第二十六話 砂漠からの客人(1)
第二十六話 砂漠からの客人(1)
とある昼下がり、ミーネは孤児院に暮らす少年ジョアンとのティータイムを楽しんでいた。
「セファン先生は退職されたそうね」
「はい、代わりの先生が来たので、ナイ共和国に行きました。ミーネさんにも宜しくと言ってましたよ」
「幸せになってくれたらいいわね」
「ベントさんと息子さんからしょっちゅう手紙来てましたから、大丈夫だと思いますよ」
「うらやましいわー」
「ミーネさんは彼氏作らないんですか」
ミーネの顔が曇る。
「あ、ごめんなさい。失言でした」
「いいのよ。おほほほ」
さすがに12、13歳の子供に気を使われたのではかっこがつかない。
「それより、メンダスってどんな人だと思う?」
「なんでですか?」
「何となく、謎めいているでしょ、あの人」
「古くからこの町にいるみたいですね。宝石から武器から手広くやってるみたいですよ。この町では顔は広いのですが、深く付き合ってる人間は見ませんね。不思議な人です。ミーネはああいうミステリアスな人が好きなんですか?」
思わぬ展開にミーネは慌てる。
「ち、違うわよ。ちょっと気になっただけよ」
「正直セイルさんよりは将来性期待できると思いますよ」
「そうかしらね?おほほほ」
正直な子供の意見に返す言葉もないが、諸々のしがらみをこの子供に話すわけにもいかないので、笑うしかないミーネだった。
てなことを話していると、セイルが一人の女性を連れてカフェに現れた。そしてミーネとジョアンのテーブルにつく。
「ミーネ、ジョアン。こちらはレイラさんだ。しばらく一緒に住むことになった」
「馬鹿なんですかあなたは?」
ジョアンがミーネの気持ちを代弁する。誰だってそう思うわ。
「大人にそんな言葉を使うな。シスターに言いつけるぞ」
「到底責任ある大人の所業とは思えません。シスターならあなたに悪魔払いが必要か、真剣に検討始めますよ」
「すいません。無理なら結構です。私野宿でも平気ですから」と遠慮する女性。
「若い女性に野宿なんてさせられませんよ。彼は部外者ですから気にしないでください。なぁ、ミーネ」
「最近こいつの面倒を見るのが馬鹿らしくなってきたの」
「ミーネさん本音漏れ出てますよ」
「私も居候の身ですからお好きにしてくださいな」
「そうか、ありがとう。さすがミーネだ」
セイルは一人喜んでいるが、連れの女性は常識人のようで、この状況にだいぶと引いている。
その後、セイルと女性との間であれやこれや話があったが、結局居候が二人に増える方向で話がまとまった。ミーネはその間、秋空を見上げてトンボの数を数えている。ミーネの周辺では一番の常識人であるジョアンは、頭のネジの外れた大人たちを互い違いに見やっては、要らない気を使って心をすり減らしていた。
連れの女性。黒い髪、浅黒い肌、吸い込まれそうに大きな緑の目の美女は、砂漠の民が身に着ける砂色のマントを纏っている。紅を塗らなくても赤い唇は大きくて、本来の快活な性格を思わせる。
「奥様にはご迷惑かけて申し訳ありません」女性はミーネに謝った。
(ん?)ミーネは気になるワードに反応する。
「もう一度お願いします」
「は?」不思議そうな女性。
「私をなんと呼びましたか?」
「奥様…………ですが?」
(ふぁ~)
ミーネの脳内に、夫が会社の後輩(女性)を新婚の小さなアパートに連れてきたイメージが浮かび上がる。
後輩は終電を逃していたので仕方のないことなのだが、若妻ミーネとしては面白いはずがない。しかし後輩から夫の頼れるエピソードや、上司と部下の間で苦労する話を聞いて気を取り直す若妻。
そして結婚を控えた後輩の不安を、妻業の先輩として聞いているうちに、いつしか世の男世界で共に戦う戦友のような気分になっていった。酔いつぶれた夫の横で、女二人。あたりめを摘まみながらのガールズトーク。小さなアパートの一室で、夜は静かに更けていく。
「私を先輩の若妻と思って何でも相談してね」
「ミーネさん、なんですかその設定?」
ジョアンは心配そうにミーネを伺う。
「ミーネは遠い親戚なんだ。妻じゃないよ」
セイルもミーネの妄想に横やりを入れた。
「話を戻すが、彼女の名前はレイラ。この町で人を探しているそうなんだ」
「どんな人ですか?」
さっきの妄想がまだミーネの頭の中で渦巻いているので、知らずと親身になってしまう。
「私はこの町から東、ポルト共和国の南に位置する砂漠に暮らす『砂の民』です」
レイラは身の上話を始める。
「一昨年一族が暮らす砂漠に一人の男が迷い込んできました。私の一族は死にかけの彼を拾い上げて集落に連れて行き、介抱することにしました。私は彼の世話をしていたのですが、その…………いつしか恋仲になり、彼と結婚することにしました。ところが昨年の冬になると、彼は何も言わずに、一人で砂漠を超えて逃げてしまったのです」
「酷い…………」ジョアンは呟く。
「これは私だけではなく、我が一族への侮辱です。一族の名誉の為に、彼を生死を問わず砂漠に連れ帰らなければなりません」
「その人はこの町にいるの?」
「時折砂漠を訪れる商人が、その男をこの町で見たと言います。そこで私が探しにきたのです」
「ふーん。その人の名前は?」
「ヴァルダスです」
「うん?」
ミーネはどこかで聞いたことのあるような名前だが、似た名前なぞそこいらにいると思いなおす。
「外見は?」
「黒髪で、目尻にしわがあります。年は30中頃でしょうか。特に外見に特徴ないのですが、今思い返せば、どこか掴みどころのない人間でした」
「どこにでもいそうな人相ですが、とにかく一緒に探してみましょう」
ミーネが本腰入れるとみて、セイルはうんうんと頷いている。




