第二十九話 陶芸家の遭難(1)
第二十九話 陶芸家の遭難(1)
セイルとミーネはその日、ベイエリアストリートの海鮮レストランで、遅い昼食を楽しんでいた。店自慢のパエリアと海老のマリネに二人は舌鼓を打つ。
「白ワインが合うね」
「ほんとにおいしいです」
「君は元猫だから魚好きだろ。良かったら白身魚のオーブン焼きも頼もうか?おいしいらしいよ」
と言ってセイルはクスリと悪戯っぽく笑う。
「ご主人様ひょっとしたら、私の前世の話信じてないんですかね?魚食べたいです」
「『前世は猫でした』とか言われてもねぇ。あ、ウェイターさん。これも頼むよ」
セイルは近くのウェイターにメニューの魚料理を指し示す。
「ご主人様の傍にいられるなら、別にいいんですけどね」
「君には助けられてばかりだね。感謝しているよ」
ミーネはセイルのしおらしい言葉にフォークを止める。
「なんですか、突然。ご主人様死ぬんですか?」
「違うよ。ただ最近、裏世界の何やらに狙われてるみたいなんだ。僕が死んだら店の権利は君にあげるから、メンダスと市場の公証人に相談してくれ。書類は作ってあるから」
「裏世界どころか、誰もご主人様の事なんか気にするほど暇じゃないので、元気出して下さい」
セイルは顔を顰める。
「酷い言い草だね。最後に『元気出して下さい』と付け加えたら、何言っても良いわけじゃないんだよ」
「それより本当に死ぬ気なら、その前に子孫残そうとか思わないんですか?」
「!」
セイルは驚いてミーネの顔を見る。
「いえ、これは私がご主人様の子供を産みたいとか、そういう意味じゃないんですよ」
ミーネは自分の発言に顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
二人の間に非常に珍しく甘酸っぱい空気が漂う。そこを狙いすましたように、不躾な邪魔者が割り込んできた。
「二人ともここにいたのか。探したよ」
メンダスだった。茶色の髪の小柄なかわいらしい女性を連れている。
「こちらが探していたセイルとミーネだ。彼女はアリス。ここいらの芸術家アパートで陶芸家をしている」
初対面の三人が挨拶を交わした後、メンダスは隣のテーブルにつくと、飲み物を注文した。
「なんだね、ミーネ君。君の後ろの髪が逆立って見えるんだが」
「なんでもありませんよ」
「なんでフォークをグーで逆手に握ってるんだい?フォークはそんな持ち方するもんじゃないよ」
「育ちがわるいもので、気にしないでください」
ミーネは大海老の脳天にぐりぐりとフォークを突き刺す。
「あの、お邪魔でしたでしょうか」
アリスはリスのように目をクリクリとしている。
「大丈夫だよ」とセイル。
「ミーネくんには後で私から埋め合わせするから話を進めよう」と邪魔者が言う。
ミーネは無表情で静かに目を閉じる。そして心の中にある台帳に記された、メンダスの保有ポイントを大きく引き下げた。
「実はセイルさんとミーネさんにはお願いがあって探していたのです。十日前にカルカピッケンに行った姉を探して頂けないでしょうか」
アリスは思い詰めたように話し始めた。
ミーネは記憶を探る。カルカピッケンは町の北方に聳える山で、迷いの森の東に位置する。
「この時期にあの山に行ったのですか?」
「はい。姉も陶芸家なのですが、あの山に染付に使う鉱石があると文献で見てしまって、いてもたってもいられなくなったみたいなんです」
「そろそろあそこら辺、雪が降ってますよ。春まで待てなかったのですか?それに迷いの森を抜けないとあの山には入れませんよね。よくそんな博打打ちましたね」
「雪の件はおっしゃる通りです。ただ迷いの森については、最近あそこの妖精にはデザートが有効という噂が流れていて、それを信じて行ってしまいました」
(ファンファが餌付けしているリーフの話がどこかに漏れたのね)
ミーネは心の中で頭を抱える。
「で、メンダスがなんで絡んでくるんだ?」
「大通りで画廊を持っていてね、彼女らの作品を取り扱っているんだ。その縁で相談を受けたんだよ」
「山で人探しなら、もっとふさわしい人間いるだろ?」
「旅商人とかいれば金額次第で受けて貰えたかもしれないが、生憎みんな出払っていてね。君たちしか思い浮かばなかったんだ」
「う~ん。妖精は何とかなるとしても、あの山には雪豹いたよね」
「そう。だから無理にとは言えない。しかし行って貰えるなら金貨10枚払おう。君たちが金で動くとは思っていないがね」
「猫系は君の担当だったっけ?何とかなりそう?」
セイルはミーネに伺いを立てる。
「知りませんよ。何ですか猫系担当って?」
「カルカピッケンの雪豹。この季節は食料少なくなってくるから、気が荒くなっていると思うんだ」
「いいですけどね。雪豹に出会ったらメンダスさん囮にしましょう」
「僕も行くのかい?」
「当たり前でしょ。この間、蛇相手にした時も大活躍でしたからね」
メンダスがくすくすと笑う。
「君は先日の蛇の件を根に持っているようだが、あれを殺されるのは本当に不味かったんだよ。まぁ仲良く行こうじゃないか」
そんな感じでセイルとミーネは、陶芸家の遭難救助に行く羽目になった。




