可愛らしく首を傾げる。
「カルカピッケンで遭難者が出たみたいなの。20才位の女性なんだけど、10日程前に通ったでしょ」
「はい。陶芸に使う石を探しに行くとか。そう言えば戻ってきませんね。彼女に頂いたパンプキンプリンはおいしゅうございました」
「彼女の妹に頼まれて探しに行くのよ」
「今頃雪豹のご飯になってるかもしれませんよ」
「それならご遺体だけでも持って帰るわ」
「そうですか。一応女王様にお伺い立てるので少々お待ちください」
リーフの姿がすっと消える。
しばらくすると、ほっとした顔のリーフが現れた。
「一緒に行ってくれるの?」とファンファ。
「いいえ、僕にも仕事がありますから」
「あら残念」
「女王様からは、問題を起こさないようにくれぐれもお願いしておくように言われました」
「承知しましたと女王様に伝えてください」とセイル。
「はい、伝えておきます。お気をつけて」
あっさりと迷いの森を抜けて東に向かうと、カルカピッケン山に続く道が続いていた。道を辿るうちに森は段々と様相を変え、木々は疎らになり、山地固有の低木が多くなる。雪こそ降っていないものの、所々に溶け残る雪は、彼らが山道を登るにつれて、段々と面積を増していく。
雪に残る人の足跡を見つけたのはその時だった。
「ルチアさんの足跡かな?」とセイル。
「他にはいないでしょうね」
ファンファが答える。
「彼女が参考にした文献ではこの道を進んだ山の中腹に、目指す鉱石が採れる洞窟があるそうだ。明日には目的地に着けるだろう」
メンダスは続ける。
「そろそろ日が落ちてきた。今日はあそこの岩陰にテントを張ろう」
四人は岩陰にテントを設営すると、一晩を過ごした。
翌朝簡単な朝食を済ませると、一日の段取りを確認する。
「幸いなことに天気は申し分ない。今日は計画通り鉱石があるという洞窟を目指そう」
メンダスがコーヒーを飲みながら告げる。
「ミーネとファンファには空から、ルチアと洞窟の捜索をお願いする。セイルと私は道なりに足跡を追ってみるよ」
「雪豹出るかもよ。二人で大丈夫?」
「箒の二人は円を描くようにして捜索の範囲を広げていってほしい。雪豹を見かけたら合図するよ。武器を持った成人男性が二人いるんだ。合図する間もなく襲われることはないだろう」
「わかったわ」
「セイル、危なくなったらメンダスを置いて逃げてね」
ミーネはセイルを残すのが少々心配だ。メンダスはどうでもいい。
「そうするよ」
「聞こえてるんだがね」
「冗談よ」とミーネは笑う。
「そうは聞こえなかったんだがね」
メンダスは顔をしかめる。
「ちっちゃい人ね。行きましょ、ファンファ」
「オッケー」
女性陣二人は箒に乗って空に舞い上がった。
ミーネは大きな弧を描きながら捜査を始める。本格的な冬にはまだ間があるので、雪は地表の三分の一を覆う程度だ。セイルとメンダスが地面を這うようにのろのろと進むのが見える。
小一時間が過ぎたころ、地上部隊の元に戻ると、ファンファも帰還していた。
「ここから一時間ほど進んだあたりで洞窟みたいのがあったわ」
ファンファが報告する。
「雪豹は見かけたかい?」
「見かけなかったけど、空からじゃ見逃したかもしれないわ。ミーネは?」
「わたしも。この高度だと低木も多いし、いくらでも隠れられそう」
「ありがとう。まあこのままその洞窟を目指すとしよう」
「二人で先に洞窟見てみましょうか?」
「やめとこう。雪豹みたいな野生動物に突然襲われでもしたら面倒だ。全員で行って、ルチアが居なければ、そこを捜索のベースにしよう」
こうして一行は、徒歩で山の中腹にある洞窟に向かった。




