第二十三話 メイドの親孝行(2)
第二十三話 メイドの親孝行(2)
酒場でセイルとミーネが如何にして泉の蛇から薬草を掠め取るか考え込んでいると、町の商人メンダスが同じテーブルについた。
「お招き頂いてありがとう。今度は迷いの森の蛇を相手にするらしいね」
そう言ってメンダスはクスクスと笑う。
「とある女性の親御さんにニワトコの花を煎じた薬が必要なんだ」
「君らしい理由だ。ミーネも大変だな」
「慣れました」
「そうか。つまらない…………じゃなくて、健気な君を思うと涙を禁じ得ないよ」
そう言いながらもメンダスは楽しそうだ。
「モニカだったね。公爵家のメイドだそうだが、ほっとくという選択肢は?」
「ないね」
「今まで集めた情報を教えて欲しい」
セイルはこの町で手当たり次第に集めた情報を披露する。
曰く、
・泉の守護者は蛇の怪物で古くから迷いの森にある
・生贄と引き換えに願いを叶える
・騎士を返り討ちにするくらいは強い
・魔女様は面倒なので関わりになりたくない
・人間の女と子供好き(ご飯的な意味で)
との事だ。
「ふ~む。魔女様さえ手を出し渋るのかね。古来に倣って生贄でも献じたらどうかな」
「一人救うのに一人犠牲にしたのでは意味がない」
「そうかな、人間にだって価値の大小あるだろ?救う価値の大きい方を救えばいい」
「普遍的な価値の違いなんてないよ。物差しは一つじゃない」
「物差しは君が決めればいいさ」
「他に方法は?」
メンダスはワインのグラスを手に考える。
「確実なところでは人間なんだがね。人身御供は実績もあるし」
「あるのかよ」
「むかし北の入り江を塞ぐのに、蛇の力を借りたそうだ。噂だがね」
メンダスはオリーブの漬物を摘まんで、口に放り込んだ。
「次点で酒かな。西方の蛇神は酒好きだと聞いたことあるな。こいつも似たようなもんだろ」
「ほんとか?」
「うろ覚えだがね」
「では、どんな酒用意すればいいのかな?」
「でかい蛇らしいからね。火酒樽で準備するというのはどうかな?」
「蛇が酔っ払ってる間にニワトコを盗ってとんずら作戦か」
「そこそこ豪勢な祭壇みたいなもの組み上げて、捧げもの並べたらそれっぽくなるんじゃないか?」メンダスも大分酔いがまわっているようだ。
「果物とか?」
「果物、穀物、肉とかそこら辺の物並べときゃいいだろ。気持ちだよ、気持ち」
「なんかうまくいくような気がしてきたよ」とセイルはあくまで呑気である。
そんな感じでニワトコ奪取計画は、二人の酔っぱらいによって細部を詰められていった。『蛇は酒好き』理論が土台となるが、この情報の真偽は眉唾物だ。だからその上に積みあがった計画は正に砂の楼閣である。しかしセイルが楽しそうなので、母親のような気分でミーネは黙って見守ることにした。
(いざとなれば泉ごとぶっ飛ばしましょ。)とミーネは本気で考えている。ミーネとセイル、大雑把具合は似たようなものだった。
その夜、ファンファは先生のお使いで顔を出せないとのことなので、先生に直接状況を報告することにする。
「あんたたち本気でやるのね」ガラス玉から先生の声が聞こえる。
「はい。ご主人様はもう勝った気でいます」
「頭のねじ緩んでるのかしらね?人の話聞いてたのかしら」
「ん?」
「なんでもないわ」
「はぁ。ところで蛇って本当に酒好きなんでしょうか?」
「どうかしら。たしかに蛇神にそんな逸話あるし、酒嫌いの化生というのも聞いたことないわ。だけど民間伝承の類だからどこまで信じていいのやら。私だったらそこに命かける気にはならないんだけどね。危なくなったらすぐに逃げるのよ。蛇は知性の化身よ。狡猾だからあれの話を信じては駄目」
「はい」
「あと、頼まれたお守り送ったけど届いた?」
「はい、梟が届けてくれました。ありがとうございます」
「黒い石と白い石で二つあるけど、あれは白の持ち主が受けた呪いを黒に受け流すの。本当にあなたのご主人は呪い受けてるの?」
「小さいことばかりなのですが、偶然にしては不運の度が過ぎてると思うんです」
「手間がかかる事。この件が片付いたら無理やりにでも連れてきなさいな。顔出さないなら、私がバケツ一杯の呪い送りつけると言っとくのよ」
「はい、ありがとうございます」
「それから、メンダスを信用しては駄目よ」
「は、何ででしょう?」
「理由が必要なの?」
「…………分かりました」
先生は言いたいこと言いきると一方的に通話を終わりにした。何で先生はメンダスを警戒するのかわからないが、先生の命令は絶対。彼女への返事は『はい』か、『イエス』の二択。ミーネ二等兵如きが上官の命令に疑問を挟むことは許可されていない。
そして各々の準備は進み、満月の日を迎える。
セイル、メンダスとミーネは様々な貢ぎ物を積み上げた荷馬車で迷いの森に向かっていた。
「メンダスも暇なんだな」
「酒場から無理やり連れてきといてその言い草はどうなのだろうね。だがなかなか面白そうなのでお手伝いさせて貰うよ。但し危なくなったらすぐに逃げるから、そのつもりでいてくれ」
「敵前逃亡は銃殺です」とミーネが釘を刺す。
「ははは、大丈夫だよ」
何が大丈夫なのかわからないが、メンダスは朗らかに微笑んだ。
薄暗い森の中を進むと、不機嫌なリーフが道端に立っていた。
「本当に来たんですね」
「今日はよろしく頼むよ」
「はぁ」
「こちらはメンダスだ。助っ人だよ」
「知ってます」
「知り合いだったか?」
「まぁ、古い友人といったところかな」とメンダスが応じた。
リーフは荷馬の背に跨り、一行は更に道を進んだ。
小一時間も進むと、霧が辺りを覆い、森の木々は徐々に枯れていく。
「ここいらは昔人間が焼き払ったところですよ。地脈の力が強すぎて、普通の木々はなかなか育たないんです」リーフが説明する。
更に進むと小さな泉に辿り着いた。
泉はごつごつした岩に囲まれ、一本の大木が泉に影を落としている。ニワトコは泉の周囲に生えており、花の蕾は今にも咲き始めそうだ。
「さて、始めようか」
四人は荷台から様々な貢ぎ物をおろすと、泉の傍に絨毯を敷き、そこに並べた。貢ぎ物は樽の火酒に始まり、子牛の丸焼き、市場で仕入れた新鮮な果物と趣向を凝らしたもてなしだ。
月は満月、辺りを明るくて照らしている。
「そろそろ天頂ですよ。下がっててください」
リーフがそう言った途端、泉の中央が大きく揺れ動いた。




