第二十四話 メイドの親孝行(3)
第二十四話 メイドの親孝行(3)
泉の畔で、セイル、ミーネ、メンダスとリーフの四人は水面を注視する。満月が天頂に上ったその時、泉の水面が割れると人の胴ほどの太さを持つ蛇が鎌首をもたげて現れた。
泉から現れた蛇は傍らの貢ぎ物を横目で見て口を開いた。
「殊勝な事よな、我への貢ぎ物か」
赤い舌が蛇の裂けた口からちらちらと見え隠れするのを見て、ミーネの背筋に寒気が走る。
「人間からの供物だよ。受け取るがいい」とリーフが語りかける。
「して何を望む」
「彼がニワトコの花を望んでいる」
「ニワトコの花は泉の霊力を吸い上げて花を咲かせたもの。簡単には渡せぬな」
「人の命がかかっているんだ。ぜひとも頂戴したい」
セイルが話しかけると、蛇が顔を向ける。
「定命の人間の生死なぞ我の関するところではない」
「親を思う子の心に免じて、花を分けてもらえないか」
「親子の情なぞに動かされると思ったか。ましてや貧相な供物でな」
蛇はせせら笑う。
「蛇如きに人の情はわからないか?」
「ぬしは身の程を知らんようだな」
そう言って紫色の毒液をセイルの顔に吐きかけた。
セイルは顔を覆って後ろに倒れる。瞬間ミーネがセイルと蛇の間に立ちはだかると杖を振り上げた。
「炎の精霊、こいつを焼き尽くせ!」
「待て!」
慌ててメンダスがミーネの杖を掴む。
「邪魔するな!」
「ここは私に任せろ、セイルを見てやれ」
メンダスの勢いに押されてミーネはセイルを振り返る。セイルの上着はぼろぼろに溶けているが、その肌は無傷だった。ミーネはふと自分の胸元を見ると、首から下げた黒い石に触れる肌が、青黒く痣のようになっていた。ミーネは胸元を隠すと、セイルの手を取り後ろに下がった。
「妙な守りを持っているようじゃの。貴様の仕業か?」
「魔女の加護さ」
「ふむ、たかが人間に魔女に妖精、更に貴様まで肩入れするのか。豪勢な加護よの。この人間にそんな価値があるのか?」
「価値があるのさ、君には分らんだろうがね」
「ふむ、定命に踊る人間に興じるお前らの気持ちはよくわからんの」
「…………」
「まぁよいわ…………。人間よ。貴様が背負う不運に免じて望みの物をとらそう。精々踊り舞って我らを楽しませるがよいわ。花は好きなだけ持っていけ」
蛇はそう言い放つと、酒樽を長い尻尾にからめとり、泉の底に沈んでいった」
「逃げるな、蛇!」
ミーネは立ち上がって泉の向けて杖を構えるが、リーフに羽交い絞めにされる。
「やめて下さい、お願いですから」
必死にしがみ付いてくるリーフを見て、ミーネはようやく杖を収めた。
「大丈夫か、セイル君」
「ああ、服はぼろぼろだけどね」
「ミーネと魔女様にお礼を言っておくんだな。彼らの守りのお陰だ」
「メンダス、蛇はあなたを知ってるような口ぶりだったわ」とミーネが問いかける。
「昔の知り合いさ。それより花を摘んでしまおう」
メンダスはそれ以上口を開こうとしないので、腑に落ちない思いを抱きながらも、ミーネは口をつぐんだ。
そして一時間後、大方の作業は終わった。
「泉の周り芝刈り機で刈ったみたいですよ」
リーフは半ば呆れている。
「好きなだけ持って行けと言ってたでしょ。問題ないわよ」
主にミーネが中心となって、泉の周りのニワトコの花を全て刈り取ってしまっていた。美しかった泉の周りは、満月の光に無残な有様を晒している。
「そりゃそう言ってましたけど、ここまでするとは思っていないでしょ」
「この水溜り埋め立てて蛇の墓でも建てたい気分なのよ。何なの文句あんの?」
ミーネは足元の石を拾うと泉に投げ込んだ。
「出てきなさいよ蛇、ご主人様に手を出しやがって、三枚におろしたるわ」
「止めて下さいって」
リーフは泣きじゃくりながらミーネにしがみ付く。
「今頃彼は酒でも飲んで寝ているんだろう。いいから蛇が起きる前に帰ろう」
メンダスはそう言って、ニワトコの花を山と積んだ荷馬車に乗り込む。
「帰りましょう、ほら皆さん、お願いしますから」
リーフが引きずるようにしてやっとミーネは馬車に乗り込んだ。
次の日ミーネが店番をしていると、セイルが帰ってきた。
「ただいま。モニカに渡してきたよ」
「喜んでましたか?」
「ああ、君にも礼を言っていたよ」
「そうですか。それは良かった」
「それとこれ」と言ってセイルは皮の袋から金貨を10枚と銀貨を7枚、テーブルに並べる。
「君の取り分。残りのニワトコの花を薬屋に売ったら結構な金額になったんだ」
「いりませんよ」
「まぁそう言わないで貰っといて。お金なんて沢山あっても邪魔にならないだろ」
「はぁ。じゃあありがたく」
ミーネはエプロンのポケットに金貨銀貨を仕舞いこんだ。
「ところでメンダスさんって何者ですか?」
「母の知り合いだよ。大通りに貴金属の商店持ってる。やり手だね」
「蛇と知り合いみたいでしたよ。魔女様もあまり近づくなと言うし。なんででしょうね」
「この町に長いみたいだから色々しがらみあるんじゃないかな」
「そんなもんなんですかね」
「そこそこの付き合いだけど、特に迷惑掛けられたこともないし、僕は気にしないよ。彼は彼さ。ただ清濁併せ呑むようなところあるから、敵も多そうだよね」
「ご主人様の敵なら潰しますよ」
「ははは、彼が敵になったらお願いするよ」
「今回はありがとう。本当に助かったよ。じゃ、ちょっと出かけてくるね」
「あんまりお酒飲んだら駄目ですよ」
「晩御飯には帰るよ」
セイルは店から出て行った。酒場にでも行くのだろう。
元猫のミーネがいるくらいだから、この町にもいろんな事情を持った人間がいるのだろう。メンダスが胡散臭いのはひとまず置いといて、現状ご主人様の敵ではない。彼への判断はひとまず保留としよう。
但しご主人様を襲った蛇を、血祭りにあげようとするミーネを邪魔してくれやがったのは許し難い。マイナスポイントとして心の帳面につけておく事にした。




