第二十八話 砂漠からの客人(3)
第二十八話 砂漠からの客人(3)
夕刻、レイラとセイル、ミーネとファンファとジョアンは約束の丘の上でヴァイターを待っていた。ファンファとジョアンはミーネが頼んで付いてきて貰ったのだ。
今回の成り行きはミーネの想像の範囲を超えているので、ミーネには対処できる自信がなかった。短い間ではあったが共に暮らしたレイラには、本人が納得できる結末を迎えて欲しい。しかしヴァイターを連れ出したのはミーネだ。たかがヴァイターとは言え、ミーネのせいで死んだとあっては、どーにも収まりが悪い。寝覚めが悪いというやつだ。正直あの男の為に、今後のミーネの安眠が妨げられるかもしれないと思うと、無性に腹が立つ。
自然とミーネは二人を如何に和解させるかに、頭をフル回転させていた。しかし所詮はその日暮らしの猫。一族の面子とか言われても話としてはわかるのだが、今一つピンとこない。だって好きならそばに居れば良いし、嫌いならほっとけば良い。わざわざ探し出してまで殺そうなんて、猫の理解の外にある。よってまったくもって対処に自信がないので、ファンファと常識人のジョアンの応援を頼んだ次第だった。
北門から一人の衛兵がゆっくりと丘を登ってくる。
「一人で来たのね」
レイラが口を開く。その目は冷たく、腰の短剣に手をかけている。
「もちろんだよ。久しぶりだねレイラ」
ヴァイターはあくまで落ち着いたそぶりだ。
(随分と余裕のあること)
ミーネはヴァイターの首根っこ掴んで土下座させようと一歩前に出たが、ジョアンに手首を掴まれて、立ち止まった。
「砂漠の婚姻の掟は知っているわね。あなたを殺すか、砂漠に連れて行くわ」
「仕方ないね」
「言い訳しないの?」
「聞いてくれるのかな?」
「ぜひ聞いてみたいわ」
そしてヴァイターは飄々と話し始めた。
「私は国の命令でポルト公国を調べていたんだ。しかしへまをしてね。砂漠に逃げ延びた先で、君たちに救われた。そこで生涯暮らすのもいいかと思っていたんだが、公国がしつこく私を探しているのが分かってね。ばれたら君たちに迷惑がかかる。仕方なくこの国に帰って来たんだ」
「うそよ」
「私が去った後に、宿営地の西で男の死体が見つからなかったかな?あれは商人の振りをした公国の人間だよ。私の正体がばれたので殺したんだ」
「あなたは私達を守るために、砂漠を去ったと言いたいの?」
「レイラ、君を連れて行きたかったんだ。しかし私一人でも公国領を抜けるのは、とても危険な状況だった」
「じゃあ何で何も話してくれなかったの?」
「知らない方が君の幸福に繋がると思ったんだ」
ヴァイターはレイラに近づくと、彼女の肩を優しく抱いた。
「私を殺すというのなら仕方ない。諦めるよ。しかし私の本心は疑わないでくれ。君を愛する私の心に嘘はない」
「あなた私を馬鹿にしてるの?」
「そう思われても仕方ないな。君が怒るのも無理はない。レイラ、最後の頼みだ。僕の墓にはこの指輪も一緒に埋めてくれないか」
ヴァイターの指にはトルコ石のはめられた銀の指輪が光っていた。それを目にしたレイラは、顔を手で覆って、嗚咽を漏らす。
「すまない。君を苦しめる気はなかったんだ」
ヴァイターは彼女の背に手を回して抱き寄せる。しばらく後、レイラはヴァイターの肩に顔を埋めていた。
それから五日後、セイルの店の前にはレイラを迎える馬車が停まっていた。
「皆様には大変お世話になりました、」
頭にスカーフを巻いたレイラは見送りのミーネ、ファンファ、ジョアン、セイルに深々と頭を下げる。
「二人で住む家はどこにあるの?」
「城に近いアパートメントです」
「うらやましいわ~」とファンファ。
「町暮らしに慣れないから、これから心配なんですが」
そう言ってレイラははにかむように笑う。
「あなたなら大丈夫よ。困ったことあったらいつでも言ってね」
「ありがとうございます。また遊びに来ますね」
「いつでも来てね」
女性三人は固く抱き合った。
それからレイラはセイルとジョアンに声をかける。
「あなた達に会えて本当に幸運でした」
「君が幸せになれて安心したよ」
「僕は教会にいるから、手伝えることあったら言ってね」
「ありがとうございます」
レイラは二人の頬にキスをした。
レイラの少ない荷物を馬車に詰め込み終わると、ヴァイターはミーネに声を掛けた。
「君たちにはまた助けられたな」
「心配する必要なんてなかったのね。見事な口上だったわ」
「私を心配してくれたのかい?」
「あまりまえでしょ」
ヴァイターはメガネの奥の細い目を、大きく開いて驚いて見せた。
「私をなんだと思ってるの?」
「すまない。本気で驚いた。以前君の店で会った時は、本当に切り刻まれるかと思ったのでね」
ミーネは目を細めてでヴァイターを見る。
「レイラを幸せにしなさい。また彼女から逃げたら…………私はあんな口上じゃ誤魔化されないわよ」
「わかってる。心配しないでくれ」
「期待しているわ。さぁ行って、奥様待ってるわよ」
「あぁ、君にも幸運が訪れることを祈るよ。本気だ」
「ありがとう。文字通り受け取っておくわ」
それぞれにひとしきり別れを惜しむと、レイラは馬車に乗り込み、手を振りながら去って行った。
レイラが去り、皆もそれぞれの日常に戻る。店番をするミーネが胸元を見ると、またもや黒い守り石が触れる皮膚の周囲に青い痣が浮かんでいた。ご主人様が受ける呪いを受け流す守り石だが、ミーネの魔力なら僅かな痣のみで治まり、これも何れ消えていくと先生からは聞いている。
色々と問題はあるかもしれないが、何はともあれ人助けに奔走するご主人様が、呪いを受ける理由がわからない。先生に見てもらえたら、色々とはっきりしそうだが、ご主人様はかたくなに先生との面談を嫌がる。と言うかなぜか非常に怯えている。
如何にしてご主人様を説得して、先生の所まで連れていけばいいのか?ミーネの悩みは尽きることがなかった。




